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キムチの真実 2013作品

北露鮮2013年春、先進国の遊園地を超えたと自負する金律恩はつぎの秘策をずっと考えていました。

「人民のための衣食に代わる偉大な憩い」は亡き父と偉大な祖父の遺訓。ミサイル開発の失敗を除けば、金律恩将軍の徹底主導によりそれは年初頭に真っ先に成就しました。ミサイルも遊園地も北露鮮国内に独自のノウハウもなく設計から施工までおもに中国技術に頼らざるを得なかった、それにせよ北露鮮の偉大な成果です。
しかし、一握りの北露鮮国民の熱狂的歓迎と裏腹に国際的には大ブーイング。いくら側近たちに讃えられても、金律恩にとってそれは全く納得のいくものではありません。あくまでも偽物・コピーのそのまた模倣でしかない、ウェブランキングではそんなレッテルしか貼られなかったからです。

大陸ナンバーワンのエンターテイメントを!

すわっ、国家存亡の時は今、と、勅命が下され、それからは毎晩のように北露鮮人民党書記円卓会議が開かれました。

会議は党序列順に輪が作られましたが円卓は最初その直径が10メートル以上もありました。そのため下位の幹部たちには議題進行などまったく届かず、だから概ね無関係無関心。もっぱら拍手だけのエキストラとなって雰囲気だけを支えていました。

デカ茶帽子の好戦的な老将軍たちは情報戦将校たちの愚さを嘆き、真のリアリティをも遥かに超えるミサイル合戦を、と口々に訴えました。

内務官僚は以前からの論説のようにピョンヤンと丹遼近隣の世界最大のカジノによる外貨獲得の優位性を説きました。

外務官僚は米中への積極的接近を企てていましたが場の雰囲気を察し専ら寡黙でした。

会議が毎晩深夜まで続いたせいもありバカらしさに辟易した側近たちの中にはとうとう居眠りコックリする者が現れました。
会議が長引き疲労が本性を露わにさせます。
権力闘争の好機と利用されるようにもなります。
運悪く政敵に糾弾され始めると泥仕合となり、形勢悪ければ派閥原理も作用してその場で処刑動議可決となります。

だんだんと会議は完璧なデスマッチ化。

やがて会議の開閉が繰り返されるとテーブルは直径5メートルにまで縮小され取り替えられました。

会議の行く末を危惧した張成高は生き延びた側近たちと謀議しある策略を金律恩の耳元に囁きました。

「将軍さまのあの隠れたパワーを披露してはいかがでしょう」

「ん、御意」

デッドロックの金律恩にはそれは現状打開・願ったりの助け舟だったのです。それは金律恩がずっとオリジナルを練っていたメインテーマだったのです。
10回目の円卓会議の冒頭、金律恩は金正律と金律成の写真の周りを囲むように党員たちを起立整列させます。

それから、お決まりの北露鮮国歌斉唱です。

最後の一節を大声裏に歌え終えると、会議場が一瞬静まり返ります。

「デワハジメダ」

張成高が金律恩に囁きかけると金律恩は議席椅子によじ登りさらに一段高く威厳を示します。

金律恩はまず左の掌を前に突き出します。そしてゆっくりとキムチの息を吐きながら右の掌を後方に引きました

「カァ、ミー、ハァ、ミー、ハァーっ!」

次の瞬間、張成高から順にドミノ倒しが起こりました。
同時に金正律と金律成の写真も花輪も倒れました。

しかし、時計回りに続いたドミノは軍事帽子の将軍たちの前で突然止まります。
あっけに取られたこの四人の老将軍たちは即座に手を振りかざし猛烈に党員たちの非礼をなじり叫びました。

「プレーモノ!ハシヲシレーっ!」

前々から軍部に対して懐疑心を溜め込んでいた燃える金律恩はせっかくの技も掛からなかったこの無知な年寄りたちに腹を立てました。

そして左人差し指で銃口を向け右は四本の指を立てる。

それは将軍さまの無慈悲合図、速攻の銃殺刑のサインだったのです。

「将軍さま、この鈍感な反逆者には見せしめの公開処刑が妥当です」、張成高がまた意見具申しました。

結局、翌日に毒キムチ漬け公開銃殺刑がユルソン広場で執り行われました。
この日常的政変により政治的なバランスがまた揺り戻されたというのは言うまでもありません。

円卓会議の行く末に我が身の危険を察知した張成高は更なる一計を案じます。
自らの逃げ道、亡命先の確保を目論んでいたのかもしれません。金正律の妹、崔敬姫との結婚生活も冷えきっていてもう帰りつく家さえありませんでしたから。

プランの概要は北京ルートで日本の窓口にまず暗号化通知されました。

受け手東京の入口は元民自党幹事長の野方広武です。

野方はそのプランを平成研沼賀福次郎に、沼賀は中国ラインを仕切る六階俊宏に伝えます。

一方で野方は中学館の相田昌彦を呼び集芸社の堀海角恵と段取りを作るように要請します。

野方広武にとってその成果如何で、日朝和解、拉致問題の氷解、さらには核開発放棄へと駒がすすみ、政治家時代のさらなる業績の上積みができるかもしれない、そう考えたのです。

その日の晩には野方の好きな赤坂「巧悦」に秘密保護法案審議中の二人の実力者議員、二人の出版社経営者、その他にSAPPOの執筆者李英作が招かれ、そしてドラボンゴール原作者烏山朗も天王洲のスタジオから呼び出されました。

客人四人、相田は堀中、烏山と李を伴い座敷に入ります。

野方広武が一声、酒宴を進めます。

予め参加者には送迎車の中で秘書から序段概説が伝えられていました。

一の膳二の膳と進むものの酒呑み烏山も堀海も箸が進みません。

烏山が堀海に耳打ちすると堀海が切り出しました。

「今回のお話ですが、当社と周辺諸国、ロシア、中華人民共和国、大韓民国、そしてモンゴルやベトナムなど、版権の契約約款を吟味いたしましたところ、作業進展のためには相当の協議が必要となりまして」

沼賀が堀海を割って、
「結論を先に、ね」

「烏山も現在大きな製作を進行中でもあり」」

「要は、ダメ、だね」

「はい、そうです」

堀海は座布団を前に丁寧に差し出し烏山を連れて退席します。

こうして第一号議案・張成高プランは誰も処刑されることなく、かつあっけなく座礁します。

それから宴席では熱心に今後の方策が練られます。北露鮮情勢の専門家李英作が精緻な分析もサジェストします。
宴席会議が話題空回りし再び暗礁に乗りかけた時、それまで静かに聞き言っていた六階が主題をもどし「ドラボンゴール」のストーリーを持ち出します。

アィディア会議ではこういったブレイクが停滞していた空気を変える事がよくあります。

そして、ここでも。

六階が代案二号議案への突破口を見つける事になりました。

翌日には烏山朗の固辞が隠されたま「天下一武闘会開催案」が北京ルートで張成高に伝えられました。

開催案のプレゼン役には六階主導の「北京オリンピックを支援した会」から杉浪健太郎元議員に白羽の矢が立てられました。杉浪は格闘家としての経験もあり現在は日闘大の理事長でもあります。粗野で口禍の多い事を除けば適役です。
六階が白沼竹夫に根回しし杉浪には強力タッグがつけられました。日本改新の会現職参院議員で元プロレスラーのアントキモ芋木です。

双方の快諾を受け早速北京ルートで張成高を喜ばせました。

張成高は早速金律恩に具申します。

かねてから金律恩はドラボンゴールロコリアの絵コンテを描いていました。

遜悟空は金律恩、ベジーテはキムーチ。キムーチは白菜の顔にドラいもんの目鼻立ちです。
天津麺はビビンバ。チチンやブルマンは首領府直営の芸能学校から物色しようと考えていました。

唐突な「天下一武闘会平城開催案」など金律恩でさえも思いつかなかったもの、でも、でもです。

そして、結局。
「ん、御意」

こうして、本中華航空便が二人の格闘家を平城まで運送する事にあいなったワケです。

平城国際空港に降り立った杉浪と芋木は大きな要人用リムジンの迎えにまず気を良くしました。
しかしすぐにその誤解に気づきます。豪華なリムジンはアメリカ・バイベン副大統領のお忍び秘書官のものだったのです。
結局、杉浪と芋木は張成高が差し向けたズンマというどうにかベンツ風の北露鮮国産車に乗り込みます。

二人の大物と随行官の計4人が乗るといささか窮屈。燃費の落ちる音もさせながら中城洞官邸に向かいました。

一五官邸に到着すると車は一旦地下道に入り検問所を通ります。
芋木は窓から軽く手を振りますがその掌と顔の大きさに守衛は思わず銃を構えてしまったようでした。

再び地上に出て正面玄関で停車すると階段を降りてきた張成高とその側近たちが出迎えてくれました。

まずは腹ごしらえをと考えていた杉浪と芋木はいきなり応接室に通され金律恩の入室を待つ事になります。

その間、官邸付きの通訳を挟んで「天下一武闘会」の青写真について張成高のインタビューを受けます。

しばらくはこの外交論議に笑いも交え有意義な時間が経過します。

一時間ほどして奥の大扉が開き金律恩を先頭に軍服老将軍連、屈強な黒スーツの男たち、そしてチマチョゴリのお姉さんたち、ゾロゾロと近づいてきました。
北露鮮人民党の軍隊には定年制が無い、将軍は皆ハロングル語の読み書き以外できない、黒スーツはアメリカ並みのエスピー、民族衣装は秘書官と通訳、と、随行官のレクチャーはすでに受けています。
その随行官に後ろから促され杉浪と芋木の巨体が立ち上がります。

杉浪の日闘大では学生たちはみんな小僧っ子、杉浪健太郎はキャンパスの独裁者。挨拶が中途半端な小僧っ子には必ず鉄拳を飛ばします。そんな日常が染みこんでいた杉浪は大手を振って来た若僧を睨みつけます。

芋木は外交辞令第十三項に従い両手をズボンの縫い目に添え腰をくの字曲げ金律恩の仕草を待ちます。新色マフラーがブランブランと垂れていたのは本来ならアウトです。
杉浪も随行員にまた促されていやいや頭を下げます。

金律恩は二人に軽い握手を求めます。
それから大きな百頭山の絵の前に案内されます。

左から張成高、金の椅子金律恩、アントキモ芋木、杉浪健太郎、の順に着席します。間にそれぞれチマチョゴリと随行官が後ろに控えます。

金律恩、第一声、それをチマチョゴリが日本語に訳して語ります。金律恩崔のコトバに続けて、「ピョンヤンダイガクでニホンブンセキ」日本語の自己紹介があり、そして正確無慈悲な翻訳は始まります。

「イワクショーグンさま、おマエたちはホントにカクトーカなのか?」

ちょっと間があいてから二人が答えます。
杉浪は
「はいそうです」
芋木は
「15年前までは現役のプロレスラーでした。お父上の時代に平城マッチを計画したこともあります。今は参議院議員です。総書記」

「イワクショーグンさま、おマエたちのトクイワザはなん、ダーっ」

芋木が
「私は卍固めとコブラツイストでした。杉浪は投げ技です。総書記」

杉浪は口をへの字に曲げたままです。ちょっと険悪な気配に随行官はちょっと気掛かりです。闘魂の芋木でさえチラ見です。

「イワクショーグンさま、ミドルシュートとホールインワンがトクイワザだがオマエタチ、バスケとゴルフをシッテルカ」

老将軍たちは一斉に拍手をしました。
芋木の額には血のような汗が滴り落ち始めました。

「総書記がバスケが得意なのはよく存じ上げております。ホールインワンにつきましてはお父上の特技かと思っておりました、総書記」

金律恩は初めて笑顔を浮かべ、何か指図をしました。

「イワクショーグンさま、カルイショクジ、ヨイしなさい」

ただちに王朝ワゴンに載せられた料理が入場します。

「イワクショーグンさま、オマエタチのトクイワザ、ヒトツ、ヤッテミロ」

意表を突かれた芋木は思わず

「ゲンキ、デスカーッ!」

と、応じてしまいました。

一瞬、部屋中が凍てつきますが、すかさず金律恩が惜しみない拍手で芋木を讃えます。
拍手はすぐに呼応して北露鮮人民のウェーブとなりました。

大げさに言うと、日露鮮和解の奇跡、という雰囲気でした。

「イワクショーグンさま、オイ、そこのチョンマゲ、バクバクレツケンをヤッテミロ」

もう杉浪のチョンマゲからは湯気も出ています。体全体がワナワナと震えています。
杉浪はおもむろに立ち上がると王朝ワゴンに両手を掛けます。

「オマエタチは、モー、死ンデイローッ!」


百烈拳、というのは人気マンガ北斗の県主人公ケンゴロウの秒速技の事です。
ワゴンは宙を舞い、トマトジュースのグラスミサイルが発射されます。グラスは弧を描き金律恩の頭上を越え老将軍たちの頭を見事直撃しました。

機を見てビンタな芋木は杉浪の狼藉を鎮めにかかります。外交辞令第十六項のAに拠るものです。

「ガァーッ」

芋木の張り手と名物ビンタが杉浪の顔面に炸裂します。随行官も芋木に加勢します。さらにマフラー卍固めと海老一本背負いの秘密技で杉浪を釣り上げます。黒スーツたちは総出で日本チームの押さえ込みにかかります。

そして、劣勢の杉浪が難易度の高い日闘大お家芸バク転で跳ね返しに挑みます。

その時です。


「カァ、ミー、ハァ、ミー、ハァーっ!」


金律恩の必殺技が燃えるリングに更なる炎を注ぎました。

芋木と杉浪にタックルしていた黒スーツと随行官たちは空を飛んで床にたたきつけられます。

杉浪は窒息死寸前で、芋木は顎の関節が外れて、双方意識を失います。

パチパチパチパチ、一人分の拍手が聞こえます。

老将軍たちはみな床にのばされ、赤い水玉模様のチマチョゴリたちはその周りで床そうじ、リングも全員ノックアウト。そして拍手の主は一人だけ、みんなの将軍さま金律恩のもの。

張成高とその側近たちだけが筋書きに無い天下一武闘会にただただ唖然、呆然として立ちすくむだけ。

そして、運良くどんな技にも圏外だった張成高も運尽きてとうとう無慈悲な指の銃口が向けられる事にあいなったのです。

張成高は張り手とビンタの拷問で顔を腫らし、翌日には議場の曝し者。
そしてその側近たちと共に刑場の弾の露になったのはご周知の通りです。

外交成果不明のままホーホーの体で逃げ帰って来た杉浪健太郎とアントキモ芋木には暫くして出場停止の懲罰が下されたのはまた言うまでもありません。

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