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愚かな静寂は黙らない
※精神的に落ちていたころの話です。調子の悪い方はお気をつけください。
***
たった60人だった。
他社の人がほとんどで、業績や活動について発表共有する場だ。
その場の誰よりも知識はあったし業績もトップだったから何も心配はしていなかった。
データなんて見なくても各種数値は頭の中に入っている、誰に何を聞かれても悩むことすらなく答えられる。自分に自信を持てない性格だけど、それでも不安にはならない程度の蓄積がたしかにあった。
午前中は、他社の方が作った資料に間違いがあってもどの数字とどの数字が入れ替わっているのかすぐにわかったし、周りの人からの小さな質問にも回答できた。
昼食は街で最近人気のおしゃれなお弁当屋さんのもので、二段の写真映えしそうなランチボックスだった。
多い。
量もだけど、おかずの種類も多かった。
当時は自覚が薄かったけど、心を許していない人の前で食事をするのが苦手だった。昼食をとったテーブルは6人中5人が緊張しない仲だったけど、他のテーブルが知らない人まみれだったのが引っかかったのか、場の体育会系の雰囲気が苦手だったのか、ふだんより疲れていたからか、
それに加えて知らない味のものを口にするのを無意識に避ける癖があった。職場での昼食はA丼→B弁当→C弁当の優先順位で店頭にあるものを機械的に買っていたし、夜ごはんは(ファミチキ→スパイシーチキン)+(明太マヨおにぎり→ツナマヨおにぎり)のセットを毎日繰り返していたから、初めてのものが目の前に並んで、覚悟していたとはいえ軽くパニックだった。
テーブルで初対面の他社の方が話題を振ってくれる。気遣ってくださっているのに誰も返事をしないから慌てて返す。業績を褒められて謙遜して、他の人はそれぞれに会話を始める。
違う、別にこういうことが得意なわけじゃないんだ、放っておかないで。
社内の同期たち十数人と一泊で他県へ研修に行ったことがある。一年目の冬だった。
初日の研修を終えてみんなで鍋をつつく。ふざけた話やふだん言いづらい相談を交わして優しい時間は流れ、別々のホテルをとっている年下の同期たち全員を送り届けて自分の部屋に帰る。
翌朝、目が覚めて身体が動かなかった。指一本動かない。呼吸が浅い。頭が熱くてめまいがする。胃が痛くて吐きそうだ。
なんとか身を起こしてシャツを着る。
学生時代からの見知った同期に連絡して部屋まで来てもらったが、彼は笑った。
「いつも通りじゃん」
え、と声も出ず、ほら行くぞと部屋を出る彼の背中を慌てて追った。
スーツケースを支えになんとか歩く。内蔵が痛くて呼吸ができない。どの姿勢でもつらい。
研修が始まる前のざわついた時間に、同じ鍋を突いた子たちに声をかけた。体調を崩したのは自分だけのようだ。疲れていたのかなんなのか、ひとりだけあたってしまったようだ。
数年前で今のような状況ではなかったが冬だったのでみんなマスクをしていた。
研修が始まって、数人のチーム内で意見交換やロールプレイング。チーム活動の報告で代表がひとり必要で、普段なら押し付け合いを見るのも面倒だからやるけれどさすがにきつくて他の人に頼んだ。マスクを外す。息が、できない。
午前最初の休憩時間に研修先のスタッフの方に声をかけ、保健室を借りた。熱を測ると39度。でも研修の場から1時間以上席を外すと出席と認められなくなる。隣合わせですらない他県まで出張費が出ているのにそんなこと、と当時は思ってしまった。原因が食あたりだと確信していたのもある。今思えば随分と浅はかだ、上司に判断を仰ぐべきだった。
昼食時間の1時間もそのまま身体を横にさせてもらって、研修室に戻ると同期の驚いた顔。「体調悪かったんですか、気づきませんでした」同期とは言え年下の子に気を遣わせるのは嫌で、もう大丈夫だよと返した。
別のテーブルから年末部署合同パーティの件で同い年の同期。「俺話し合いのときに打ち合わせ場所どこにするって言ったっけ」「もう場所は取ってるから大丈夫、後で共有する……」「まじ、さんきゅ。あとこの部分ってどうしたらいいと思う?」「案はある?」「いや、どうしようと思って」「今日中にまとめておくよ……」お前の分担も結局ほとんどこっちで拾ってるじゃないか、役割分担って知ってるか、と嫌味のひとつでも言ってやろうかと思うほど内蔵が痛い。
最期の試験も途中退室した。難度の低い試験だったから合格できた。近くのカフェで同期が揃うまで時間をつぶし、帰りの新幹線を待つホーム。みんなベンチに座って席が埋まったから柱に背を預けてスーツケースで身体を支える。
例の同い年同期が寄ってくる。「昼の話まとまった?」「あぁ、さっきまとめといた、ラインで送るね」「ありがとー、あとお金についてなんだけど、予算いくら余ってるんだっけ」「まだ50%残っているけど、詳しい話はまた後日でいいかな、具合悪いんだ」彼は目を見開いた。「いつもと全く同じだから気づかなかった」
新幹線を降りてそのまま夜間病院で点滴をもらった。食あたりだろうと言われ、休みをとっていた翌日一日で無事回復したものの同期に不信感が募った。自分も悪いしどうしたかったのか分からない。何を望んでいたのだろう、甘えたかったのだろうか。だとしたら随分と子どもっぽくて笑ってしまう。一方的な苦手意識は消えることなく残り続けた。
そういえば一年目からそんな感じだった。なぜか大丈夫だと思われる。助けてと言えない自分が悪いんだ。
テーブル内で最も仲のいい同期に、乱雑にキラーパスを投げた。普段は絶対にしないような言葉のドッジボールを数回、なんとか初対面の人も交えて会話が続く。よし。わざとらしくポケットから携帯を取り出し、職場からかかってきた振りをして席を外した。
トイレで髪を整える。このまま一生髪を整えていてもいい。廊下の足音に気を払いながら時間を潰し、席に戻って時間を理由に弁当を閉じた。持ち帰り用の袋をもらう。
何をしてるんだ。
嫌気がさして首元を少し緩めた。なんとなく苦しい。腕時計も外す。スマートウォッチが心拍数140のアラームで振動していた。
午後の時間はチームミーティングと発表だった。
ミーティングはお遊びのような内容で、ひたすら長く感じた。わざわざ集まって頭を悩ませるほどのものでもない。
発表は事前に選ばれていた数人が行う。選ばれていたから事前に資料作成用のデータを提供していたが、出来上がった資料は粗の目立つものだった。これくらいなら作らせてくれたらよかったのに。資料の形式も予測して項目別にデータと解説を送ったが、情報の取捨選択が雑すぎる上によくわからないまとめ方をされている。データ送付後に面白かったからと追加で質問が来ていたからそれにもできるだけ丁寧に答えたのに反映されていない。他社のことに口を出すつもりはないけれど疲労感が増す。
まぁ資料なんてなくても話せる。自分の番が来てマイクを渡される。
立ち上がって、頭が真っ白になった。
息の仕方が分からない。
頭の中が疑問符で埋まる。
同じテーブルの同期の不思議そうな目。
たった数秒の沈黙がどうしようもなく永遠。
自分に必要なのは息を吸うことじゃなく吐くことだ、と理性が判断して適当な咳ばらいを数回したけれど肺の酸素残量が分からなくなって、次に吸うのか吐くのか決められなくなりまた沈黙。
適当に資料を数回めくり、資料を見るのに脳内メモリをくわせている場合じゃないと判断してテーブルの上に置いた。
理性は動いているのにそれ以外がまともじゃない。
どうなってる。
身体に染み付いた思考回路が記憶にある資料の中身を組み替えながら言葉を吐いてくれたけれど、それは自分の思っていた姿ではなかった。
短めに発表を切り上げると司会の人が業績を褒めてくれる。何も心に響かない。やっていることはシンプルで簡単。特別なことは何もしていない、ただ現状に必要なものを探すのが少しうまかっただけだから特に質問はこない。
席について、そのあとの会議は全く頭に入ってこなかった。資料を眺めても既に知っていることしか書いてなくて、これが意味のないことではないと理解はしているけれど集中はできなかった。
他の人が来ていた方が職場にとってプラスだったかな、なんて考えが頭をよぎって、でもこの取り組みについて自分以外が発表するのは許せないと感じるくらいのプライド、あるいは思い入れはあった。
人前で話すのは好きじゃないけど不得意でもなかった。学生時代は250人の前でスピーチなんかもしていたし、緊張しないのが羨ましいと言われていた。
なんだろう、自分が自分じゃないみたいだ。
会議自体は好きじゃないけど、仕事のメリハリになるから出席するのは好きだった。普段なかなか会えない人とも会える。内容は平易だから疲れないけれえど復習になるし、疑問や相談を他の職場の先輩に投げかけられるから勉強にはなる。なにより日常業務から離れてゆっくり思考できる時間を設けてくれるのはありがたかった。
おかしいな。
会議が終わり他社の方や先輩への挨拶を済ませて、車で来ていた同期が家まで送ってくれた。
「疲れた」
「へぇ、珍しい」
「もう会議は出たくないな」
なんと返されるだろう、と気になって弱音ともとれる言葉を選んだ。
彼は笑った。
「そんなことできないでしょ」
「知ってる」
自分の乾いた笑い声が嫌いだ。
次の出勤日、会議の資料を共有しながら冗談半分に「今までの会議で一番疲れた、もう行きたくない」と言ってみた。今まで自分は会議好きだと思っていたから、周りにもそのような印象があるかな、と少しそわそわしながらの発言だった。
その場にいたみんなが同意してくれて、安心する。
本当に安易だけど、安心した。
一月後にはもう辞めることが決まったからその希望は叶ったけど、会議に出なくて済んだことよりもみんなの同意がなにより嬉しかった。
今ではすっかり初対面の食べ物が怖くなくて、毎日違うメニューのもの、初めて食べるものをきちんと完食している。きちんと食べ物の味がする。今まではもしかしたら味覚が弱っていて、脳内で情報を補完したくて同じものばかり口にしていたのかもしれない。食事中に血の気が引く感覚ももうない。
偏食は10年以上続いていたから、職場だけじゃなく生き方への姿勢が変わったのかもしれない。
人前で食事するのにもだいぶ抵抗は減ってきた。ただこちらは生活様式の変化もあって、試行回数が非常に少ないからあまり実感はない。
自分が弱っていることに気づいてくれる環境という意味では前職の職場は今までの人生で一番温かい場所だった。
ただ、自分に対する他の部署やえらい人からの期待やイメージ、自分自身で上げたハードル、そういうものが邪魔だった。
全部捨てて全く違う分野の仕事を始めて、随分息がしやすくなった。
人との関わりも最小限に絞って最大限に楽しんでいる。
今はこれでいい。いつか物足りなくなるかもしれないけど、今はこれで。
静寂がきちんと黙るまで、穏やかな繰り返しを楽しもう。
***
こんにちは、幸村です。
10時更新しそこねました、すみません。
noteその日暮らしをしているのでそろそろストックを作りたい……。
エッセイのターンと見せかけて次回更新は小説の予定です。
本棚整理noteが更新されたら笑ってください。
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。