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「『怪と鬱』日記」 2021年5月3日(月) あるファンからのメール──愚狂人レポート(21)

玲香とのトークルームにはSNSのスクリーンショットが何枚か貼られていました。
一枚目を拡大して確かめると、それはA子の投稿をトリミングしたもので、『友達に曲パクられた。。。信用してたのに。。。(T . T)』と書かれていました。

二枚目、三枚目のスクリーンショットはパッと見た感じ、その投稿にぶらさがったリプライのようで、私は堪えきれずアプリを起動し、A子のアカウントを直で確認することにしました。

パクリを訴えるその投稿から四時間以上が経っていましたが、嘘とはいえ音楽業界の闇を暴くショッキングな内容の割に、「いいね」は三つのみでした。
リプライを辿ると、「つのちゃん@慢性胃炎」というアカウントの『え! 誰がパクったの?? 怖いねー』というものがあり、それにはA子からの『最近知り合った有名ミュージシャンだよ。その人がアイドルにあげた曲があたしの曲ほとんどまるパクリだったお。。。』と返信がついていました。

私はその一連を見て、大手事務所に所属するアイドルのコンペに出した曲が採用になったとメールが来ていたことを思い出しました。そういえば、ギャラさえ入ればいいかとリリース日などの確認をしていなかった。これは恐らく、そういうことに違いない。
改めてメールを確認し、アイドルの公式アカウントを検索してみるとリリースは三日前で、中々にお金のかかったミュージックビデオが紹介されていました。
コンペに曲を出したのは昨年のことで、もちろんその頃私はまだA子と知り合っていない。仮にA子と知り合ったあとだったとしても、私はあの「オメガ」でのライブがA子が披露した曲をほんの僅かも覚えていません。なんにせよ、私がもしA子から曲をパクろうと思いついたなら、その時の私はきっとすっかり狂気に飲まれた状態でしょう。A子が勝ち目のない勝負に挑んできた格好です。

まともに考えたら私と喧嘩にでもなりそうな珍事ですが、これはA子の衝動の発露でしかなく、A子の不人気のおかげでまったく話題に火がついていないため、私が騒ぐ必要はまったくありません。
そもそも怒りの感情よりも、むしろこれからどう転がるのかを知りたい好奇心が私を掴んでいます。

慢性胃炎さんのリプライのほかは、毛虫大明神からの『うっほっほっほ。パクったのは誰ぞ。プリプリお尻のA子殿が可哀想』という投稿のみで、これには流石のA子も返信をしていませんでした。

どうせA子はアイドルの曲を聴いて感じた私への嫉妬心が転じて、妄想を爆発させたに過ぎず、単純にこれまでの交流の節々で感じたあの前後の関係性をぶった切るような行いを、勢いでしているだけなのです。
A子らしい。
これはとてもA子らしい。

私は興奮して、A子に『やっほー』とラインをしてみました。
すると、すぐに「おはようございます!」と知らない漫画かアニメのキャラが叫んでいるスタンプが送られてきました。

『またご飯行きたいね』

『行きたい行きたい! いっつも奢ってもらってるからおいしいものをこんど持っていくね』

『ところでSNSで見たんだけど、曲をパクられたってあれ、もしかしてあたしを疑ってるの?』

『うん そうだお』

私は「こわっ」と独り言ちてからさらにメッセージを送りました。

『あれ、A子に会う前に作った曲だよ』

『へー そうなんだー あたし、つぎは中華のバイキングとか! 安いところならあたしも払えるからー!』

「うめえものは別腹」というスタンプ。

『うん。中華はあたしも好きだよ。あたしがパクってないって分かってもらえた?』

『うん! シューマイとか!』

こうなると私は劣勢です。
今にも心が折れそうになってます。

『コンペに提出してみませんかって事務所からメール来たのが去年だから。メールもあるし、気になるなら見せるよ』

『えー いいよー 信じるからー』

「友情パワー!」というスタンプ。

気が狂う。
この怒りを叫びちらしたい。
殺したい。
死ね。
ブス。
キチガイ。
私はさきほどまで「好奇心」などと生ぬるいことを考えていた自分を恥じました。
勝ち目のない勝負を挑んでいたのはA子ではなく私だったのです。
今からA子に「投稿を削除して」と主張したり、わざわざ古いメールを探して「ほらこのメール、昨年のでしょ」と抵抗することなど、私には恥ずかしくてできません。
なぜこんなキチガイと同じ目線に立って、エネルギーを割かないといけないのだ。そんなこと、するわけがない。
いや、できるわけがない。

『たまにはA子が奢ってよね』

これが私にできる精一杯の抵抗で、

「任せろ!」という不愉快なスタンプで私は負けました。

私は何度かご飯を奢った者に曲のパクリ疑惑をかけられ、さらにまたご飯を奢る約束をしたのです。
あり得ないことが起きた。
敗北を認めると怒りよりも徒労感が勝り、何ともいえない不可思議な気分になりました。
確実にA子と会ってからの自分は、情緒の変動がダイナミックになっています。
A子に勝とうと奮起したかと思うと、急に自分が不安になり、ボンベさんや玲香の言葉に万能感を得て、結局は敗北する。
これのどこが面白いのでしょう。

私は玲香に電話をしてさっきの一連のやり取りを伝えました。
話を聞く玲香は咳き込むほど笑い、その反応からどうもこれらが「面白いこと」らしいことを私は知りました。
私が作詞作曲をしてアイドルに提供した曲のタイトルが「LOVEってどっこいSHOW」だと教えたところ玲香はなお笑い、『笑い過ぎて、少しおしっこを漏らしたっす』と息も絶え絶えになりました。

(つづく)

(21)エンディングテーマ CAN 「EFS NO.99“CAN CAN”」





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