SS 65 「鈍感なひと」

小学生からの友人、コウくん。ずっとバドミントンに熱中している。二人揃って中学に進学してからも、彼の熱中度は変わらない。でも、年齢が上がって、高速化する上位選手のプレーについていけないと悩んでいる。そんなある日、ゼリーみたいなペーストを作って彼に渡した。

「これ、特別な成分が入っていて、反射神経が良くなるらしいよ」
「そうなのか」と言って、早速瓶を開けてひと舐めするコウくん。「これ、ちょっと苦いけど美味いな」
そりゃそうだろう、昆布と椎茸の出汁に塩を適度に入れて煮詰め、そこに寒天を少し入れたものだから。料理が趣味の自分には難しいものではない。そして、もちろん反射神経に効くわけがない。でも、もしかしたら彼が思い込みでスピードアップするかもしれない。プラセボ効果というらしい。「傷みやすいから、早めに食べた方がいいよ」と、付け加える。

一週間後にコウくんからメールが来る。「あれ、もっとないかな」
美味しいし、効果も感じていると言う。へえ、本当に利いたのかね。気づかないのもどういうものか。鈍感にもほどがある。でも、利いているなら付き合ってみよう。わかった、と返信して早速作る。

あれから7年、コウくんは今や日本代表選手になっている。スピーディで速い展開のプレーが特徴だ。例のペーストはずっと食べている。もしかしたら、プラセボじゃなくて本当に効果があるのでは。これってビジネスチャンスじゃないのか。大学で経営学を専攻して起業を目指している自分。いきり立って農学部の教授にサンプルを持って調べてもらえないかと頼み込んだ。しかし、答えはあっさりとしたもの。「ありふれた食品由来のアミノ酸、副次的効力は食品メーカーの研究所がもう徹底的に調べ尽くしているよ。そんな効力は無いね」

がっかりすると共に、なんだかコウくんに対して申し訳ない気持ちが湧いて来た。最初は良かれと思ってやったことだけど、騙し続けて来たわけだ。こんな素人の作るしょうもないものを幼馴染の友人というだけで信じて使い、本人は効力があると信じている。そして、それを自分はお金儲けになりそうだ、なんて思ってしまったわけだ。なんだか情けない。

随分迷ったけれど、コウくんに正直に全て伝えることにした。もう、一流選手として自他共に認めるレベルの今の彼なら、プラセボと知ってもプレーが落ちる事はないだろう。

「ずっと嘘ついてた。それから利用しようとしてしまったよ。ごめん。」
「・・・知ってたよ。お前にそんな薬が作れるはずないよな。でも、気持ちが嬉しかったんだ。励みになったからここまで来れた」
「それから、利用するならもっと徹底的にしてくれ。俺はプロになる。経営学を使って俺という商品を世の中に売り込んでみなよ。専属契約するからさ」
私は泣いた。そして、コウくんと抱き合った。

大学卒業と同時に私は会社を作った。コウくんのマネジメント会社だ。学生時代に必要な知識は徹底的に得たし、バイトの域を超えた仕事にもチャレンジして、経験や人脈も作った。あとは実働するだけだ。コウくんとは専属契約を通り越して、家族になった。コウくんは結婚するなら私だと、小さい頃から決めていたという。すごい意志の強さだ。そして、15年も気づかなかった私は本当に鈍感だ。

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