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あこがれの戦士

 東郷ひろみは、地球侵略を企む邪悪帝国ゲネーの戦闘員である。
 今、ひろみをはじめとするゲネーの一味は、アミューズメントパーク「前羽根エルブスキングダム」の一角を占拠していた。
 まさか、自分がこんな仕事をすることになるとは……。
 ひろみは、緊張をほぐすために軽く深呼吸をして、注意深く周囲の状況を確認した。
 彼女の周囲には、彼女と同じ黒の戦闘服に身を包んだ仲間たちがいる。そのうちの何人かは、アミューズメントパークへ遊びに来ていた親子連れを拉致していた。
 子供たちの悲鳴と泣き声とがあたりに響く。
「フハハハハ、泣いても無駄だ。誰も助けに来はしない! お前たちは邪悪帝国ゲネーの皇帝バターリ様への生贄となるのだ~!」
 ひろみの上司にあたるゲネーの戦闘怪人がサディスティック叫んだ。
 今回の彼女に与えられたミッションは、この怪人の指示通りに仕事をこなすことである。この怪人は、現場の経験が豊富だと聞いていた。緊張している場合じゃない、安心して彼の指示に従おう。ひろみはあらためて決意した。
 その瞬間である。
「そんなことさせはしない!」
 凛とした声が響いた。女性の声だ。
「誰だ!?」
 怪人があわてて周囲を見回す。
 見上げると、いつのまにか壇上に女戦士の姿があった。ひろみは、その全身をメタリックなプロテクターで包んだ姿に見覚えがあった。そう、それは邪悪帝国ゲネーの宿敵。
「蓄光戦士バーミリオン、参上!」
 バーミリオンと名乗った女性は、オーバーアクション気味にジャンプし、ひろみたちと同じ高さの場所に飛び降りてきた。
 途端に子供たちの間から歓声があがる。
「貴様は、バーミリオン! なぜ、ここがわかったのだ?」
 怪人は、狼狽の声をあげた。
「あんたのその自慢の鎧に発信機をつけておいたのさ。あんたたちの行動なんて、見切れてるんだよ」
 バーミリオンは、さも当然というように呟く。
「ぐ。くそぅ、お前たち、バーミリオンを倒すのだ!」
 怪人が持っている武器を振り上げ、バーミリオンの方へ向ける。
 ひろみは緊張しながらも、右手に持った警棒を構え戦闘開始の合図を待った。胸の鼓動が早鐘のように激しく響いている。
「今だ、かかれ!! かかれー!」
 怪人の合図とともに、ゲネーの戦闘員たちは一斉にバーミリオンに襲い掛かかっていった。
「無駄だ!」
 バーミリオンは、流れるように綺麗なアクションで次々と戦闘員たちをなぎ倒していく。まるで踊っているようだ、とひろみは思った。
 子供たちのバーミリオンを応援する声が周囲を支配する。
「な、何をしている? お前も行くんだ!」
 怪人が、苛立った声でひろみに指示する。打ち合わせどおりだ。
 ひろみは、慌ててうなずくと、怪人の指示通りバーミリオンに飛び掛った。
 右、左、右、左。
 スピーディに繰り出すひろみの攻撃を、バーミリオンは軽やかなステップでかわしていく。
 ならばとひろみは敵の足元を狙って警棒を振るったが、バーミリオンは軽くジャンプしてそれをかわした。
「甘い!」
 次の瞬間には、バーミリオンの姿はひろみの視界から消えていた。背後に回ったのだ。
「はぁ!」
 バーミリオンの掛け声と共に、ひろみの身体は宙を舞い、一回転して地面に落ちた。
 子供たちの歓声が響く。
 そこで、ひろみの役目は終わった。

「はい。では、次のショウは五時からになりますので、それまでは休憩時間にします。休憩時間は何をしていてもかまいませんが、衣装のまま外に出ないようにしてください」
「お疲れ様でした~!」
 ひろみは、前羽根エルブスキングダム内のスタッフ控え室にいた。
 控え室には、今回の『蓄光戦士バーミリオン・ショウ』の出演者やスタッフが、思い思いの場所に座り、くつろいでいる。
「ふう……」
 ひろみは、他の出演者たちから少し離れた場所にすわり、スポーツタオルで汗をぬぐった。何しろ先ほどまで吸水性の悪い衣装に身を包んでいたのだ。汗をかくのは嫌いではないひろみだったが、今はシャワーを浴びたい気持ちでいっぱいだった。
「結構、体力使うんだなぁ……」
 タオルの感触が頬に気持ち良い。
「ひろみちゃん、お疲れ」
「お疲れ様!」
 ひろみがボーっとしていると、出演者の何人かが声をかけてきた。
「お、お疲れ様です!」
 ひろみは、あわててお辞儀をする。
「あなた、まだ学生なんでしょ?」
「こういうショウは初めてなんだって? それにしちゃいい動きをしてたねぇ」
「はあ、ありがとうございます。日頃からトレーニングしてますから」
「へえ、体操部か何かなの?」
「そういうわけじゃないんですけどね、自主的に……」
 実は、ひろみは「地球防衛隊」という組織に所属する正真正銘の正義の味方である。
 非常時には、自ら戦闘用の強化スーツを装着し、戦うこともできる。常日頃から悪と戦うためのトレーニングを欠かしたことはないので、演技はともかくアクションには自信があった。
 隠密性をともなう仕事が多いので、彼女が地球防衛隊所属の正義の戦士であるということは、もちろん秘密である。
 だから、ひろみは曖昧に答えた。
 その後、二、三のたわいもない世間話が続き、出演者たちは、また別の出演者たちのもとへと行ってしまった。
 そして、談笑。
(平和だなぁ)
 出演者たちの陽気な笑い声を聞いて、ひろみはなんとなく嬉しい気分になった。
 『蓄光戦士バーミリオン』は、今、子供たちの間で大ブレイクしている特撮ヒーロー番組だ。そのイメージを崩さないように、彼らは連日連夜、トレーニングを欠かさないのだろう。彼らの頑張りが多くの子供たちに幸せと勇気を与えているのだとひろみは実感した。
(私も頑張らなくっちゃ)
 よし、と小声でつぶやくと、ひろみは気を引き締めた。今は任務の真っ最中なのだ。気を抜くわけにはいかない。

 今回のひろみの任務は、『蓄光戦士バーミリオン』の主演女優の護衛である。
 普通、こういったアクションショウに、実際の俳優が出演することはまれなのだが、前羽根エルブスキングダムが番組のスポンサーだということもあって、今回のショウには特別に出演することになったのだ。
 TV番組『蓄光戦士バーミリオン』の主人公「赤沙木ソワレ」役の女優・香取眞知菜は、子供たちに大人気だというだけではなく、コアなファンも多くついている。だからというわけではないのだが、今回のショウを開催するにあたって、「ショウをぶち壊しにする」「遊園地を爆破する」という旨の脅迫状がテーマパーク側に届いていた。
 大方、愉快犯の狂言だろうという見方が強かったが、念のためということで、とある筋より地球防衛隊に護衛の依頼があった。そんなわけで、ひろみがアルバイトとして「バーミリオン・ショウ」に潜りこむことになったのだ。
 地球防衛隊は、「平和のため、地球のために戦う」という大袈裟な名目のために、正義の戦士だったひろみの母と、天才科学者であるひろみの父とが結成した正義の機関である。
 しかし、最近は、大きな仕事を請け負うことがなくなってしまっていた。それというのも、ひろみの両親がこの星に存在するありとあらゆる「悪の秘密結社」を滅ぼしてしまったからだ。
 母親の跡を継いで二代目の「正義の味方」になったひろみだったが、すでに地球防衛隊は開店休業状態になってしまっていた。今や、「悪の秘密結社と戦う正義の味方」というものはフィクションの世界にしか存在しないといっていい。
 いずれ来るであろう未知の敵の襲来に備え、トレーニングをしつつ、ボランティアのような地道な活動をコツコツと続けることが、今のひろみの正義だった。
 というわけで、今回の護衛任務はひろみにとって久々の大仕事であるし、ひろみ自身、バーミリオンの大ファンだったから、かなり張り切っていた。

「おつかれさん!」
 気がつくと、香取眞知菜がひろみの隣りに立っていた。
「ひゃっ!」
 慌てて背筋をのばす。
「何、そんなに硬くなってるの? もっとリラックスしなよ」
「で、ででででも、私、香取さんの、ふぁ、ファンなので……」
 緊張して声がうわずる。きっと今の自分は耳まで赤くなっているだろうと思い、ひろみは余計に恥ずかしくなった。
「そうなんだ。ありがと」
 眞知菜は屈託のない笑顔を浮かべた。
「君、MACの役者か何か?」
 MACとは「前羽根アクターズクラブ」というアクション俳優が所属する事務所のことである。ひろみは慌てて首を振った。
「い、いえ。単なるアルバイトの学生ですっ!」
「そうなんだ。それにしては、いい動きをしてたね。素人じゃないみたいだった……」
 言いながら眞知菜は、ひろみの二の腕や腰などを触った。
「うん。ちゃんとトレーニングしてるみたいだし、スタイルも悪くない……」
「あ、ありがとうございます!」
「君、将来はアクション俳優になるつもりなの?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「ふぅん、これは単なるアルバイトってこと?」
 言いながらひろみの隣りに腰掛ける。感激する反面、ひろみの緊張度がぐんぐん上昇していった。
「そ、そうです」
「ね。そんなこと言わずにさ、俳優目指してみない?」
「い、いえ」
 ひろみは首を振った。
「なんで? 人前に出て演技するのが恥ずかしい? ……って、そんなわきゃないか。さっきはちゃんと演じてたもんねぇ」
「あ、そういうことじゃなくって……」
「……なくって?」
「目指しているものが、他にありますから……」
 ひろみの夢は、母親のような「立派な正義の味方」になることだった。母のことを想うときの彼女の瞳は、いつもまっすぐだ。
 眞知菜は、目を丸くして、まじまじとひろみの瞳を見つめていた。
「そっか……。なら、しょうがないね……」
 しばらくしてから、眞知菜はわざとらしく唇をすぼめた。
「もったいないなぁ。せっかく、可愛い顔してるのに」
 そう言って、今度はひろみの顔をペタペタと触る。
「あ、ありがとうございます……」
 性格上、人のために何かをしてあげることが大好きなひろみだったが、人から褒められることには、あまり慣れていない。だから、こういうときには、ひたすら恐縮することしかできなかった。
「……で?」
「へ?」
「君の目指しているものって、何?」
「あ、それは……せい……、あ、いや……」
 「正義の味方」と言おうとして、とっさに口ごもる。ひろみが「地球防衛隊」の隊員であること、つまり「正義の味方」の卵であることは秘密である。
「ひ、秘密です。あはは……」
 嘘をつけない性格というのも損だなと、ひろみはちょっとだけ思った。
「そっか。秘密ならしょうがないな……」
 眞知菜は、割とこざっぱりした性格なのか、深くは追求してこなかった。ひろみは、心の中でだけ、軽く安堵のため息をついた。
「実はさ、私も今は役者なんてやってるけどさ、昔、目指していたものがあったんだ……」
 眞知菜は唐突に語り始めた。
「何なんです?」
「笑わないでよ。実はね……」
 神妙な面持ちで声をひそめる。ひろみも思わずつられて神妙な表情になってしまう。
「私さ、正義の味方になりたかったんだよね」
 声をひそめて言ったあと、眞知菜は大笑いした。
 控え室にいた関係者たちが何事かと、こちらに注目すると、眞知菜は「なんでもないよ」とばかりに首を振った。顔は笑ったままである。
「笑っちゃうでしょ?」
「いえ……」
 笑うどころか、眞知菜に共感を覚えてしまったひろみである。が、なるべく顔には出さないように努力していた。
「実はさ……」
 眞知菜の話は続く。
「君が生まれる前かも知れないけどさ、私が小っちゃかった頃にさ、本物の正義の味方がいたんだ」
「え?」
「悪いやつをバッタバッタとなぎ倒していく姿が、すっごくカッコよくてさ、私、あこがれちゃってたんだぁ……」
「それって……」
「聞いたことあるかな? 『特攻勇者トライエース』っていうんだ。テレビじゃなくって、正真正銘、本物の正義の味方だよ」
 眞知菜の力説に、ひろみは黙ってうなずいた。
 知らないはずがない。「特攻勇者トライエース」。それは、永遠のひろみの目標である母親のコードネームなのだから。
「私さ、子供の頃、ブラックシャドウっていう悪の秘密結社に襲われたことがあったんだ。そのとき、正義の使者トライエースに助けられたってわけ」
「そうだったんですか」
「知ってた? トライエースって女の人だったんだよ。……ある日を境に、パッタリと現れなくなっちゃったけど、あの人は私の憧れだった」
 眞知菜は、ふふっと軽く笑い遠くを見つめるような目をした。
「……あれ以来、『将来は、あの人みたいな正義の味方になるんだぁ』って決めてたんだけどね、どこをどう間違ったのか、役者になっちゃったってわけ」
 どこか自虐的に眞知菜は言う。ひろみはあわててそれを否定した。
「ま、間違いじゃないと思いますよ」
「そうかな?」
「そうですよ! 香取さんの演技で、全国の子供たちが、正義の心や勇気を学んでるんです。香取さんは立派な正義の味方ですよ!」
 ひろみは熱に浮かされたように、力説した。
「ふふ。だといいけどね」
 ひろみは、ぶんぶんと思い切りうなずく。
「き……」
 眞知菜が、何かつぶやきかけたとき、奥の事務室からマネージャが現れた。
「もうそろそろ、夕方のステージが始まりますから、皆さん、準備に入ってくださ~い!!」
 控え室のあちこちから出演者やスタッフたちの「はぁい」という返事があがる。その声にあわせて、眞知菜が立ち上がった。
「……っと、悪いね。何でそんな話しちゃったんだろ? 君のまっすぐな目を見てたら、なんとなくあの人を思い出しちゃったんだよね」
 そう言って、正義の戦士・バーミリオンは屈託なく笑う。素敵な笑顔だとひろみは思った。
「じゃ、君も君の目標に向かって頑張ってよ。っと、その前に、五時からのステージを頑張らないとね」
「は、はい! 頑張ります」
「その意気だ」
 バーミリオンは、ひろみにグッと親指を突き出すと、更衣室へ向かって行った。ひろみは、何となく胸の奥に熱いものを感じながら、彼女の後ろ姿を見送った。

 ピピピ、ピピピ、ピピピ。
 ひろみの腕にはめられているブレスレットから呼び出し音が鳴る。ひろみの父にして地球防衛隊所属の科学者・東郷丞清博士からのコールである。
 ひろみは誰も見ていないことを確認して、ブレスレットの着信ボタンを押した。
「はい……」
「おお、ひろみ。様子はどうだ?」
「うん、今のところ問題ないみたい」
「そうか。引き続き、任務を続行してくれ。気を抜かないようにな」
「まかせてよ、お父さん。今、すっごくやる気充分なんだから、安心して!」
「うむ。母さんの分まで頑張ってくれよ。勇者革命トライガーン!」
「了解!」
 そうつぶやくと、ひろみは通信を切り、気を引き締めた。


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