見出し画像

愛のリロード

※こうげき的表現を含みます。気分のすぐれない方はお気をつけください。


***

意識が無から暗闇に浮上してきて、枕元に置いてあるはずのスマホを手探りで掴む。

うっすら目を開けて着信の名前を確認し耳元に当てると聞き慣れた男の声が不機嫌に話しかけてきた。

「ぜんぜん電話でないじゃん」

「んー、ごめん。イヤホンして寝てた」

「ふーん。川の音とか聞いてんの?」

「いやー、なにも」

「へぇ。最近どうしてんのかなーって思ってさ。前回遊んでから一ヶ月ちょっとか」

この男友達とは仕事終わりに映画をよく観に行くのだが、年度始めの忙しさと様々な要因で足が遠のいてしまっていた。

今日は平日で、彼は仕事終わりなのだろう。会話のテンポが早くて寝起きの頭では追いつかない。カーテンは開いたまま夜の明かりが部屋に差し込んでいて、閉めたい気持ちを感じながらもまだ自分の起動が終わらず思考がもたつく。ひとまずスマホを耳にあてながら身体を起こした。

「僕は仕事短縮になってて、給与も一部カットだけどなんとか生活はできそうなライン、まぁそんな感じ。君は大変そうだな」

「そうだなー、業界全体が、ひとりひとりが踏ん張りどきだ」

「踏ん張るって、なんかいいね。ちょっとポジティブな響きだ」

「そうか?俺は特になにも感じないしなんなら嫌だけど、まぁそういう人もいるのかもな」

少しずつ身体が言うことを聞くようになってきた。立ち上がってキッチンへ向かい、コップに水道水を注いで喉を潤わせる。

「君は僕よりもメンタル強いけど、疲れないわけじゃないだろうしゆっくり休みなよ」

「おー、ありがとなー。なんかなー、息継ぎしてぇなーとはやっぱり思うよな」

「休み減った?」

「んー、そうだな、現場の人のサポートで出向くこと増えたな。現場がな、大変だから力になれる分には俺は構わない」

彼が言葉を選んでいる後ろ側でノイズが走り始めた。どうやら車のBluetoothに繋いでいるようだ。通話が繋がるまで駐車場で待っていたのなら申し訳ない。

「僕は正直参ってるんだけどさ、君とは息継ぎの仕方が違うんだろうなと思うよ」

「おー、というと?」

彼は物事を観察して枠組みを考えるのが好きだ。こういう話題を振ると飽きずに会話を続けてくれる。

「僕は癒しや休息を求めて、君は娯楽や活動を求めるというか」

「お前は宿屋でHPも回復したいけど、俺はMPさえ気にかけておけば動けるみたいなことか」

少し目が冴えてきた。二杯目の水を飲み、ワンルームの部屋に戻って灯りをつけ、カーテンを閉める。

「たしかに。僕はMP残量少なくなるとHPに継続ダメージが入るかも。精神的にも体力的にも削れてしまうし回復下手くそだから癒しが必要なのかも」

「防御力の問題かなー、回復下手くそっていうかさ、僧侶って防御力低くてHPも低いし、MPは人を回復するために使うから自分に回せないだけじゃね?」

「なるほど、僧侶タイプか」

自分のことをよく知ってくれている人間に解説されるのはなんだかむず痒い。落ち着かなくてベッドに戻って端に腰掛ける。

「そうだなー、俺は戦士かな!HPあって防御力上がる鎧装備できて、MPは誰かが回復してくれたらとくぎでバーっとタスク熟せる。でも魔法が使えないから特定のタスクが苦手」 

「君にも苦手意識あるんだね」

「もちろん。人の気持ちを考えるとか細かい色々は全部苦手だ」

うそつけ、と言いたくなってやめる。気遣い上手なのとそれを苦手と感じるのは両立し得るし、周囲の認識と自分の感覚がズレるのは心地よいものではないだろう。

「昔さ、君がゲーセンでやってたよね、どこかの国家の兵器として運用されてる虫を撃つやつ」

「うっわ、懐かしいなー、右とか左とか三面バトルあるやつな」

「そうそう。なんだろ。うまく言えないけど、画面外に銃口向けるとリロードだったじゃん、そういうのが大事だなって」

「あー、うん、うん。そうだな、つい目の前のことを捌くのに意識が集中しちゃうもんな」

「目の前のことが全てだけどさ、たまによそに意識を向けるのが息継ぎになるのかな、みたいな。君は弾数多そうだしリロード回数そんないらないかもしれないけどね」

「とはいえ有限だからな。互いにすり減ってる中でさ、どうにか優しくできないかなって思うんだけど、やっぱり互いに余裕がないわけでさ。力不足も感じるし、悔しいとも思うし、でも疲れてる。優しくするっていうと少し違う気もするけど、優しい自分であるためには優しさの素みたいなのが必要なのかもな」

余裕だったり守るものだったり、優しくあるための理由があって。優しくあろうとするから痛みを感じて。だけどきっとその優しさに救われる人もいて、そして自分も誰かが痛みを隠しながら笑ったその一瞬に支えられている。

そんな言葉をいつか聞いたような、そう思わせてくれるなにかがあったような。

「あぁ、ミセスの我逢人だ、歌詞すごく好きだった」

「お、聞いてくれてんの。いいよなぁ、ライブで半端なく盛り上がったわ。あれは何となく、癒やし手を気長に待つ感じだよな。根本療法というか。なるほどね、息継ぎは癒しと娯楽、癒しは根本的でHPもMPも、娯楽はある程度頻度を自分で管理しやすくて視野を広げる気晴らしな」

これは僕に向けられたものではなくて思考の整理のための言葉だ。彼の中で何かがまとまった。会話の終わりをかんじながら、僕はベッドに身を委ねる。

「君なら大丈夫だね」

「まぁな。うん、リロードのタイミング大事だな。コンティニューした気分だわ」

「無理しすぎないようにね」

「お前もな。じゃあまた」

「あぁ、また」

終和音がゆっくりと天井へ霞んでいくのを見ながら、枕元のイヤホンを手繰り寄せた。

隣人の生活音も、遠くのサイレンも、鈍く丸くしてくれる。

いつか優しい声を聞くために、音を和らげて。苛立ちも怒りも眠らせて、僕も眠って、そして朝になったらまた立ち上がろう。

天井にぶつかった終和音が弾けて、睡魔となって降り注いだ。












***

貴方は優しさで傷を負う日もあるけど笑って
でも貴方の微笑みだけじゃ
救われない世界が
心底嫌いになりそうだ

貴方はその傷を
癒してくれる人といつか出会って
貴方の優しさで
救われるような世界で在ってほしいな

Mrs. GREEN APPLE 『我逢人』 作詞・大森元貴


僕は「攻撃」という単語でダメージを喰らうこともあるので冒頭の注意書きでは漢字をひらいて表記しています。赤くてとげとげしてて痛いよね。


大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。