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映画「ダイ・ハード」冒頭14分完全解説

なんも考えずに見れる映画が見たくて、Netflixでロック様主演の「スカイスクレイパー」を鑑賞した。ロック様が何度も危ない目にあいながらもなんとか切り抜ける&危ないと思ったらロック様が助けてくれる、ながら見でも楽しめる単純明快大味アクション大作だ。
見ていて、「ダイ・ハード」+「タワーリング・インフェルノ」だなと感じ、「ダイ・ハード」を見返したくなった。
年末年始のAmazon Prime Videoのセールで、レンタル100円購入500円だったので、思わず購入。

思えば、「ダイ・ハード」自体が70年代前半に流行った「ポセイドン・アドベンチャー」(72)とか「タワーリング・インフェルノ」(74)のような「閉鎖空間でのパニック映画」に、80年代前半に流行った「ランボー」(82/85/88)や「コマンドー」(85)のような「男が単身で多数の敵を制圧映画」を混ぜたような映画だ。「ダイ・ハード」には、敵テロリストが主人公のジョンに「ジョン・ウェインかランボーのつもりなのか」と言い捨てる台詞がある。

「ダイ・ハード」は、バタバタの中で作られ、実は映画的に間違ったカットがいくつかあり、制作陣も試写の段階で気づいたもののそのまま公開された映画でもある

にもかかわらず本作は圧倒的なヒットを収め、シリーズ物として5作が作られることになり、アメリカTVシリーズのコメディ俳優だったブルース・ウィリスを世界的ハリウッド・アクション・スターに伸し上げた一作となった。

ヒットの要因は、ひとつは「一人の男が単身で多数の敵を制圧映画」でありながら、それまでの「ランボー」や「コマンドー」がマッチョさ、タフさのみを担保として敵をなぎ倒していくのに対し、「ダイ・ハード」のジョン・マクレーンは強いがそこまでのマッチョ感はなく腕力だけでなく知恵も使い、でボヤいたり泣き言をひとりごちながら状況に対応するという「等身大の刑事」に見えたところが逆に新鮮だったのではないだろうか。

しかし、なんと言ってもこの一作目の「ダイ・ハード」がヒットしたのは、脚本の見事さだろう。「ダイ・ハード」の脚本は、脚本の教科書のサンプルとしてしばしば取り上げられるほど構成が見事だ。岡田斗司夫の「オタク学入門」では、「E.T. 」「ジュラシック・パーク」「ターミネーター」などと比較しつつ「ダイ・ハード」30分目、60分目、90分目に何が起こるかを時系列で示している。
全体の構成も見事なのだが、今回何度目か見直してみて、改めて「冒頭の状況説明パート」がいかに無駄なく、ひとつのセリフや演出に2つも3つも意味をもたせているかを確認できて、あらためてすごいと思った。

以下、冒頭約14分間を詳細に説明している。クライマックスやその後の展開部分でのネタバレは避けているが、「ダイ・ハードをまだ見ていない」という人生の楽しみが残っている人は、こんな雑文を読む前に是非とも予備知識ゼロで「ダイ・ハード」を鑑賞してほしい。

■オープニング~着陸する機内
~00:20 20世紀FOXのロゴとファンファーレ
~00:43 プロデューサークレジットから着陸するジャンボジェットのバックショット
~00:46 着陸時に座席の肘掛けをギュッと掴む男の手のアップ ブルース・ウィリスのクレジット
~00:58 隣席の男が肘掛けを掴む手と表情を確認して、「さては飛行機が苦手なんですね」と話しかける
~01:01 「なんでわかる?」と答える主人公(ジョン・マクレーン/ブルース・ウィリス)の最初のショット
~01:16 「飛行機の旅を克服する方法を教えてあげましょう。旅先に着いたら、裸足になって絨毯を足の指を丸める(make fists with your toes)のです」
~01:17 「足の指を丸める?」と怪訝な顔をするジョンのアップ
~01:23 「や、おかしいこと言ってると思うのは分かるが、信じてください。僕はこれを9年もやってますよ」と答える隣席の男。
~01:39 「OK」といった後飛行機が停止し、席を立って上部の手荷物を取り出そうとするジョン。ジョンのジャケットの内側に拳銃のホルスターがあることに気づき、すこし驚いた表情を見せる臨席の男。
~01:48 「大丈夫だよ。俺は刑事なんだ。」「信じてくれ、俺は11年やってるんだ」と返すジョン。
~02:00 首にリボンが付いた1mほどもある巨大なクマのぬいぐるみを片手に飛行機を出ようとするジョン。手荷物引き取りのベルトコンベアが映る空港にカットが変わり、青字で「DIE HARD」のタイトル
~02:21 タイトルが消え、タバコに火をつけ空港内で誰かを探している風なジョン

タイトルまで2分。冒頭の20世紀FOXファンファーレを除けば実質1分半くらいのオープニング。
ここは言うまでもなく後で「主人公を裸足で戦わせるための伏線」なのだが、機内での会話シーンという映画のシーンとしてはかなりありふれたシーンで始めつつ、交わされる会話がオープニングとしては若干奇妙なので軽い「ツカミ」になっている。「裸足で足の指を丸める??」となるが、まぁ飛行機が苦手だったら「地に足がついた状態」を実感すると安心するのかも…くらいの説得力はある。

この1分半で
主人公を裸足で戦わせるための伏線を埋め込みつつ
主人公が十分なキャリアがある刑事であること
にもかかわらず、飛行機が怖いというちょっと頼りない一面があること
クマのぬいぐるみからおそらく小さな子供がいると思われること

を観客に知らせている

登場人物の状況や背景を自然に説明するのは難しい。少年漫画だと「あそこにいるあいつはもしかして千葉県の最強校○○高校の主将、☓☓ではないか?」「ほんとだ、予選では去年の甲子園出場校△△相手に一点も取らせなかったというピッチャーの☓☓だ」と登場人物やモブキャラが突然「解説」をすることがあるが、映画ではこれはできない。

飛行機の機内でたまたま臨席になった人間と「ところで、お仕事は何をしているのですが? 私は○○をしているのですが」という会話が起こること自体はそれほど不自然ではないかもしれないが、着陸の段階で始める会話ではないし、多少とりとめもない雑談を経て行われるだろう。

「裸足で絨毯を歩けば飛行機恐怖症が落ち着く」という「奇妙な」教えは伏線でありツカミであり、それが「信じてくれ、僕はこれを9年やってる」という自己弁護に繋がり、さらにそれが「信じてくれ、俺は(刑事を)11年やってる」というジョンの状況説明を自然に引き出すきっかけになっている。ここの手際は本当に見事。

■ナカトミ・コーポレーションビル内
02:22~03:09
クラシックのBGMが始まり場面転換。主演陣のクレジット表記は続く。
スーツを着た日本人(タカギ社長)が軽くネクタイを直しながらパーティー中の客人に向かい労をねぎらう。
「ありがとう」など日本語も少し混ざって聞こえる。
フロアでパーティーをしている従業員を、吹き抜けの上の階から呼びかけスピーチを行う。
皆がグラスを片手に社長の方を向いてスピーチを聞く中、書類の束を抱え書類をめくりながら社長に背を向けフロアを横切る女性がひとり(ジョンの妻ホリー)

この場面では短いスピーチの内容から、
ここは日本人が社長の「ナカトミ・コーポレーション」という日系企業と思われる会社であり、
今年は業績もよくそのお祝いを兼ねたクリスマス社内パーティーであることが分かる。
(冒頭のマクレーンのおおきなクマのぬいぐるみがおそらく子供へのクリスマスプレゼントなのだとつながる)
また、同時に次のホリーのシーンとのつなぎの役目も果たしている

冒頭で触れた「スカイ・スクレイパー」(18)は架空のビルで場所は香港という設定だが、映画の資本自体に中国資本がかなり入っており、興行収益も全米より中国での方が高い、そんな映画だ。「キングコング」(33)がぶら下がったエンパイアステートビルから「タワーリング・インフェルノ」までは、ハリウッド映画に出てくる高層ビルはアメリカ経済の象徴そのものだったであろう。「ダイ・ハード」が公開された88年は、バブル景気を背景にアメリカの象徴を日本が買い漁っていた時期で、新築された高層ビルのオーナーが日本人という設定。「ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル」(11)でトム・クルーズがよじ登るビルは、前年に竣工し当時世界一の高層ビルとなったアラブ首長国連邦ドバイのビル(ブルジュ・ハリファ)だ。ハリウッド映画における高層ビルの扱いを見るだけでも世界経済の隆盛の一端を伺える。


03:09~03:58
書類をめくりながら廊下を歩く女性のバックショットに切り替わる。主演陣のクレジット表記は続く。
女性の背中から忍び寄り、「ホリー、夕食でもどうだい?」と聞くチャラい男性社員。ここで女性の名前がホリーだとわかる。「今日はクリスマスイブよ、子供へのプレゼントの準備とかやることがいっぱいあるわ」と男性社員を邪険に扱いながら自分の個室オフィスに入る。男性は個室オフィスには入らず(業務もないのに入れない)ドアのところで立ち止まる。ずっとバックショットだったホリーがこの段階で初めて顔が映る。個室オフィスでは秘書とおぼしき女性が作業中である。彼女に対しホリーは「もう5時40分よ、みんなシャンパン飲んでるわ。パーティーに出て」と声をかける。日本語字幕では「私は鬼上司じゃないわ」となっているが、実際は「私がエベネーザ・スクルージみたいじゃない」と言っている。エベネーザ・スクルージはチャールズ・ディケンズの小説「クリスマスキャロル」の主人公でクリスマスを嫌う無慈悲な守銭奴。どこかに電話をかけつつ、秘書が個室を出た後もドアの入り口で粘る男性社員を「バーイ」と追い払うホリー

この場面では
女性はホリーという名前である
子供はいるが男性社員にちやほやされる存在であり、美人(離婚したシングルであるかのような印象)
しかしそんな誘いには全く動じないワーカホリック気味な女性である
(女性にも関わらず)専属の秘書と個室を持ったエクゼクティブである

というキャラクター設定が描かれている

同年にタイトルもそのまま「ワーキング・ガール」という映画が作られた。ウォール街の投資銀行を舞台に、シガニー・ウィーヴァー演じる女性重役と、メラニー・グリフィス演じるそこで悪戦苦闘するその秘書と、ハリソン・フォード演じる取引先の男性からなるラブコメディだ。大衆向け娯楽作で「女性エグゼクティブ」というのが登場人物のキャラクター設定で一定の機能を果たした(少し新鮮だが、大きな違和感は感じない)時代を反映しているのだろう。さらに脱線してしまうが、女鬼上司とがむしゃら新米女性という構図は「プラダを着た悪魔」(06)があるが、「ワーキング・ガール」と「プラダを着た悪魔」を比較すると、映画における働く女性の描かれ方の変化が見て取れる。

03:59~05:11
幼稚園くらいの男の子と、小学校低~中学年くらいの女の子が床で遊んでいるカット。電話が鳴る。制作陣のクレジットは続く。
「はい。マクレーン宅です。私はルーシー・マクレーンです」とお姉ちゃんが気丈に電話に出る。
ホリーの個室にカットが変わり「どうも、ルーシー・マクレーンさん。あなたのママよ」と話しかける。
いつ帰ってくるの?という娘の質問に対し、「すぐに帰るわ。でもあなたが寝てからね。パウリナに変わって」と伝える。
「パパも一緒に帰ってくるの?」と楽しみたっぷりに聞く娘。それまでバックショットだったホリーは椅子を回転し、カメラに顔を向ける。「サンタさんとママで相談してみるね」と浮かない顔で曖昧な返事をし、パウリナに変わってと再度急かす。
再び自宅のカット。家政婦のパウリナと思われる女性が電話に出る。「主人から電話はあった?」と聞くホリー、ないですと答える家政婦。「飛行機に乗る前は時間がなかったのかしらねぇ… 念の為スペアルームのベッドメイクをしておいて」ともやもやした様子で家政婦に頼むホリー。デスクの後ろに飾ってあった大きめな家族写真をため息をつきながら見つめるホリー。家族写真のアップ。ここで初めて、冒頭の飛行機から降りた男性がホリーの夫であることが分かる。バンッとイラついたように家族写真を伏せるホリー。

字幕では「主人から電話はあった?」となっているが、家政婦に対して「my husband」ではなく「Mr.マクレーンから電話はあった?」と聞いており、夫に対する微妙な距離感を表している。

この場面で、
ホリーには小さな子供が二人いる
子育ては家政婦に任せて自分はバリバリ働いている
夫は今日帰ってくるのか、帰ってくるとしたら自宅に泊まるつもりなのか分からない
(バラバラに暮らしていて疎遠な様子)
マクレーンという性である(電話のやり取りで数回「マクレーン」という名前が出てくる)
子供はパパの帰りを楽しみに待っているが、ホリーの夫に対する気持ちは微妙なものである
冒頭機内のシーンでの男(ジョン・マクレーン)とホリーは夫婦である
ことが分かる

また、イラついて倒した家族写真は、のちにこの個室をテロリスト(強盗集団)がコントロールルームとして利用するときにちょっとした小道具の演出として再び出てくるのだが、その伏線にもなっている

■空港から車中へ
05:12~06:11
再び空港のカットに戻る。スタッフクレジットはまだ続く。
イブでごった返す空港。突進してくる若い女性を危うく避けるマクレーン。そのまま女性に目をやると彼氏か旦那か飛びついて再会を喜んでいる。やれやれと言った感じで出口に向かおうとすると、「J・マクレーン様」と書かれたプラカードを持ったスーツの黒人男性に気づく。「私がジョン・マクレーンなんだが…」と名乗り出ると、「私はアーガイルです。リムジン運転手です。実は今日が初日でして…」とプラカードを持った若い黒人男性がサングラスを外して若干バツの悪そうな顔を浮かべる。「俺もリムジンに乗るのは今日が初めてだよ」と返すマクレーン。立ち止まってやり取りをしている間に、出口へと急ぐ男性に身体をぶつけられるマクレーン。

この場面で
男(主人公)の名前が「ジョン・マクレーン」である
再会を祝すカップルも居る一方で、自分を出迎えてくれたのは不慣れなリムジン運転手
1度ぶつかりそうになり、1度身体をぶつけられる

ということが描かれる

観客に主要な登場人物の名前をどう伝えるかというのも、ちょっとした映画の見せ所である。
ホリーは同僚から呼びかけられることで名前が判明する。これは一番よくあるパターン。
つづいて「自宅への電話」でマクレーンという性が分かり、
主人公のジョンは自分を探すリムジンドライバーへの自己紹介で名前が分かる。
と、短い時間の中でバリエーションを変えて名前を説明している。

06:12~08:23
走行するリムジンを正面から捉えたカットに続いて、運転席と助手席にならぶアーガイルとマクレーンを横から捉えたカット。
制作陣のクレジット表示は続く。
「車内電話もついてる」とリムジンの装備の豪華さをまるで自分の持ち物のようにはしゃいで自慢する運転手。「いやー、助手席に座ると思ってなくてさ」と紙くずを後部座席に放り投げる。
運転手「よかったらおネェちゃんも紹介しますよ。っていうか結婚してるんすか?」
ジョン「してるよ」
運転手「奥さんは?」
ジョン「こっちに住んで6ヶ月だ」
運転手「ってことは別居中すね」
ジョン「おしゃべり好きだな」
運転手「すみません。タクシー運転手の癖が抜けなくて。もう離婚済み?」
ジョン「おまえは運転してろ」
運転手「教えてくださいよ。いいじゃないすか」
ジョン「仕事でえらく出世しちゃってね」
運転手「じゃあなんであなたがこっちに来ないすか」
しばらく黙るジョン。リムジンが向かう先に一際高くそびえ立つナカトミコーポレーションのビルのカットを挟む。
再びリムジン内のカット
ジョン「俺はニューヨークの刑事だ。俺に捕まるのを待ってる悪党がいっぱいいるんだよ」
運転手「さては奥さんが仕事うまく行かなくておずおずと帰ってくるのを期待してたんじゃないすか~ ギャハハ」
ジョン「お前は本当に賢いな」
運転手「音楽でもかけます?」
カセットを差し込む。RUN DMCの”Christmas in Hollis”が流れる。リムジンには似つかわしくないHIPHOP。ノリノリになる運転手。呆れるジョン。
ジョン「クリスマスソングはないのかよ」
運転手「これこそクリスマスソングっすよ!」
リムジンのバックショットから、そびえ立つナカトミコーポレーションのビルをなめるカット。
車回しを半周し、玄関の前でリムジンが止まる。監督のクレジットが表示される。最後のオープニングクレジット。

ここの演出も見事だ。
ジョンとホリーの関係、状況、なぜバラバラに暮らしていて、ジョンがここに来たのか、
を、おしゃべり好きな黒人運転手を立てることでまとめて説明させている。
運転手を、気は良いのだがちょっと下品でがさつな、つい先日までタクシーを運転していたというリムジン運転手には似つかわしくない黒人青年にしているのが見事。プライベートなことにズケズケと踏み込んでくる感じが不自然でなく描かれ、短い時間で状況を説明するのが「いかにも説明場面です」とならずにすんでいる。

この急にリムジンを運転することになってはしゃぐ黒人青年というのは、もしかすると経済的に急成長したものの身の丈を知らずにモノや物件を買い漁る当時の日本企業や日本人を揶揄しているのかもしれない。

RUN DMCの”Christmas in Hollis”も収録されている「A Very Special Christmas」はアメリカで史上最も売れたクリスマスコンピレーションアルバムだ。キースヘリングのジャケットで覚えている人もいるかもしれない。その意味では確かにRUN DMCの”Christmas in Hollis”もクリスマスソングではあるのだが、88年は今と違ってRAP/HIPHOPが音楽的にポップス市場で市民権を得ていたわけではない。前年にエアロスミスとのコラボで名を挙げたとはいえ、マドンナ、U2、スティング、ホイットニー・ヒューストンとロック、ポップスの大御所が参加するクリスマスコンピで、RUN DMCはあくまで「色モノ枠」での起用だったであろう。ジョンが「クリスマスソングはないのかよ」と突っ込むのも仕方がない。
そしてこの、ジョンがナカトミコーポレーションに「入る」ときの演出は、ラストで「出る」ときの演出はきれいに対になっていて、その前フリとも言える選曲とツッコミなのだ。

08:24~09:01
ジョンがリムジンを降り際、運転手は「奥さんと再会して、うまく行かなかったらどうすんすか?」と尋ねる。「どこか寝る場所を探すよ」と答えるジョン。「じゃ、駐車場で一応待ってるんで、わかったら電話ください」と電話番号が書いてあるカードを渡す。リムジンのシーンの冒頭で、この車には電話も付いてると言っていた。

後ほど、テロリストの襲撃を感知し運転手に電話するも、途中で不通になり事態のヤバさを完全に認識するというシーンへの伏線となっているのだが、携帯電話もない時代に「初めて入ったビル内にいる他の者に電話を掛ける」という不自然なアクションを自然な形で設定している

この運転手は、コメディリリーフ的なカットバックで中盤登場する他、最後にもう一役大任を果たすことになり、「調子こいてるが、根はイイ奴」というキャラ設定と「客の連絡を地下の駐車場で待つ」という状況設定を2度3度と活かしており、この設定も見事。

■ビル内パーティー会場
09:02~10:58
ひとけのないナカトミコーポレーションのビルのロビーに入るジョン。受付にホリー・マクレーンを訪ねてきたのだが、と伝えると、受付は自分で調べたり電話をするでもなく、それで調べてくれとタッチパネルの端末を指差す。
すごい時代だね、と最先端の設備に驚くジョン。マクレーンの「M」を確認するもホリーの名前は見当たらない。もしや、と思い「G」のボタンを押すジョン。「GENNARO, HOLLY」と表示され、マクレーン姓ではなく旧姓のジェネロを使っていることに「Christ! 」と舌打ちするジョン。タッチパネルには「30階」と表示され、エレベーターへの地図が点滅している。
「パーティーをやっているんですよ。今は彼らしか(ビルに)残っていません」と伝える受付。ジングルベルの口笛を吹きながらエレベーターに向かうジョン。途中、防犯カメラのアップがインサートされる。エレベーターに乗ると、地下の駐車場に向かうリムジンのカットが入る。再びエレベーターに乗っているジョンのカット。

この場面は
ホリーが離婚もしていないのに旧姓のジェネロを使って仕事をしていること
それをジョンが快く思っていないこと
タッチパネルや防犯カメラなど最新鋭の設備が整ったビルであること(88年はパソコンもまだない)
今はもう30階にしか人がいないこと
リムジンは地下の駐車場でスタンバっていること

が示される

10:59~12:29
30階のロビーのパーティー会場に入るジョン。入ってすぐドリンクを渡され、ドリンク片手に会場を見回す。滝の模したようなオブジェ、クラシックカルテットの生演奏など高層ビルの中とは思えない豪華な作りや演出に感心するジョン。もらったドリンクを飲んでみるも口に合わず一口でウェイターに戻す。引き続き周りを見渡しながら歩いていると女性にぶつかる。「すみません」と立ち止まって謝ると、今度はかなり酔っ払って上機嫌な見知らぬ男性に抱きつかれ、「メリークリスマス!」と頬にキスをされる。「Jesus」とキスされた頬をこするジョン。またも周りを見渡すと、グラスを持っていない素面と思われる日本人を見つける。先程スピーチをしていたタカギ社長だ。「ちょっと人を探しているんですが…」と伝えると、言い終わる前に「ホリー・ジェネロですね?あなたはジョン・マクレーンだ。ジョー・タカギです。迎えの車は問題ありませんでしたか?」と答えるタカギ社長。配車の礼を言いつつ、豪華ですねとビルを褒めると、「まだ完成してないんですけどね。もうすぐ工事も終わるのですが」と答え、ホリーはまだ仕事中なので彼女の個室で待っていてくださいとジョンを誘導するタカギ社長。個室のドアにもジェネロ姓を掲げていることに気づくジョン。

ここでは
結構な人混みで盛り上がっているパーティ会場
オフィスビルの30階とは思えない豪華な内装
ホリーと繋がるためのタカギ社長との接触
ビルはまだ完成しておらず、工事中のエリアがあること

が説明される。

今回解説を試みている「状況説明パート」に関しては、音楽も含めわかりやすい形での「不穏な空気」というのはまったく演出されない。むしろテロリストの到着以降で一気に物語が始まるようなギャップを作るために、事件の予感をさせることのないごくごく普通の日常を描いている。
しかしジョンは
空港で2回、人にぶつかりそうになったり、ぶつかったりする
手配されたリムジン運転手が不慣れ、場違い
パーティー会場で2回、人にぶつかったり、男性に抱きつかれてキスされたりする
渡されたドリンクが口に合わず、一口で戻す

など、ジョン自身は悪くないのにスムーズに行かない、この後の問題発生を前に「巻き込まれ体質」「ツイてない日」を印象づけるような小さな演出が埋め込まれている。

■ホリーの個室 ジョンとホリーの再会
12:30~14:03
部屋に入ると、誰もいないと思っていた部屋でホリーのデスクに人がいることに気づくタカギ社長。「エリス?」と声をかける。ホリーのデスクの上を手で粉を払うエリス。さっきホリーをナンパしていた男だ。「ちょっと電話を借りていて…」というエリスだが、明らかに人のデスクを借りてコカインを吸っていた様子。「こちらはホリーのご主人で、ジョン・マクレーンさんだ。警察官をしている」とエリスを暗にたしなめるタカギ社長。「なにか食べ物を届けさせますか?」と申し出るタカギ社長に「お気遣いなく」と答えるジョン。「ずいぶん盛大なパーティーですね。日本人がクリスマスを祝うとは知りませんでしたよ」とちょっとした嫌味をジョンが言うと、タカギ社長も負けじと「我々は柔軟性があってね。パールハーバーはうまく行きませんでしたが、テープデッキ(ウォークマンやVHSのことか?)でお返ししましたよ」と辛辣なジョークで返す。ラリってるのか、場違いなほど大きな声で社長のジョークに笑うエリス。二人の様子を見て少し冷静になり、「実際のところ、ホリーが大口の契約を成功させたことのダブルパーティーなのさ」と場を取り繕うエリス。ちょうどホリーの名前が出たところで、個室の入り口に立つホリー。すこし戸惑ったような顔を見せるホリーと、すこしホッとしたような表情を浮かべるジョン。軽くハグする二人。エリスは「会社にもらった時計を旦那に見せてやりなよ」とホリーに急かし、「ロレックスなんだぜ」とジョンに自慢する。「後で見るよ。それよりお手洗いはどこかな」と受け流すジョンに、「こっちよ」と私が案内するわとジェスチャーをするホリー。

ここではホリーをナンパしていた男の名がエリスで、人の机でコカインは吸うわ、おべっかで笑うわ、ブランド品に目はないわと調子をこいた男であることが端的に示される。後半でエリスが「活躍」する場面があるわけだが、観客に「エリス、余計なことしてくれるなよー」と心配させるに十分なキャラクター説明パートだ。また、短いながらもジョンとのやり取りでタカギ社長の豪胆さ、大物感も表され、のちのテロリストと対峙したときの彼の対応に説得力をもたせている。ジョンは、もてなされているので表面的にはおとなしくしているが、この日本企業の成長がホリーや家族との別居につながったわけで、その恨み節も見て取れる。
この映画は88年の映画だが、87年には東芝の関連会社がソ連への協定違反の輸出を行ったとして日米貿易摩擦が加熱し、ホワイトハウスの前で東芝のラジカセをハンマーで叩き割るといった抗議活動なども行われた。またこのあと、エンパイアステートビルを日本人が買うというニュースも出るわけだが、ジョンのタカギ社長への嫌味はこの時代のアメリカの、日本企業や日本人に対する気持ちや感覚を表していたのかもしれない。
再会を喜びつつも、どこか戸惑いのある演技も丁度いい。「やっと久しぶりに会えた!」でもなく完全に冷めきってぎこちない訳でもない、「会えたのは嬉しいけど、言いたいことはお互いある」感じが、次の夫婦喧嘩シーンに繋がる。

ここまでの14分間が状況説明パートだ。この直後、夕日を背にナカトミコーポレーションのビルに向かう1台の大型トラックの移動カットがインサートされ、ようやく二人きりで話せるようになったジョンとホリーの場面になる。ホリーはうちに泊まったら?と提案して一瞬いい雰囲気になるのだが、ホリーが旧姓で働いていることをジョンが指摘したために一気に口論になってしまい、話は結婚観の違いや相互理解についてまで口喧嘩となってしまう。口喧嘩の真っ最中にホリーの秘書が現れ、「社長が呼んでいます」とホリーを連れ出す。場面が切り替わり、大型トラックがナカトミコーポレーションのビルの地下駐車場に入り、ビルの玄関から入ってきた二人組がいきなり受付の男を射殺する。ジョンとホリーの夫婦喧嘩の直後にテロリストの襲撃が始まるという問題発生パートだ。

状況説明だけで14分というのは、尺だけ見ると少し長いようにも思う。しかし、「ダイ・ハード」は映画内で編集で時系列が前後したりもしないし、映画内で進行する時間と物理的な時間がそれほど大きなギャップないタイプの映画だ。それを考えると問題発生以降、一気に加速するための「タメ」に必要な時間とも言える。
そして何より、これまで説明してきたように、一つ一つのセリフ、演出がすべて後に繋がる伏線、布石、説明で、2重3重の意味をもたせているものが多いから、全く無駄がないためダレることが一切ないのだ。

日本の、TVドラマ系映画を見ていてたまにがっかりするのは、「画で説明して、セリフで説明して、演技で説明する」みたいなシーンに出くわしたときだ。大雨の中で「俺は本当に悲しい」と叫んだ後に号泣する、みたいなことだ。TVドラマは「ながら見」されることも想定してある程度わかりやすく作る必要があるのは分かるが、映画館で見ることを前提にしているなら100%スクリーンに集中しているはずで、それでも「画とセリフと演技全部」でおなじことを説明されると、こちらの理解力をバカにされているような気がしてくる。逆に、一つのカット、一つのセリフにちゃんと意味があり、後に繋がったり複数の意味をもたせているような映画を見たときは、「あぁ、映画を見ているなぁ、映画って良いなぁ」と思う。

自分は専門家でもなんでもないので、映画の編集上の経過時間と脚本を照らし合わせて確認したのはこれが初めてです。気が向いたら本編全体の構成割とかもやってみたいですが、いつになることやら。
年末年始の慌ただしい時期にやるようなことでもなかったのですが、気になってしまい思わずやってしまいました。

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