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五十音物語

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あ~をまでを物語に。
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#日記

真っ黒なスーツがタンスに眠り、髪の毛が明るくなった頃には世界に絶望しているかも。 世界を綺麗に見せたい大人が通行証代わりにしたのは、色を奪った見た目。 同じ釜の飯を食い、休みの日も共に過ごしてもいつかは終わるその関係。 その度に変わりゆく外見を、世の中では成長という。

ほっとひと息。 11時を過ぎて、やっとこさ体の力を抜くことができた。 今年14歳になる息子が生まれてからいつもこの時間だけが自分の時間だ。 お昼ご飯の準備をしながら、ゲームに夢中の息子をよぶ。 2時間後には買い物に行き、5時間後には習い事に送っていく。 母という仕事は本当に大変だ。

ふらっと散歩に出かけたきり帰って来なくなった。 最後に会ったあなたは木箱の中。 来月から2人で車で日本一周すると約束していたのにあなたは約束を破った。 でもね。 どんな形であろうと僕は約束を守りたい。 だから、あなたの遺影を助手席に飾り旅に出る事にした。 この土地でしか生きてこなかった僕たちは、これから大人になる。

ハッと目を覚ました時、この世界が終わっていてくれないかなぁと何度思ったことか。 今日もそんな無駄な希望共に目覚めたが、いつものテレビがリビングから聞こえてくる。 代りばえのしない朝食、強制的に決められた制服、目の死んだ大人と乗る電車。 こんな毎日のどこに希望と夢を持てばいい。

呑気に鼻歌を唄いながら洗濯物を干すあなた。 いつもの時間である事を確かめ、自分の感覚時計を微修正する。 階段を上り、ドアに手をかける。 足音を忍ばせながらリビングに向かう。 籠にはまだ半分以上洗濯物がある。 気づかれないように身を隠す。 ドッキリに弱いあなたの心臓が心配。

ねるねるねるねの味をしったのは19の時だった。 添加物を全否定する親の元を離れ、加工品に囲まれた大都会で根を生やそうとしている私の初ねるね。 何とも言えない見た目と子供用に作られた味。 周りから遅れること約13年。 私の中に駄菓子ワールドが建設されていく。

脱げ捨てられた服から香る貴方の痕跡。 3年前から始まった私の貴方の関係。 数ヶ月に一度しか会えない、そんな関係に縋りながら生きている。 決して世間様に胸を張れる関係ではないけれど、自信のない私にとっては唯一存在を認められた場所。 貴方の痕跡を消したくなくて、そっとクローゼットにしまう。

煮っころがしが食べたい。 窓の外を見つめるあなたはそっと呟いた。 難病指定の病に罹り、好きな物が食べられなくなって3年。 年齢的にももうこれ以上の治療は出来ないと医師から伝えられた。 田舎から出てきた私が出会った当初唯一作れた料理。 共に歩んで60年、何も変わらない。

トマトジュースが顔にかかった。指 で拭って舐めると鉄の味がする。 手と顔を洗い、着ていた服はゴミ袋に入れて口を絞める。 洗面台にあった名前の分からない香水を吹きかけ、クローゼットから色あせたTシャツと穴の空いたジーンズを着る。 今日は古紙・衣類の回収日。サ ンタみたいにゴミ袋を担ぎ家を出る。 ヨギボーを刺しただけなのに、なんでトマトジュースが出たんだろう?

手を繋ぎたい。 そんな気持ちを抑え初めてはや30分。 何度か偶然を装って君の手を狙ってみたが、いつも邪魔者がやってくる。 あと5分もすればいつもの別れ場所。 今日はこのまま別れずに過ごしたい。 ない脳みそを絞っていると左手に柔らかく温かい感触が。 また先を越されてしまった。 いつも僕をドキドキさせてくれる。 そんな君が好きだ。

「冷たいやん」と子供たちの声が響き渡る。大都会に10年振りの雪が降った今日、いつもの喧騒が全て吸収されていった。 10年前恋人と一緒に雪合戦をした記憶が視界を横切る粉雪のように一瞬駆け巡る。 20時を23時と錯覚してしまうぐらいの雪の魔法。 10年後はどんな雪が街を覆うのだろうか。

ちょっとしたことだったんだと思う。 あなたも歩幅が私のそれを1cm超えたぐらいの話。 そこから大きな雪崩が生まれるなんて分かるはずもなく。 もう背中すら見えない。 私の記憶の中ではあなたは私の髪を撫でている。 友達に何度諭されたか分からないけど、私の足は止まったまま。 今頃あなたが撫でる髪は私より綺麗ですか?

たった1年間じゃん。 そう言って君は強がっている。 夢のために大きな荷物と共に太平洋を渡る君の決断を、1年前の僕は受け入れられなかった。 何度も言われた「たった1年」の言葉。 それは僕を説得すると同時に、自分の中で覚悟を決めるためだったんだと、泣いている君を見て今気づく。 ものすごく長い1年がこれから始まる。

「空を見上げなさい。しんどくなったら」 と恩師が教えてくれた。 当時は何を言っているのか分からず、帰り道友達とずっと空を見上げてたような。 この言葉が10年後に花を咲かすってあの人は分かっていたのだろうか。 頬に雫を垂らしながらグラデーション加工された空を見上げたら、許された気がした。 もう少しだけここで頑張ろう。