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連載小説 「死神捕物帖」(7)

午前三時を過ぎた頃、やっとぼくたちは解散した。セックスビデオの話題を終えたあとも、宮本と琴美は気まずそうな雰囲気を漂わせたままだった。宮本の居丈高な態度も鳴りを顰め、ともすればぼくに接待をしているようにも感じられた。ぼくはといえばいつも通りにただ相槌を打ち、聞かれたことに答えてばかりで、二人はそのぼくの様子に困惑の表情を浮かべていた。高価なウィスキーの封が切られ、彼らはぼくを崇め、何かを祝うように数度の乾杯があった。

「お帰りなさい」
 妻はランプが一つだけ灯されたリビングでソファに横たわり、スマートフォンを操っていた。ぼくはテレビの前の床に寝転がり、重力の強さを気怠く感じつつ妻の横顔を見た。
 彼女が生きている世界はどんなものなのだろうか。
 彼女はぼくと違って、人を殺したことがない。周囲に消えた方がいい存在がたくさん存在しているという点だけを見るとぼくと同じだが、彼女はその存在が自然と消えていくのを待っている。
 仮に引っ越したところで、どこにでも奴らはいる。
 誰と会わずにいても、奴らの存在を一度知ったらそれは魚の小骨のように刺さり、放っている限り延々と刺さっている。
 ぼくが人を殺さない人生について深く考えを巡らせることができるのは、妻のことを思ったときのみだった。この理由は単純で、妻とはほぼ毎日顔をあわせるからである。これだけ毎日会っていると、意識を共有しているような錯覚を覚えてしまうからだ。もし彼女が「殺してほしい人がいる」とでも言えば、ぼくはそいつをリストに入れるだろう。仮に自分にまったく害を及ぼさずとも、妻のストレスもぼくのストレスになり得ると錯覚しきっている自分がいる。
 妻と結婚したのは、ぼくのある殺人がきっかけだった。
 端的に言うと、ぼくにはかつて妻の父を殺した過去があり、殺害現場を偶然彼女に見られたことで結婚することになったのだ。
 
 ありがとう。
  
 息絶えた男を見下ろしていると、背後から彼女の声が聞こえた。
 その言葉の響きだけで、彼女がぼくの生涯の共犯者になるとわかった。
 
 どういたしまして。
 
 そのときぼくは、ごく自然にその言葉が出た自分に驚いたのだった。
   
「あたし、寝るわね」
「ああ、ぼくも寝るよ。今日は疲れた」
 人の命に関する思考が他人と大きく違うことくらいは知っている。ぼくと脳みそを取り替えたなら、誰もがその日のうちに精神科医の元へに走るだろう。
 妻と子どもがこれまで通りバカではなく、これからもバカにならないことを願う。
 バカになったなら殺すしかなくなる。家族を殺すのはおそらくとても難しいことだ。歳をとるごとに人を殺すのは難しくなる。妻を殺すとき、唯一の共犯者の息の根を止めるとき、ぼくはどんな気持ちになるのだろう。
 我が子の命を奪わざるを得なくなったとき、ぼくは自分を呪うのだろうか。

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