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不適合カステラエンド
業務後の胃のむかつきが不快だった。来客が多く休憩にいけなかったから空腹を通り越してしまったのか、それとも疲労をこじらせたのか。
「マエハラさん表彰きてましたよ、きもちわる」
バックヤードでモニタから数字を拾い営業日報をまとめていると、後輩が積み上げられた段ボールの影から小包を持って現れた。
「......なんの表彰かな」
「先月なんかコンテストやってたじゃないですか、興味ないですかそうですか」
やたら突っかかってくるのはいつも通りだ。彼は僕が嫌いらしい。
「興味とかじゃなくて、個人還元のコンテストまで見る余裕がないというか」
「俺だって今日は機体販売予約とりましたもんね。ちゃんと新モデルで加工注文ありで」
「お、すごいね。流石だ」
素直に言葉にしたつもりが彼の方が歪む。しっかりと髪を整えて、少なくとも僕のよりはいいスーツを着て、ぱっと見の印象が華やかだ。そんな彼の表情を曇らせるような言葉選びではないはずだが、問題は言葉ではなく僕との関係性なんだろう。
「ナツメくん、注文書の計算ずれてない?いつも付けてるコーティングオプションが抜けてるけど。契約書控え確認した方がいい?」
左隣に座っているヒガシノさんが三枚綴りの書類を差し出すと彼はむしろ喜んだ。
「すみません、ありがとうございます書き漏らしてました。発注段階でそこまで見てくださってるんですね」
「あれだけ毎回成約してたら目につくよ」
彼女は微笑みを残して在庫の確認をするため席を外した。彼女は感情表現が少ないためこんな一瞬の柔らかい表情でも後輩にとってはご褒美になる。表現の乏しさでは負けていないはずだが彼女とは決定的な何かが違うのだろう。
僕を嫌う後輩と残されて重たい空気の中でモニタに向き合い直したところで内線が鳴る。営業終了後の内線ほど煩わしいものはないが今回ばかりは助かった。ワンコール鳴り終わる前に受話器をとる。
「おつかれさまです、マエハラです」
『おつかれさまです、アマネです〜、ちょうどよかったマエさんで』
仕事中とは思えない甘ったるい声は別店舗の同期だった。
「おつかれ。どうしたの」
『ねぇねぇ、部品譲って欲しくってね、肩のボールなんだけど』
ボールジョイントではないのだが部品名称よりも外見特徴の方が相手に伝わりやすい。ボールと呼ばれるのは肩パーツを覆うカバーの部分で、半球体型カバーということは駆動範囲の広いタイプの機体だ。重たいものを持てないモデルは肘を起点に動作することが多く、肩は胴体と半一体型のモデルもある。そういったものは肩カバーは大きめのパーツで半球体にはならない。
「どのモデル?」
『FAの04でね、コーティングはこっちでするから今から取りに行ってもいい?帰らずに待っててほしくて』
「04?随分古いな、在庫あるかな」
『あるよー、ツキさんが反映してくれてたから大丈夫』
ツキさんはヒガシノさんの下の名前だ。在庫確認はもう終わっていたのか。
「僕がいなかったらヒガシノさんに残ってもらうつもりだったの?」
『マエさん今日販売履歴残ってたもん』
手のひらで踊らされた。とんだ茶番だ。茶番は好きじゃないが普段自分がしている営業もこんなものだからあまり責める気にならない。居心地の悪い空気を破ってくれたから良しとしよう。
「持っていこうか、家逆方向でしょ」
『ほんとにー!助かるありがと、ちょっと期待してた』
どうやらここまでが彼女の想定したシナリオだったらしい。仕事を早めに上がる理由になるから構わない、とはいえなんだか負けた気がした。嫌な気にならないのは素直に期待していたと明かしてもらったからだろうか。
「じゃあ20分くらいで着くから」
『はーい、気をつけてね』
「はい、また後で」
ちょうど戻ってきたヒガシノさんが日報は置いてていいよと言ってくれたので甘えることにした。
十五分ほど車を走らせ、二階建ての店に着く。うちの店より二倍近く大きい。まだ営業終了後1時間だがもう灯りがついていなかった。店の外に出ていた彼女に誘導されて裏口側に車を停めた。
「マエさーんありがと!はい、これ最近ハマってるチョコクッキー」
「わざわざありがとう」
彼女はよく喋るし馴れ馴れしい。あまり得意ではないが嫌いでもなかった。距離の取り方がうまいのだろう。
「パーツあってるか確認してもう処理済ませてほしいな。月末近いし、うちの店在庫ずれ多いから浮いてるもの減らしておきたくて」
「信用ないなぁ、ちゃんとするってー」
楽しそうに笑いながらも、後部座席から取り出したパーツを受け取り店へ向かってくれる。くだけた態度ながらも仕事はきちんとしてくれるのはありがたい。
「マエさん顔くたびれてるねー、どうしたの」
外付けの階段を登りながら彼女は振り返らずに問いかけた。塗装の剥げた古い階段のきしむ音。
「おれ社会不適合だな、と思って」
なにそれ、と笑い声。裏口の扉横にある暗証番号認証機のカバーを開いたところで彼女の手が止まった。
「マエさんは変わってるよー、王道って感じじゃないよね」
「そうだな、社会の端っこが生息地かもしれない」
端っこねぇ、と彼女が振り返ってこちらを向く。すっかり暗くなった冬の夜、小さな灯りが彼女の少しだけ真面目な表情を照らした。
「でもさぁ、カステラとか端っこの方が美味しいじゃん。綺麗な装いじゃないかもしれないけどさぁ、いいと思うよ、端っこの民」
へへ、とはにかんで、少し照れくさくなったのか彼女はすぐに背中を向けた。
「ねぇ、マエさん」
「なに」
「さっき店出る一時セキュリティ入れちゃって、解除のファーストコードってなんだっけ」
「はぁ?店舗ごとなんじゃないの。カードキーは?」
「ロッカーに置いてきちゃった」
まじか、と声が出る。一時セキュリティが切れるまでにカードキーでセキュリティをかけなおすかコードを入力して解除するかしないと警備会社が来てしまう。
「マエさんのコード、他店舗に登録してないの」
「あー、ゲストパスみたいなやつ?発行したのいつだ」
「二年前の資格登録のとき?」
あー、と二人で頭を悩ませながら、綺麗にまとまらない一日の端っこも悪くはないなと思いなおした。
***
こんばんは。幸村です。
僕は伊達巻きの端っこが好きです。
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。