マガジンのカバー画像

五十音物語

31
あ~をまでを物語に。
運営しているクリエイター

記事一覧

真っ黒なスーツがタンスに眠り、髪の毛が明るくなった頃には世界に絶望しているかも。 世界を綺麗に見せたい大人が通行証代わりにしたのは、色を奪った見た目。 同じ釜の飯を食い、休みの日も共に過ごしてもいつかは終わるその関係。 その度に変わりゆく外見を、世の中では成長という。

ほっとひと息。 11時を過ぎて、やっとこさ体の力を抜くことができた。 今年14歳になる息子が生まれてからいつもこの時間だけが自分の時間だ。 お昼ご飯の準備をしながら、ゲームに夢中の息子をよぶ。 2時間後には買い物に行き、5時間後には習い事に送っていく。 母という仕事は本当に大変だ。

ヘロヘロになる。 この意味を今日初めて知った僕は肩で息をする。 いつもは素っ気ない君が珍しく「会いたい」なんて言うものだから。 親を起こさないように家を抜け出し、街灯が主役の丑三つ時を自転車で走る。 山を1つ越えた所に住む君の顔を見たい、その一心で熱を帯びる太腿を過剰運動させる。 もうヘロヘロだ。

ふらっと散歩に出かけたきり帰って来なくなった。 最後に会ったあなたは木箱の中。 来月から2人で車で日本一周すると約束していたのにあなたは約束を破った。 でもね。 どんな形であろうと僕は約束を守りたい。 だから、あなたの遺影を助手席に飾り旅に出る事にした。 この土地でしか生きてこなかった僕たちは、これから大人になる。

氷点下を知らせる幹線道路沿いの気温計。 いつもは見るのも疲れるぐらい色うるさい街が、白と街灯のオレンジだけで統一される。 1台も車が走っていないのは、都市部のドライバーの運転が下手で事故が起こるからなんだと冷めた事を考える。 何とも言えない足音がクセになり、頭と肩を白くしながら家の前を往復する。 数分前の私の軌跡は消えていく。 私の生きた証もこんなものなんだろうか。

ハッと目を覚ました時、この世界が終わっていてくれないかなぁと何度思ったことか。 今日もそんな無駄な希望共に目覚めたが、いつものテレビがリビングから聞こえてくる。 代りばえのしない朝食、強制的に決められた制服、目の死んだ大人と乗る電車。 こんな毎日のどこに希望と夢を持てばいい。

呑気に鼻歌を唄いながら洗濯物を干すあなた。 いつもの時間である事を確かめ、自分の感覚時計を微修正する。 階段を上り、ドアに手をかける。 足音を忍ばせながらリビングに向かう。 籠にはまだ半分以上洗濯物がある。 気づかれないように身を隠す。 ドッキリに弱いあなたの心臓が心配。

ねるねるねるねの味をしったのは19の時だった。 添加物を全否定する親の元を離れ、加工品に囲まれた大都会で根を生やそうとしている私の初ねるね。 何とも言えない見た目と子供用に作られた味。 周りから遅れること約13年。 私の中に駄菓子ワールドが建設されていく。

脱げ捨てられた服から香る貴方の痕跡。 3年前から始まった私の貴方の関係。 数ヶ月に一度しか会えない、そんな関係に縋りながら生きている。 決して世間様に胸を張れる関係ではないけれど、自信のない私にとっては唯一存在を認められた場所。 貴方の痕跡を消したくなくて、そっとクローゼットにしまう。

煮っころがしが食べたい。 窓の外を見つめるあなたはそっと呟いた。 難病指定の病に罹り、好きな物が食べられなくなって3年。 年齢的にももうこれ以上の治療は出来ないと医師から伝えられた。 田舎から出てきた私が出会った当初唯一作れた料理。 共に歩んで60年、何も変わらない。

何度も夢で見た河原を歩く3人の姿。 真ん中をぐんぐんと進む小さな影に、大きな影は心配そうに手を伸ばす。 いつもここで目が覚めて、頬の湿りを確認する。 3年間通院して変化のない身体。 夫が私を認め、求めてくれるから心が折れずに生きている。 最後の年と言われた今年。 神は私に微笑んでくれるのか。

トマトジュースが顔にかかった。指 で拭って舐めると鉄の味がする。 手と顔を洗い、着ていた服はゴミ袋に入れて口を絞める。 洗面台にあった名前の分からない香水を吹きかけ、クローゼットから色あせたTシャツと穴の空いたジーンズを着る。 今日は古紙・衣類の回収日。サ ンタみたいにゴミ袋を担ぎ家を出る。 ヨギボーを刺しただけなのに、なんでトマトジュースが出たんだろう?

手を繋ぎたい。 そんな気持ちを抑え初めてはや30分。 何度か偶然を装って君の手を狙ってみたが、いつも邪魔者がやってくる。 あと5分もすればいつもの別れ場所。 今日はこのまま別れずに過ごしたい。 ない脳みそを絞っていると左手に柔らかく温かい感触が。 また先を越されてしまった。 いつも僕をドキドキさせてくれる。 そんな君が好きだ。

「冷たいやん」と子供たちの声が響き渡る。大都会に10年振りの雪が降った今日、いつもの喧騒が全て吸収されていった。 10年前恋人と一緒に雪合戦をした記憶が視界を横切る粉雪のように一瞬駆け巡る。 20時を23時と錯覚してしまうぐらいの雪の魔法。 10年後はどんな雪が街を覆うのだろうか。