2022/02/16

15時起床。コーヒーをいれて、それを飲みながらシモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』と福田若之『自生地』を読んだ。春休みが始まってから良い感じで本を読めているので嬉しい。

空港のそばにいるからペルーとか、普段は遠いところが近い
/佐久間慧「still/scape」『はならび5号』

「どんな短歌であれ、読むのにかかる物理的時間はほとんど同じ」ということをあるときから考えるようになった。佐久間慧も塚本邦雄も水原紫苑も(いま机の上にある名前を列挙しただけ)、当然自分の短歌も、読むのに必要な時間が同じだというのは恐ろしいことだとずっと思っている。自分が手を抜いてしょーもない歌をつくって、それをたまたま読んだ人がいるなら、自分はその人から「あらゆる短歌一首を読む時間」を奪ったということだ。塚本の歌も、佐久間の歌も、水原の歌も、読めたのに。それでもほとんどの時間はその事実から目をそらして短歌を作っているし、読んで貰ったり時には評を頂いたり(評を書く時間で何首読めるだろう)している。だから、どう、ということはない。ただ今まで通り短歌を、他の全ての歌を読む時間を奪って読まれる自分の短歌を、つくるだろうし、その自覚があればゆるされることもない(そもそも罰する人がいない)。ただそういう事実があるだけだ。

窓は開けておくんだ いい声聞こえそうさ
FISHMANS「ナイトクルージング」

この歌詞の恐ろしさ。生命が綱渡りするようなオーラ。佐久間慧の短歌と近いところにある気がする。






日記、、、?

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