英文解釈ブームへの考察

 英文解釈が熱い。2021年は、英文解釈の年だったといっても過言ではないだろう。著作においては、Mr. BIG先生こと北村一真先生の「英文解体新書2」を皮切りに、倉林秀男先生の「英文解釈のテオリア」、そして薬袋善郎先生の「基本文法から学ぶ英語リーデイング教本」など数々の話題作が生まれた。また、北村先生の「英語の読み方」は多くのメディアで取り上げられ、6刷まで重版が決まっている(おめでとうございます!)。しかし、盛り上がっているのは著作だけではないのは、ご存じだろうか。「読む」「聞く」「書く」「話す」からなる英語4技能の重要性が叫ばれている今日において、なぜこのような「英文解釈ブーム」が来たのか、私の2021年の経験を踏まえ、2つ紹介したい。

 英文解釈ブームの1つとして、薬袋善郎先生がSNS上で開かれている講座である「私家版 戦前入試で学ぶ英文解釈」が挙げられる。これは薬袋先生が課題となる戦前の入試問題の英文を定期的にアップロードし、指示に従って解答を提出する講座で、11月28日現在で本編86回・番外編56回にまで及んでいる。この講座の番外編11回は課題が最高難易度だったため、下線部訳を薬袋先生へダイレクトメッセージで提出し、不正解の場合でも何度も再挑戦できる方式が取られていた。私も腕試しのため挑戦し、なんとか完全正解にまでたどり着いたが、合計24名の完全正解者の内、最年少が高校2年生であると知った時は、度肝を抜かれた。この課題を通して考えさせられたのは、「事柄(英文が表している事実関係)」を掴むことの難しさである。「事柄」を掴むことが出来ないと、単語も文法もわかっているにもかかわらず、英文が読めないという状況に陥る。訳せても読めていないのだ。結果として、日本語を適当に文脈に当てはめる訳し逃げをしてしまうのである。もし英文解釈の授業や生徒からの質問に対して、この「事柄」を考えずに曖昧な解説に甘んじて、生徒が納得していないならば、私たち英語教師は猛省すべきであろう。

 2つ目は、岩清水弘さんが広めた「敗北」という文化である。彼は「思考訓練の場としての英文解釈」の著者、多田正行師を師事している英語学習者であり、先述した薬袋先生の最高難易度課題完全正解者の1人だ。彼の「英語は難しいんだから、誰でも間違いはある。当然だ。敗北って書いて出直せばいいんだよ。」という言葉は当時の私の胸に突き刺さり、英語への姿勢を改めて学ばされた。自身の至らなさに対し、素直に「敗北」と認める謙虚さこそ英語学習者にとって何より大切なことだと学んだのである。この「敗北」という文化は、英語教師をしている私だけでなく、SNS上で繋がった高校生や大学生、予備校講師、塾講師等、多くの人々に広がり、彼らの英語への姿勢を変えた。彼の影響は本誌の偶数月で連載されている「英文解釈演習室」にまで及んでおり、SNS上で繋がった幅広い世代の英語学習者が集って参戦し、感想戦(投稿した和訳を締め切り後にSNS上にアップロードし、互いの解釈の違いやこだわりポイントを共有する交流)を繰り広げている。実用英語技能検定やTOEIC等の資格やスコアとは無縁なその演習室(筒井道場)では、今日も多くの英語学習者が英文解釈に勤しんでいる。

「大学受験の英語は読み書き中心で、英文法や長文読解ばかり。これでは、英語を話せるようにならない。」「英語はコミュニケーションツールの1つに過ぎない。」といった意見は従来ある。そのため「読む」「聞く」「書く」「話す」からなる英語4技能のバランスが重要だと説かれるのは言うまでもないだろう。しかし、英語を「学ぶ」うえで本当に大切なことはなんだろうか。最後に私が大切にしている恩師の言葉で締めさせていただきたい。

 「英語は道具でもスキルでもありません。これは経験なんですね。絆、関係、意味なんです。だから文化なんです。『道具技能説』、これを変えて『楽しめるもの』、あるいは『夢中になって味わえるもの』、これをやる必要がある。」

 英文解釈がこの『楽しめるもの』『夢中になって味わえるもの』として、多くの人々との縁を紡ぐものであって欲しいと強く願う。

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