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連載小説 「死神捕物帖」(6)

 宮本と琴美の不倫関係の主軸にあるものは性欲と金。簡単にいえばセックスワークだ。
 かねて宮本は夫婦間のいざこざをぼくに打ち明けていた。宮本は妻を「あいつ」と呼び、あいつは仕事の苦労をわかっていない、あいつは子供の相手もせず遊んでばかりいる、あいつに金を渡したくない、などとよく言っていた。もっとも彼は妻に限らず、世の女性すべてを男性とはまったく違う生き物とみなしていて、男性よりも劣った動物だと考えていた。トーヨー電基のある女性社員は「アレはもうしょうがないわね。そういう社会で育ったんだろうし、もう自分を変えられるほど脳細胞が生きていないんだから」と吐き捨てるように彼を評していた。
 一方、琴美はセックスワーカーとしてかなりのやり手だった。
 琴美にはいかにも男好きしそうな愛想と天真爛漫さがあり、それらすべてが店の売上げのために巧みにコントロールされていた。
 琴美。本名は不明。
 自称四十一歳、独身。
 夜の仕事を十年以上続け三十代後半にさしかかった琴美は、自らがもう若さで戦えないことを知ると、とにかく身と心を売れるところまで売ろうと決意したようだった。
 琴美が複数の客と関係をもっていることは、富野町では周知の事実だった。とはいえ、ネガティブにその噂が囁かれているというより、不況の中で店を切り盛りするママの武勇伝として捉えられている印象をぼくは持っていた。
 宮本の耳にその噂が入っているのかどうかをぼくは知らなかったが、琴美が完璧に宮本の上位に立っていることを考えると、それは大きな問題ではないのかもしれなかった。
 なんにせよ妻以外とのセックスを望む宮本と、とにかく金がほしい琴美の間に理想的な需要と供給がある点に関して、ぼくは何の意見も持っていない。二人の関係が世界に大きな問題をもたらしているとは思えないのだ。強いてこれが端を発して起こりうる問題をあげるなら、不倫を知った宮本の妻の情緒の乱れくらいだろう。ぼくは宮本の妻を知らないものの、ここまではっきりした低脳と結婚するくらいなら、妻の脳機能も褒められたものではない。
 
 宮本哲治が回りくどい言い方でぼくに伝えたことは、結局のところ、セックスビデオの撮影依頼だった。
「どうにもここ最近、勃ちが悪いんだよなあ。いろいろ試してみたんだけど、どうも効果がない。それで琴美の方から提案されてなあ。話を聞いているだけでも興奮してきたんだ。変な話、今こうやって話しているだけでも息子がパンパンになって、パンツがびしょびしょになるくらいだ……」
 琴美も椅子に座り、首を縦に振っていた。この時、ぼくの目には穏やかな顔で宮本を横目で見やる彼女がまるで有能な占い師か催眠術師のように映っていた。琴美が宮本に撮影を提案した理由は、単に金払いが良い客との縁を長持ちさせるためでだけではないのだろう。プラスアルファの料金をせしめるのが狙いに違いない。
「宮本さん。わかりましたよ。ええ。ぼくは問題ありませんので」
 その返答通り、ぼくには何の問題もなかった。
 問題どころか、宮本を殺せるか殺せないかの分岐点がこの撮影依頼にありそうだとぼくは踏んでいた。
 ぼくは人生の楽しさを感じていた。

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