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SS 86 「翼を拡げて」

仲間の姿はもちろん見えない。もう2ヶ月前に飛び去ってしまったのだから。しかし、私にはその行き先がわかる。見えない航跡を追って、飛んでゆく。

2ヶ月前、今年も渡りの時期が来ていた。仲間とともに北に向かって飛び立った。長い旅の始まりだ。遠い空に向かって、飛んでいく。
2日目、隼に襲われた。高速で上空から襲ってくるのだが、気づいた時にはもう避けられない距離にいた。私の翼を隼が強く叩く。たまらず落ちる。懸命に逃げようと痛む翼を羽ばたこうとするが、思う様に動かない。下に落ちていく。隼は執拗に追ってくる。下の小さな林に飛び込んだ。仲間たちは無事に逃げただろうか。群れの誰かが猛禽類に襲われても、助けにはこない。それが群れが生き残るための術だ。

人間がそこにいた。飛べない私を掴み上げる。隼の姿は上空に見えるけれど、ここまでは追ってこない。人間を避けたのだろう。それほどに人間は怖いのだ。この人間、私をどうしようというのか。

白い大きな建物のなかに人間は入っていく。私を横たえて、翼を調べだした。なぜかはわからないが、そこからしばらくは私の意識が無い。気がつくと翼に何かが貼り付けてある。飛ぶことはできない。そもそも私の周りには金属の柵がある。人間がその外から覗いて、何か言っている。

「うまくいったようだ。1ヶ月もあれば飛べるようになる」

食事も水も人間がくれる。私は何もしなくとも生きていける。飛べない鳥が鳥であってよいのか。そんな思いもあるが、安全に生きていけることが奇跡のようなものだ。これが続いて行くのだろうか。

ある日、人間が私を柵の中から出した。翼に貼り付けたものを外す。気がつかなかったが、背や頭にも何かが付けられていたらしい。全てが外された。そして、白い大きな建物の中にある、大きな空間に連れて行かれた。翼を動かしてみる。しかし、うまく飛べない。
「まあ、馴れはいるね」
人間が何か言っている。しばらくして、また柵の中に戻された。

それから毎日、空間の中で羽ばたいていると、飛べるようになって来た。人間の声が大きくなっている。
「よし、これで戻せるな。発信機をつけて、放そう」

建物の外に連れて行かれる。陽の光が注ぐ。緩やかな風が吹いている。外に出ると、ここを出て仲間のところに向かわなくてはならないとの思いが湧き上がる。仲間達が渡っていった方向は、なぜかわかる。翼を広げて飛び立った。

単独行は怖いが、空気を掴み、切って飛んで行く。上に気配がした。あいつだ、隼だ。助かったのに、またやられるのか。懸命に逃げるが、背に衝撃がくる。ああ。

しかし、私の身体は落ちなかった。翼はしっかりと羽ばたける。前に向かってグンと進むと、隼を振り切れた。

研究員はGPSで渡り鳥の発信機を追っている。不規則な動きがあったので、衛星画像を確認すると隼とのチェイスが映った。
「大丈夫そうだな。翼と外骨格は超軽量特殊合金に換装したのだ。そう簡単には壊れない。費用をかけたサイボーグくん、渡り鳥の生態調査にしっかり協力してくれよ」

徐々に遠ざかる隼、その声が聞こえる。
「またか。これで3回目だ。人間め、余計なことをしやがって。隼だって、生きる糧が要るのに」

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