第三章:白羽の狩人団編

義賊『白羽の狩人団』の今と昔の話。
 謎の青年もとい、義賊『白羽の狩人団』団員のログレスと偶然再会したたたらとみくり。彼らはそこでログレスが自分と同じ浄化のチカラを持つこと、記憶喪失であること……大切だったはずの人を傷つけてしまったことを知る。「あんな顔をさせたかったわけじゃなかったはずなのに」ずきりと頭が痛んだというログレス。その言葉に、自身の過去を重ねたたたらは、もう一度その人に会いに行こうとうつむく彼の手を握った。
 一方、白羽の狩人団団員のライト、ヒビキ、コウスケ、あまねは団長であるリアム投獄の噂に困惑していた。
 
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 真偽を確かめるべく円卓騎士団のユーリと共に監獄都市カルストへと向かったたたら達と白羽の狩人団達は、そこでフィクサーの騒動に遭遇。無事浄化したものの、都市の人々はその在り方を受け入れず、この地を治める女神アルテミスは彼らを追い出そうとするのだった。

 ――今から数十年前。【紅い夜】と呼ばれた大災害の後、人々は困窮を極めていた。終わらない紛争、増加するフィクサーの被害……弱いものは淘汰される世界で、対抗する術を持たなかった彼らをアルテミスは「フィクサーの排除」を掲げることでなんとか団結させ、現在まで持ち直させたのだった。
 
 共通の敵を排除することで生まれた団結と平穏。恨みを糧に今日まで生きてきた。けれどたたら達のそれ(浄化)は……討伐による排除ではなく浄化による救済というやり方は、そんな彼らのこれまでを否定するには十分だった。だから、人々はたたら達も追い出そうとした。しかし、それに待ったを掛けたのは遥人だった。
 
 排除ではなく共存。武力ではなく対話による和解。それは、たたら達が対峙した四人の魔女とその主とのありえたかもしれない未来。それが叶う事は終ぞなかったが、その在り方を理解しようと歩み寄ることは出来る。そしてそれは、この世界でも同じではないか……遥人のその言葉に重い腰を上げるアルテミス。道を開かれた彼らは監獄へと急ぐのだった。
 一方その頃、リアムは目の前の人物……元団長のドレイクを牢屋越しに見据えていた。団に戻ってこいと言うリアムにその気はないと首を横に振るドレイク。彼は、自分の導きはもういらないと世界の変化を喜んでいた。

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 監獄に入って早々フィクサーによって分断されてしまったたたら達。
 かぐら、みくり、遥人、ライト、ヒビキ、コウスケ、あまねは、騒ぎを聞きつけやってきたウィズという青年と出会う。監獄の構造を知るという彼は道案内を申し出るが、彼が騎士団所属ということを知るや否や、あまねはその申し出を拒絶する。
 これまでの人生も、唯一の肉親である弟を失った時も、助けてくれる人はいなかった。持たない自分はいつだって奪われるだけなのだと。生きる世界が違うから分かり合えないと、あまねは語る。その言葉に押し黙る団員達。出自は違えど少なからず排斥されてきた彼らはその現実を知っている。だが、かぐらはそれが本心ではないことに気づいていた。
 
 生きる世界が違う。それは、かぐら自身も言われ続けてきた言葉。御神楽である自分を特別視する人こそいたが、対等に扱ってくれる人はほとんどいなかったあの頃。当時の疎外感は今でも思い出せるが、それを認めたくはなかったのだと今なら分かる。かのセカイの末の魔女や大切な幼馴染が、何より自分がそうだったように……「生きる世界が違う」その言葉が本心からのものなら、そんな迷子のような顔はしないはずだから。
 あまねの手を優しく握り、そう諭すかぐら。「知らないのなら、これから知っていけばいい」かぐらのその言葉に顔を上げる面々。本当は信じていたかった事も、自分にとっての救いの手が誰なのかも。きっと、ずっと分かっていたから。自分に嘘をつかない方法を、彼らはやっと知ることが出来た。

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 一方、監獄の地下へと落ちてしまったたたら、俊介、ログレスは、共に落ちてきたユーリの計らいで小休憩を取っていた。
 日の届かない暗く冷たい場所。昔とは違うと分かっていても、それはたたらにとってあまり思い出したくない過去に耽らせるには十分だった。あの頃の一部の村人達からの仕打ちもそうだが、それと同じくらい苦手だったのが暗い場所。自分が独りだと思い知らされる感覚が、彼は今も苦手だった。誰かを起こすわけにもいかず独り膝を抱えるたたら。そんな彼を見たユーリは、ある昔話をする。

 ――数十年前。自分を含む紅い夜で行き場をなくした子供たちは、その日を生きることもままならなかった。そんな彼らに、仕事を投げ出してでも手を差し伸べてくれたのが元団長のドレイクであり、そんな彼と賛同した人達によって白羽の狩人団が生まれた。皆から慕われていたドレイク。けれど彼はその裏で盗みを繰り返していた。それも、一線を越えてしまうほどに。結果、彼は投獄され、団員の多くは抜けていった。それが以前の……ユーリのいた頃の、白羽の狩人団の話。

 「どうして今は騎士団に」というたたらの問いに、ドレイクの不正密告の対価だというユーリ。だが、彼はそのことを後悔しない。そのことで現団長のリアム口論になり結果道を違えたが、いつまでも彼に縋ってはいられないことくらい、彼も、他の団員達もよく分かっていた。

「行く先を他人に委ねることは簡単だ。でも、それだけに縋って現実から目を背けることが正しいとはどうしても思えなかったんだ。それを言い訳に生きていくことも。だからあの日、僕は自分の中の正しさに従った……結果的に、恩人を牢に送ることになってしまったけれど」

 自分が自分であるために恩人を売ったと語るユーリ。いい事をしたとは思っていない。それがこれまでの彼の好意を無下にしたことも理解している。けれど、あのままでは自分は死んでいた。ユーリのその言葉に強さを感じたたたら。いつか、正しさと正しさを秤に欠けなければいけない時が来たら、自分はどうするのか。その答えを出すに足るものを……選択の答えを、彼はまだ出せなかった。

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 そこは、囚人たちが収監されている場所よりもさらに奥地。遺跡の様なその場所にログレスは既視感を感じていた。その後、あたりをさ迷った後に無事合流したたたら達とかぐら達は再会と無事に安堵するが、自身の大切だったはずの人……ウィズを前にしたログレスの表情は硬い。しかし、その沈黙はフィクサーんの鳴き声によって遮られた。
 応戦中にずきりと頭が痛むログレス。浄化のチカラも通用せず、むしろフィクサーは彼の痛みに呼応しより狂暴化している気さえ感じられる。耐えられなくなったログレスは、とうとうその意識を手放してしまった。

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 声が、響いていた。
 人の心の声が聞けるライトにとって、今までのそれは自分が望まずとも入ってくる騒音であり呪いだった。自分にだけ聞こえるその言葉を信じてもらえたことはなく、いつしか聞こえないふりをしていた。だが、今目の前で仲間が……ログレスが苦しんでいる声が聞こえる。聞こえなくても、それははっきりと分かる。分かっているのに、臆病な彼はその場から動けないでいた。

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 自分が頭のよい方でないことは分かっていた。たくさん騙されたし、呪われていると棄てられた。けれどそのことに気づきもしなかった。団に拾われて、みんなと出会って、その過去に触れて。難しいことはまだよくわからないけれど、目に見えるものだけが本当ではないと知った。自分よりも賢い人達だって、見えないところで困っていると知った。でも、分かったところで、今の自分には何ができるのだろう。何が正しいのだろう。いくら考えても、その答えは出なかった。
 
 *
 
 何かを選ぶという事は、何かを捨てるという事。けれど、優しい彼にはそのどちらも選べなかった。困っている人がいれば誰彼構わず手を差し伸べてしまう。それがたたらという人物であり、彼を彼たらしめるものだった。いつか来るその時。けれど、今はまだ来ていないその時。選べない彼は、せめて自分の手の届く範囲の人は助けたいと思った。それが、今の彼が出した答え。そして、その手は変わりたいと望みながらも動けずにいる彼らにも差し伸べられていた。

 *

 ずっと一緒にいてくれた。誰よりも多く名前を呼んでくれた。沢山笑って、沢山泣いて。時には喧嘩もしたけれど、直ぐに仲直りした。スピリットのチカラが発現した時は誰よりも凄いと言ってくれたし、呪われていると知った時は自分よりも泣いていた、大切な幼馴染。大切だったはずなのに、呪いは彼の存在ごと自分から奪い去った。
 再会して心が痛んだのは本当。突き放しまっても、会えて嬉しかったのも本当。謝りたいことも、話したいことも沢山あるが、今はこれだけ。

 「ウィズ!!!」

 名無し(ログレス)ではなく、彼の幼馴染として。今までも、そしてこれからも呼ぶであろうその名を、彼は叫んだ。

 *

 ずっと、一緒に居られると思っていた。誰よりも多く彼の名を呼んだ。少し頼りないところもあるけれど、いざというときは自分の手を引いてくれた、唯一無二の幼馴染。それが自分からみた彼であり、これからも変わらないと思っていた。だが、彼に宿った呪いは彼の中から自分の存在を消し去ってしまった。
 導きの手はもういない。それでも、もう一度会いたかった。呪いなんて関係ない。そんなものに、自分達は負けないと信じていた。

 「……遅いよ、ヒロ」

 英雄の遅れた登場にほんの少しの涙を混ぜ、彼はそう呟いた。
 
 *
 
 騒動の中で記憶を取り戻したログレスは、たたらと共にフィクサーを浄化しようとするも、想像以上のチカラに圧されてしまう。だが、その窮地を救ったのは投獄中のはずのドレイクと不在にしていたリアムだった。元団長と現団長、かつての友……道を違えた彼らだが、今は互いに背中を預けている。昔に戻ることは出来ないが、共に戦う彼らは少し嬉しそうだった。

 フィクサーを倒し、ひと段落つくたたら達。だが、リアムとユーリは少し浮かない顔をしていた。そんな彼を見たドレイクは、彼の頭をくしゃりとなでこう語る。

 自分の存在は団員の枷となる。来るものを拒まず去る者を追わない自分だが、道は示しても依存先にはなりたくなかった。それは、彼らが何よりも嫌った持つ者達となんら変わりないと思ったから。だから"罪に尾ひれを付けてわざと投獄された"。多少荒療治ではあったが、結果的に団員達は自分で考えてそれぞれの道へと進んでいった。

 「もう奪うだけの世界じゃない……だから、俺がいなくても大丈夫だ」
 
 それは、彼からの選別の言葉。恩人を牢へ送ったことを気にしていたユーリも、団長は務まらないと思っていたリアムも、それぞれが呪いを抱えた団員達も。昔とは違う環境でも、仲間達でも。導きの手などなくとも、彼らはもう生きていける。もう、自分はこの団に必要ない。それが、団長だった彼の出した答えであり、彼なりのけじめだった……はずだったが。

「勝手にいなくなるなんて許さない」「罪を償って戻ってこい」「昔の話が聞きたい」「団長の弱点教えて!」……彼を必要としているのは昔の団員だけではなかった。つつかなくても湧いてくる言葉の数々にドレイクは苦笑しつつ、彼らと再会を約束するのだった。

 ・閑話:ヒロとウィズ
 騒動後のログレスとウィズの話。
 監獄もとい遺跡に既視感を覚えていたログレスだが、ウィズの話からそれは昔似たような遺跡を探検したからではないかと言われる。そういえばそんな時があったなと思うとともに久しぶりに故郷の村に顔を出したいというログレス。だが、ウィズも彼を探すと黙って村を飛び出てきたことを思い出す。そういえば、村長は門限に厳しかったような……というログレスとそれ以上いうなと彼を制止するウィズ。
 懐かしの帰省が怒られに帰ることになると肩を落としながら、二人は帰路についた。

 ・閑話:星影
 好きな子がいた。その子の為ならなんだってしてやると思った。けれど、離すものかと掴んでいたはずの手はいつの間にか解かれていて、彼女は多分、自分の事を覚えていない。
 導きの手など、今も昔もただ一つだ。それなら、今度こそ伝えなければ。ひっそりと決意を固め、独り団を後にしたヒビキ。満点の星空の下で、けれどその瞳は星の光を映さない。
 

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