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式子内親王のうたたね

窓近き竹の葉すさぶ風の音にいとど短きうたた寝の夢
           (『新古今和歌集』256 式子内親王)

1,分からなかった話

 サッパリ分かんなかったんですよこの歌。

 竹の葉っぱがザワザワっとしました。目、覚めました。夏の夜っす。

 っていうね。
 「そっすか」以外の何物でも無かった。もっかい寝てね。

 でも何かあるよ式子内親王だし。なんか読めてない気がするよ。
 とも思ってました。だから久保田淳『新古今和歌集 全注釈(一)』を買って、当代随一の碩学の読みをのぞいてみたんです。

 そして出て来た感想は

 エッロ!!!
 式子内親王、エッロ!!!

 でした。クボジュン最高です。


2,すさぶ

 なんかありそうだポイントの一つ目が「すさぶ」でした。風に吹かれてさわさわと揺らいでいる竹の葉なら「そよぐ」で良いんです(と本居宣長が言ってます)。
 「すさぶ」という言葉をチョイスした、その心は?

 クボジュンはこう言います。

それまでかなり強く吹いていた風の勢いが衰えた状態をいったかと考えておく。(太線にしたのは僕です)

 それまでは風がごうごうと吹き竹がざわざわと揺れていたんです。
 それが衰えた。竹の気配もざわざわからさわ・・・さわ・・・くらいになった。

 音がするから目が覚めるんじゃない。音が弱くなったから目が覚める。気配の消失。かすかな不安をかき立てる。
 まずはこのリアリティ。

 

3,うたたね

 もう一つがうたたねです。夏の夜は短いから深い眠りにならない、それをうたたねと詠んでいたのかな、なんて思っていた。

 ちゃいまんねん。

 まず「うたたね」とは『日本国語大辞典』によれば

寝床に入らないで、思わず知らずうとうと眠ること。(太線は僕)

を指します。クボジュンもほぼ同様の解釈から出発します。その上でクボジュンはそのうたたねの社会的な意味を記します。

 女のうたた寝は本来してはならない、はしたないもの、しかし恋などの思い悩むことのある時しがちなもの、はためにはなまめかしいものという通念があったと考えられる。(太字にしたのは僕です)

 ですって。
 それはたしかに。あくまで男目線で、ですけど。
 お兄ちゃんとかおっちゃんとかが雑魚寝してても「くさそうかな」くらいにしか思いません。でもお姉さんが寝床ではない所で寝ていたら「ふうむ・・・」と見入ってしまいそうな気がします。

 簾と香と髪と化粧で完全装備を整えるのが女性の日常(日常と書いてせんじょうと読む、みたいな世界ですね)だとしたら、うたたねなんて言うのは隙になってしまう。
 それが「そこらへん」ではなくて自室であれば、そこはかとない恋の気配。

 ましてや内親王です。姫です。

 恋する姫がのぞかせる隙。
 たまらん。


4,訳

窓近き竹の葉すさぶ風の音にいとど短きうたた寝の夢

それでは訳してみましょう。一句に一行使います。

窓に近い
竹。サワ・・・サワ・・・と時折葉を揺らす
風。さっきまでは強く吹く音がしていたのに
目が覚める。短い、短い
うたた寝。さめる夢。

 夜です。さわさわ。静かです。 
 寝床では無いところで目が覚めます。姫は半身を持ち上げて半蔀のあたりを見上げたでしょうか。ほつれた髪が数本額に落ちていると最高です。その目の半分は、今まで見ていた夢の残像を追っていることでしょう。
 静寂に目を覚まさせられたんです。
 途切れた夢はきっと恋の夢。その中断は恋の途絶。夢の中では感じたはずの温もりは消え失せます。
 夜半に一人で抱える恋の火照りと消失の切なさ。
 姫君の。

 エッロ!!!

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