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SS 34 「最高の日」

運動が大好きな女の子。幼稚園の頃から、かけっこはいつも一番。小学校に入ってからボール遊びがとても楽しい。やがて、投げて打って捕る野球が面白くなる。

少年野球チームに入るとみるみるうちに上手くなる。地元のリトルリーグに入って、硬式を始める。ここでも俊足好守の選手として活躍。

中学に入り、隣町のシニアリーグのチームに入団しようとしたら、信じ難いことに女子は不可だという。何回頼んでも断られる。軟式でもいいから野球を続けたい、と学校の野球部の門をたたくと、こちらも女子部員は取らない。

女の子は泣いた。東京に行くと女子硬式野球部のある私立中学があるらしいが、寮は無い。両親は二人とも仕事を持っているので、それを辞めて、一緒に行って欲しいとは女の子は言えなかった。親たちも女の子の気持ちはわかっていたし、なんとかしたかったのだけれど、今の経済力では如何ともできなかった。

1ヶ月ほどして、女の子が両親に「相談がある」と頭を下げた。真剣に聞く父と母。
「本当に悔しいし、悲しいけれど、仕方がない。気持ちは落ち着いた」
「でも、スポーツは辞めたくない。辞めたくないし、こんな悔しい思いをしたのだから、次にやるスポーツはずっと続けられる競技をしたい。そして、世界一を目指そうと思う」
「できるだけでいいので、お父さんとお母さんに助けてほしい。お願い」
「もちろんだ」父と母は声を合わせて応えた。

女の子がじっくり調べて、考えた末に選んだのはゴルフ。
お父さんが仕事の関係を通じてコーチを探してくれた。有名なプロのコーチを雇うお金は無い。幸い、実績こそ無いものの米国でコーチングを学んで帰国した若いコーチと出会えた。
女の子の基礎能力測定をして、コーチは驚いた。

「この年齢でこれだけの能力があるなら、成功する可能性は高い」

コーチは最新の理論でフィジカルと技術の両方を教えていく。悪い見方をすれば、女の子はコーチの実験台の様なものだが、それは承知の上で付いていく。女の子は今の環境でやれることは全部やる、と決めている。懸命に学び、練習した。コーチが探してきた栄養士のアドバイスを受けて、お父さんとお母さんは交代で女の子の食事を作る。家事分担をしてきたことが役立ってくれた。

女の子は高校に入り、ジュニアの大会で優勝。一躍注目される。有名メーカーからサポートの申し出も来た。高校卒業して最初のプロテストは、気負いすぎて落ちてしまったが、諦めない。キャディーのバイトをしながら練習を続ける。昔のプロはこうして育ったと聞く。

翌年に合格。そこからは嘘の様に順調だった。1年目でなんと2勝。スポンサーもついた。約束通り、インタビューではコーチの名前を出した。コーチは忙しくなったが、今も女の子を教えている。最近は海外進出に備えて、英語学習法も教わっている。

オフシーズンに入り、女の子にテレビ出演の依頼がきた。スポーツ系のバラエティ番組で、なんと東京ドームで野球の試合をするという。プロ野球OBと他競技の現役選手でチームを組む。

収録当日。あの東京ドームのグラウンド、バッターボックスに立つ女の子。マウンドに立つのは小学生の頃に大好きだった元プロのピッチャー。すごい迫力を感じる。投じられたストレートを強振、ボールはセンター前に抜ける。懸命に走り、ファーストベースを駆け抜ける。セーフ。

跳び上がって喜ぶ女の子。自分で決めた目標である、ゴルフでトップ選手になることに懸命に向かい、近づいた。そうしたら、悔しい思いで諦めた野球で夢の様な舞台がやって来た。自分の人生、なんて素晴らしいんだ。そう思ってスタンドを見ると、お父さんとお母さんも跳び上がって喜んでいた。
そして今日は、女の子の20歳の誕生日。最高の誕生日だ。

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