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【閉鎖病棟入院⑦〜面会&保護室の謎編】


やっと熟睡できた…!!

入院生活に慣れてくると、あれだけ苦手だった早起きができるようになってきた。

朝6時半には目が覚め、昼寝もしないから夜ぐっすり眠れる…眠剤は必須だけれど。


今日は待ちに待った面会の日だ。
相方の休みは不規則なので、普通のサラリーマンのようには行かない。
サンダルとテレフォンカード、お菓子などを持ってきてもらう予定だ。

面会は11時半から対面で10分のみ。



昨晩5人のメンバーに聞くと、毎日身内の誰かが洗濯物を取りに来たり、何かと面会に来ている者が多いことを知った。



よく懲役に行った者が“面会は何よりの楽しみ″と言っているのをテレビで見たことがあった。


本当にそうだ。
精神病院は基本的に自由に外へ出入りできず、スマホも没収される事が多々ある。
テレビは広間で観れるが、それはもう外界の事である。


娑婆の様子が全くわからなくなるのも不思議ではない。




『ココに居たら今日が何月何日か分からなくなるから、よくカレンダー見ておいたほうがいいよ。』
京極の言葉どおりだ。




朝の応診で、主治医のDr.Mから
『旦那さんに、日頃のあなたの様子を伺っても良いですか?』
と聞かれた。


3日後に面会に来てくれる叔父叔母からも、私の幼少期や学童期の様子を聞きたいと言われた。


本来なら、そのような話は基本的に母親に聞くらしいが、母はある事ない事言ってしまったり、Dr.Mを混乱させる事になるかもしれないと懸念を抱き、それを伝えた。
それに母に余計な刺激を与えたくなかった。


なので相方と叔父叔母に聞くのだろう。



そろそろスマホ解禁にならないかな…?

Dr.Mに尋ねると、1日所定の場所で5分、内容は仕事関係や身内のみの要件で済ませること、SNSは禁止、という条件つきで許可が出た。


詰所で預けていたスマホをもらい、所定の場所で電源を入れる。
久しぶりに触るスマホの感覚…

すぐにLINEやSMSに大量のメッセージが来た。
ほとんどが広告や宣伝…
それらを消去するだけで5分経ってしまった。

仕事関係の保護者からのメールも来ていたが、明日返信しよう…5分なんて一瞬だ。


せめて10分にしてくれないかな…
これじゃあ相方や身内に何も打てないよ…

テレフォンカードはたくさんあるが、やはり文字で残す方が伝わりやすい。




11時半になると相方が面会に訪れ、看護師に呼び出された。

閉鎖病棟の二重扉の間に2箇所、狭い面会室があり、面会はそこで行われた。


『元気か?言われたもの持ってきたよ。』

『ありがとう、助かるわ…うわっ!こんなにテレフォンカードよくあったね…。』
見ると、◯◯さんの結婚式、演歌歌手、美術館のもの…年代モノだ。


『博士の引き出しの中にあったのをもらったよ…ホラ、猫の写真も現像してくれてるよ…。』


テレフォンカードが10枚くらい、小梅やシロタが写った猫の写真、個包装の焼き菓子、ananに猫の雑誌、お見舞い…もある。


『現金は必要以上に持ってたら不安だから持って帰って。』
1000円札を数枚抜き、相方に返した。


『寝れるようになったか?』


『うん…昨日からやっとね…。これだけテレフォンカードあれば、電話できるよ、ありがとう。あ!ウチの親はどんな?』


『俺が仕事中だろうが昼夜問わずお構いなしに、めちゃくちゃメールや着信来るけど、面会は僕しかできないから大丈夫です、って俺で止めてるよ…。』


『だろうね…ごめんね…私から今日実家に電話しておくよ…』



『一回声聞いたら安心すると思うわ…』



『これから先生から話があるらしいから、よろしく。』


10分の面会はすぐに終わった。
久しぶりに見る相方の顔が疲れているように見えた。
このクソ暑いのに申し訳ないことをしたな…


面会室から病棟に入る際、また荷物検査とボディチェックを受けた。
家族の差し入れにも異物が混入していないか、ぬかりなくチェックしている。


自室に戻り、差し入れ一式を確認すると、雑誌の他に、啓林館の中学数学の問題集が2冊入っていた。

“入院中アホになったら嫌だから、博士オススメの問題集あったらお願い!″と叔母に電話で話していたものだった。

数学は昔から大嫌いなので、この際、時間があるので問題を1から解き直してみようと思った。
分からない問題は、博士に聞けば教えてくれる。


差し入れの中の焼き菓子をひとつ、同室のおばあちゃんにあげた。
『どうもすみません…』と答えるおばあちゃんが、何故4人部屋にひとりぼっちだったのか、この時はまだ分からなかった。




早速、大量に手に入れたテレフォンカードを持って、まずは叔母と博士に礼の電話をする。
『1日も早く帰ってきてほしい…』と叔母は心配していた。



次に恐る恐る実家の母に電話をする。
『あなた大丈夫なの?そこの病院、ヘンな病院じゃないの?大丈夫なの?何か欲しいものある??』
久しぶりに話したせいか、優しい。


『特にないよ…喋れる人ができた…ご飯が不味いだけ…』
味気ない電話を済ませた。
テレフォンカードの数値がどんどん減るからと、早めに電話を切った。

母を刺激せぬよう、余計な事は一切喋らなかった。

母は母なりに心配しているようだった。
入院するきっかけとなったSNSの事も一切触れなかった。






午後、単独外出が許された売店に1人で向かう。
差し入れをもらったので、そう買うモノもないが、ドリンクは必須だ。
無糖紅茶とアクエリアス、ガリガリくんを購入し、制限時間15分を思いっきり満喫した。


14時半に最後の枠で予約していたシャワー室を借り、気分がスッキリしたところで広間に行くと、見慣れないギャルが座っており、京極と何やら喋っている。


若ッ…18歳くらいかな…
整えられた手と足のジェルネイルは、目が覚めるような蛍光色のグリーンとイエロー、ド派手だ。
髪の色はアッシュカラー、私のやってみたい色素の薄いアッシュだった。


側に寄って挨拶をしてみる。


『姉さん、この女の子、みんちゃんだって〜!仲良くしてあげて!』
京極は嬉しそうだ。

『よろしくお願いしまーす!』

『てか、若!18くらい?ネイル可愛いね、見せてみせて!!』
私もすぐその中に入った。


みんちゃんというその女性患者は、18歳に見える30代で、まずそれに驚いた。
とても明るくハイテンションだ。

みんちゃんは、おやつタイムが終わると、看護師と共に“保護室″という場所へ消えた。





実のところ、“保護室″というワードをよく耳にしていたのだが、それを知らない私は不思議に思っていた。“保護室ってナニ?″


夜、いつものメンバー6人で、パリオリンピックを見ながら雑誌をしていた時、みんちゃんの話題になった。



『みんちゃん、昼間数時間だけコッチで、あとは保護室みたいだね…』


ヒナタ姉さんも同じ事を思っていたようだ。
『保護室って入った事ないんだけど、どんなところ?』
私も心理学生クンも、保護室の存在は何となく知っていたが、中に入ったコトは一度もない。



保護室は、閉鎖病棟の更に奥…とても頑丈な白い扉の中に10部屋くらいあるらしい。



『保護室はねぇ…入ると気が狂う…てか余計具合悪くなるよ…!布団しかないの、しかも24時間監視カメラついてて、時計も埋め込み式!!あそこにぶち込まれたらマジ辛いよ…。
しかもトイレがスケスケのスケルトン!!
プライバシーも何もねー!』
京極がケラケラ笑いながら、その様子を話すと、他のメンバーも皆うなずく。


『叫んでもわめいても誰も来てくれないし…アレ、檻だよ檻!するコトなさ過ぎて発狂する…』



あ…1人部屋の監禁されるタイプのやつか…
何となく想像がついた。
“懲罰房″が思い浮かんだ。



『あそこに2週間とかぶち込まれたら…悟る…解脱するよ…外から鍵かけられてさ…』
凛ちゃんも最初入っていたようだ。2週間ひたすら黙って過ごしたと言う。


『24時間監視カメラついてるから、その人にどんな症状があるかどうか、確かめてんの…、動物よ…
暴れるか大人しいか…
とにかくトイレがスケスケのスケルトンなのが最悪!!
タオル1本持って入れないんだよ、首吊る人いるから…』


保護室に“収監される″線引きが、何なのかまるで分からないが、何だか怖いところというのは伝わってきた。
ヒナタ姉さんも心理学生クンも、同じような顔をして皆の話を聞いた。


『だからさ、今日から一般病棟行ってもいいよ〜!ってなると、っっしゃ!!ってマジ嬉しいの、あれは地獄…』


『そうなんだね…みんちゃん、なんで保護室行きなんだろね…』


『それが全くわかんないよね…話した感じもフツーだし…』



昼間見た時は、とてもハイテンションな今どきのギャルだった。
活発で陰気な雰囲気など、微塵も感じなかった。






しばらくすると、心理学生クンは明後日退院と言うではないか…


『マジでー!!寂しいじゃん、ココはひとつ大暴れして退院遅らせる?』
京極が意地悪な冗談を言う。


『何の本読んでんの?』
私は心理学生クンが持ち歩いている本が気になっていた。

『小説?』

『ま、そんなとこです。』

心理学専攻の彼と、大学の履修科目や本の話をした。大学は指定校推薦で入ったらしい。

『やるじゃん!頑張ったねー!』

彼は純文学は敷居が高いと言った。


『でもさ、学生の時くらいしかゆっくり本読む時間ないよ…』


『ですよね…何かオススメありますか?何から読んだらいいか分からなくて…』


『そーねー、初めて心理学生クン見た時、″若きウェルテル″に見えたよー!
あ!ジャン•コクトーの“恐るべき子どもたち″はオススメかも…、でも読んで鬱になったらダメだわ…
私は湊かなえさん好きだよ、告白と贖罪、甲乙つけがたいけどオススメ!サクサク読めるよ。』

京極が横から

『俺ファウスト読んだよ!』
ときた。


『ゲーテの?すごいじゃん!あれ、長いよね、私読んでないよ』

今の京極はライトノベル小説を手にしている。
私はライトノベルという分野を知らなかったので、彼らに教わった。



いつの間にかこの6人で、夕方は外のテラスで語らい、夜はオリンピックやテレビをみながら、集まるのが恒例になっていた。
皆よく喋り、よく笑う。



急にその中の1人が退院すると聞いて、寂しく思った。
本当は喜ばしいコトなのに…







広間にはテレビも2台あり、テーブルもたくさんある。それぞれが思い思いの場所で夜の自由時間過ごしている。
もちろん広間に出て来れない、自室で寝ている人も多く居る。



オカモトさんは、お茶のコップを3分おきに、自室とお茶のサーバーの辺りをを行ったり来たり往復し、たまにプロ野球に目をやる。


オカモトさんと系統が似た、これまたヒゲの濃い顔立ちをしたの中年男性が、毎晩プロ野球をジッと観ている。
誰かと喋っているのを見たことがない。




ヒナタ姉さんにそっと、
『あそこの人、昔men's egg読んでた系の人かなぁ?』
と聞いてみた。

『違うでしょー!髪型と髭でそう思った?』

『違うかなぁ、、
そうそう!なんかさぁ、ココの男性患者のロン毛、ヒゲ率やけに高くない?』


京極や心理学生クンを見た。
彼らの髪は毎日綺麗に整えられ、髭はない。




『あのですねぇ…ロン毛とかヒゲとかそんないいもんじゃないんすよ…!
ココね、電気シェーバーしか持ち込んだらダメなの。カミソリはバツ。だから電気シェーバー持ってる人しかヒゲ剃れないの。
髪はね…月に1回1000円くらいでカットしてくれる人が来るんだけど、メンドクサイし下手くそだから頼まないんだよ、誰も。
だからロン毛なんじゃなくて、ただ単に髪もヒゲも伸び放題になってるだけなんだよ…』



なるほど!!そういう事が!


men's egg風にしてるワケじゃなく、伸ばし放題、放置したら自然にそうなるのね…
納得だ。




オカモトさんの横に座ってプロ野球をジッと見てる中年男性は、気に入らない事があると、ゴーン!と机や壁をやるらしい。

“男性専用ゾーン″の中でしか分からない事だった。
なので、“ゴーンおじさん″と呼ばれているようだ。



『カルロスゴーンかよ!』
誰かがそう言って笑った。

みんな、ウマい事言うな…。






また私は、入院してすぐ気になる高齢男性患者を見ていた。



昔、歌舞伎町に居た『神様』にとてもよく似ていたからだ。

約20年ほど前、歌舞伎町にいた『神様』は、今はなきコマ劇前でダンボールの上に座り、昼間から何やら空に手をかざし、宇宙と交信している様子だった。

当時付き合っていた、歌舞伎町のホストが、『あの人は神なんだよ…』と言っていたのでよく覚えている。その当時の歌舞伎町を知る人なら一度はお目にかかった事があるかもしれない。

『神様』はダンボールの上で毎日座禅を組むか、宇宙と交信している。

すると、通行人がコンビニのおにぎりやお茶をそっと置いたり、100円玉の“お布施″をして行くのだ。

『神様』が西武新宿線近辺の道路で、白昼堂々、“黄金″をしているのを私は目の前で見た。


歌舞伎町に居た『神様』に、風貌がソックリの高齢男性は、きっと別人だろう。

閉鎖病棟に居る“神様″は、京極が大声で話しかけると、何やら返事をする。


“ゴーンおじさん″と毎晩プロ野球を見ている“神様″…たまにオカモトさんも混じっているが、3人で喋っているのを一度も見ることはなかった。



22時になっても眠気の来ない私は、詰所で頓服をもらい、飲み干す。
よく見ると、詰所の小窓にアロマオイルがたくさん置いてあることに気づいた。

看護師に聞くと、香りのリラックス効果で少しでも眠れたら…という事らしい。

ラベンダーの香りが欲しいと言うと、明日先生に聞いてからにしましょうね!と言われた。



部屋に戻ると、同室の小さいおばあちゃんは寝ていた。

私も皆と喋り疲れて、そのまま深い眠りに落ちた。









翌朝、4人部屋の隣のベッドが何やら騒がしい。
誰か新しい患者さんが入ってくるんだろうか…



部屋のプレートを見ると、なんとギャルなみんちゃんの名前が書いてある!!

やった!!
やっと話せる人が同室になる!
思わずガッツポーズをした。



嬉しくて嬉しくて、みんちゃんが部屋にお引っ越ししてくるのを待った。



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