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ユキノシタ

 何とも力強そうで、困難に耐えて咲きそうな花の名なのに、撮影日は5月半ばを過ぎていた。タンポポより遅いじゃん...。しかし遠目には〈何か咲いてる?〉程度の存在感の小さな花は妖精のような繊細な美しさだったのを覚えている。

Aさん

 部署にAさんが配属され数ヶ月経った。入院からリハビリ、長期休養を経てからの部署を変えての復帰。

 大病を患うと鬱っぽくなる方もいるのだろう。数ヶ月経っても配属して数日経験したのと変わらない知識しか身についていない。私と勤務時間が被る早朝の3時間はスタートからいきなり3時間後の締め切り時刻との戦いが始まる。
 〈この時間までにココまで終わらせる〉とそれぞれの中にあるタイムスタンプとの追いかけっこだ。

 Aさんに何かをやって貰うとかなりの間違いがあるので、違う人がダブルチェックをする事になる。---人を変えてダブルチェックするのは問題なくても、動作の緩慢さと仕事を覚えていないために確認しながらする遅さで、ダブルチェックを始める時間がなかなか回ってこない。

 毎日同じ事をしているのに端末の操作も覚えないので、短気な上司の声が大声になる。大人しいAさんはますます縮こまりミジンコのような存在感を醸し出している。

 人員不足を解消しようとひとり増員したら、余計に時間が足りなくなった。苦肉の策で、週に2回Aさんは他部署の勤務になった。ココでAさんが覚えられなかった仕分けは他部署でも共通なので、同じ問題が起きる部署が増えただけだった。


 大病を患い、もしかしたら人生観が崩れてしまったのかも知れない。長期の療養休暇を過ごしている事に耐えられなくなって無理に復帰してしまったのかも知れない。生真面目ゆえに復帰したのに却って精神的に追い込まれる毎日を過ごしているのかもと思うと辛い。


人の気持ち

 私達が「人の気持ちを考える」と教えられて育ってくる。その考えた気持ちの答え合わせをしたことがあるだろうか。

 私の目にはキョドってミジンコのように縮こまっているように見えるAさんは、バタバタと周りが目を三角にして処理を進める最中でも、自分の手が空くとボーッと突っ立ているのである。

 まぁ、余計なことをやり始めて怒鳴られるより得策である。突っ立っていれば「アレしてください」と依頼することもできる。もしコレが彼なりの仕事のしやすい方法ならばそれもアリかも知れない。

他部署との掛け持ちで週に2日は怒鳴る上司とも離れて彼なりにメリットはあると思う。

 人の気持ちなんて考えても、答えなんて本人に聞いてみるしかないんだろう。そして何より本人が口にしないから聞かれるのであって、そんな関係性の相手に聞かれても正直に言えるとも限らない。

 何よりも「自分が何で生きているかわからない」「いつまで生きているんだろう」などとうすらぼんやり考え続けている私が〈明るい人〉と認定されているような社会が職場なのである。

 他人には自分の気持ちが通じない。正直な気持ちを口にしたとしても、それを改善する方法なんてない場合もある。自分を助けてあげられるのは自分しか居ない。---無理をして、より一層自分を追い込んでしまうのも自分である。休養が必要な人が無理をして復帰しないで欲しい。


上役

 会社自体は巨大な企業なので、コンプライアンスやら多様性やら細かい指導もあるしミーティングでも語られる。
 その多様性にはAさんは入らないのである。もっと言うと自分は入らないのである。個々が存在している。職業能力に偏差値をつけるとしたら、集団なのだから30~70までまばらに散らばるのだろう。最低でも50以上!と求められても偏差値30~40台の集団も、ある意味では多様性の1つなのだろう。

 しかし、その集団からは上役は出て来ない。〈アナタの知らない世界〉なのである。助け合って小さな声が上がる。そして知らない世界の住人が言い放つ〈人の事はいいから〉この一言がどんな不利益に繋がるのか気がついて欲しい。


 ユキノシタはこの季節でも緑の葉を保っている。今の時期に枯れ草となっている草種も、地面の下では春を待っているのだろう。気持ちが眠りを必要としている人に来る春は、暦通りにはやってこない。

 止まっているような時間の中で1日1日を過ごしていることが前に進んでいるんだと認めていいのだと思う。


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