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バラバラだから、まとまる。

オジさんの科学vol.105 2024年9月号
 
バラバラだから、まとまる。
 

 2021年に直木賞を受賞した『塞王の楯(さいおうのたて)』が、やっと文庫化された。
 時は戦国末期、関ヶ原の戦いの前。「塞王」とは、「穴太衆(あのうしゅう)」と呼ばれる石垣造りの職人集団の中で、当代随一の技を持つ者に冠される称号のこと。穴太衆は、「野面積み(のづらづみ)」という技法を使う。

 野面積みは、石垣を作る場所の地形に合わせて、自然石や割石をほとんど加工せずに積み上げる。形も大きさもバラバラな石が組み合わされ、不規則で武骨な石垣が出来上がる。表面には凹凸があり、隙間が多い。加工した石を使い隙間なく積み上げた石垣と比べると見栄えも良くない。隙間を足掛かりに外部から侵入されやすい、という欠点もある。 

 一方で、崩れにくいと言われる。隙間が少ないきれいな石垣は、長雨などで水を孕むと内圧によって崩壊する危険性が高い。野面積みは、水はけが良い。さらに石どうしが密着せず遊びがあるために、地震にも強いそうだ。不揃いなことで、強くなる。

  武田信玄は、「人は石垣」と言いました。人の動きについても、バラバラな方が強固にまとまることがあるようです。今年5月、京都工芸繊維大学と長岡技術大学、東京大学の研究チームは、「バラバラな足並みがまとまりのある歩行者の流れを生み出す」と発表しました。

 鳥や魚の群れは、自発的に集団としての動きを形作ります。水族館の大水槽では、イワシの大群がまとまって回遊する様子が見られます。夕方になると駅前を塊となって飛び回るムクドリの大群を見かけます。
 このような集団的な振る舞いは、大勢の人が集まる場所においても見られます。例えば渋谷のスクランブル交差点では、向かい合って移動する二つの歩行者の集団が自然と幾つかの列に分かれる「レーン化現象」が発生します。 

 こうした現象には、全体を統制する計画があるわけではなく、指揮者もいません。交差点では個々の歩行者同士の相互作用で、秩序だった円滑な流れが「自己組織化」されるのです。
「歩行者が織りなす自己組織化の背景にあるメカニズムを理解することは、例えば2022年の韓国の梨泰院で起きたような雑踏事故を未然に防ぐ群衆マネジメントにおいても重要です」と研究チームは言います。

  歩行者の集団では、足並みが自然と揃う「同期現象」も生じます。一列に並んで歩く場合、歩行者は前を歩く人とぶつからないように同じ側の足を踏み出すようになるからだ、と考えられています。一定のテンポの音や音楽に合わせて歩いてもらうと流れが良くなる、という報告もあるそうです。

  しかし、普段の街中では、一列に並んで整然と歩くことはありません。前を歩くカップルが遅ければ追い抜きます。子供とぶつかりそうになれば横に避けます。
 そこで、研究チームは、より自由に歩ける状況において、個々の歩調と集団全体の組織化の関係について検証しました。

  24人ずつの二つの集団に、すれ違うように対面して歩いてもらい、人の流れをビデオ解析しました。また、実験参加者の両足首に加速度センサーを付けてもらい、歩調を計測しました。
 ガイドとして平均的な歩行テンポのメトロノーム音を流した場合と、音のガイド無しで普通に歩いてもらう場合を比較。それぞれ20回ずつ行われました。

  音のガイドがある場合には、参加者の足並みが同期し、揃うことが確認されました。一方ガイドが無い場合は、それぞれバラバラに歩いていました。   
 そして「外的な音のガイドによって生じた同期は、形成される集団の空間構造を脆弱にする」ことがわかったそうです。

 

 音のガイドによる同期があると、歩行者の横方向の動きが減り、単調な歩みになりました。そして細いレーン(人の列)がたくさん作られました。すると対向する人との接触面が増え、ぶつかるリスクが高まります。歩行者は、大きく肩を回転させ、衝突を避けていました。

  逆に同期がないと、自分自身のタイミングで動けるため、横方向にも柔軟に移動していました。さらに、わずかに歩行のタイミングを早めたり遅らせたりすることで、他の歩行者との動きを調整していました。対向者とスムーズに避け合い、同方向の歩行者と合流し、壊れにくい頑健な集団の流れを作っていました。

  研究チームは、個々の運動の自由さと多様性が集団の頑健性に寄与する、と言っています。人やその他の動物の群れにおいては、同期しないことも重要なようです。この結果は、歩行者交通マネジメントや自立型ロボットナビゲーションへの寄与が期待されるとのことです。

  バラバラな方が、全体のまとまりを生む。とはいえ、無秩序や出鱈目が望ましい訳ではないはず。野面積みの石垣は、バラバラな石を、一見すると雑然と組んでいるように思える。しかし、上下左右の石を上手く噛み合わせなければならず、極めて高い技術が要求される。
 パニックに陥った群衆が全くバラバラに動こうとした時に、事故は起きる。
 バラバラとまとまり。いろいろなことを考えさせられる。


 や・そね

<参考資料>
『バラバラな足並みがまとまりある歩行者の流れを生み出す 〜頑健な組織化を促す非同期的運動の重要性〜』 2024年5月29日 京都工芸繊維大学、長岡技術大学、東京大学プレスリリース
https://www.kit.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2024/05/news20240529.pdf
 
『塞王の楯』上下 今村翔吾 集英社文庫
 
お城カタリストホームページ 「石垣の知識はこれで十分!初心者が知るべき3つの種類」
http://shiro1146.com/knowledge/stone-wall1/?utm_source=pocket_shared
 
刀剣ワールド 城 ホームページ 「野面積み」
https://www.homemate-research-castle.com/useful/17024_tour_105/?utm_source=pocket_saves

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