見出し画像

ヒトの命に必須な水分

オジさんの科学vol.084 2022年12月号

 大学の頃、先輩のAさんと絶食の競争をしたことがある。5日間、何も食べてはいけないことになった。当時は、体重が60kgにも満たなかった。ダイエットは不要だったが、面白そうなのでやることにした。
 すると、この話を横で聞いていたもう一人の先輩のBさんが、「何も賭けないんじゃ面白くない」と言い出した。そこで挫折した方が、自転車に乗って青葉山の上から麓の扇坂までノーブレーキで降りる事になった。

5 日間絶食しても、死にはしないはず。しかし、5日間水分を摂らないと命にかかわる、という事で水は飲んでも良いというルールになった。
 水を一滴も飲まないと、脱水症状になって死んでしまうはずである。

 いったいヒトは、1日にどれだけの水分を身体から失っていくのか。医薬基盤・健康・栄養研究所、早稲田大学、京都先端大学、筑波大学の研究グループは、米国、英国、中国、オランダなどの研究機関とともに、ヒトの体における水分の出入りに関する国際共同研究調査を実施した。そして先月、その結果と、「1日に失われる水の量を予測する式」を世界で初めて発表した。
 調査には、23カ国に住む、生後8日の乳児から96歳の高齢者までの男女計5,604人が参加した。

 過去の研究から、ヒトの体に占める水分の割合は判っていた。平均で乳児の場合は約60%、男性は約53%、女性は約45%が水分だそうだ。
 今回の研究では、1日の水の代謝回転率(体の水分量に対する失われる量)が調べられた。平均すると、乳児では水分量の約25%、成人は10%の水分が体外に失われると判った。つまり同量の水分の補給が必要という事になる。
 ただし、実際に失われる水分量には、様々な要因が影響し、個人によって大きく異なることが判った。成人でも、代謝回転率が5%の人もいれば、20%にもなる人がいた。

 影響する要因として、まず年齢と性別が挙げられる。
 例えば、20~35歳の男性が1日に失う水の量の平均は約4.2ℓ、と多い。35歳以上になると、年齢が高くなるにつれて量は減っていく。
 一方女性は、30~60歳でほぼ変わらず、平均3.3ℓ/日となり、以降男性同様減っていく。
 90歳代では、どちらも平均約2.5ℓになった。

 その他にも様々な要因があることが判った。
 高温、多湿な環境では、失われる水分量が増える。住んでいる場所の標高も関係するそうだ。先進国か発展途上国かでも異なった。また、肉体労働者やアスリート、そして妊産婦なども失われる量が多かった。妊娠後期では0.7ℓ程、授乳期では0.3ℓ程高い値を示したそうだ。

 今回研究グループが構築した式を、文末に掲載した。この式にその日の平均気温などの値を代入すると、あなたから失われる水の量が予測できる。

 ただしここで注意したい点がある。20歳代の男性が1日に平均4.2ℓの水分が失われるとしても、それだけの水を飲む必要はないという事だ。体内のエネルギー代謝の過程で生産される水が、約0.4ℓある。また、呼気からも少しの水分が得られ、必要な水分の約15%が確保される。さらに、日本人の一般的な食事を3食摂れば、残りの必要量の半分の水分が補給できるそうだ。差し引くと、液体としての水分補給量は、約1.8ℓで済むことになる。20歳代女性だと約1.4ℓとのことだ。

 この研究により、脱水や熱中症の予防や脱水に伴う腎臓や心臓の障害などの防ぎ、「命を守る」ために必要となる水分摂取量の目安が明らかになると期待されている。

 5日間の絶食を、二人とも達成した。
さて、あの時絶食だけでなく水分補給も絶っていたら、と考える。5日間で約20ℓ程度の水分が失われ、その分の減量が実現していたはずだ。だが、その前に命を失っていたかもしれない。
 研究グループも、「ヒトは、非常に速い速度で水分を失うため、水分補給が出来ないと3日生存するのも難しくなります」と言っている。やらなくてよかった。

 両者が成功した時は、横から口を挟んだBさんが、青葉山ノーブレーキに挑むことになっていた。
 当日、ここが一番の難所と見当を付けた最後のS字カーブで待ち構えていた。すると、別の先輩Cさんの自転車が通り過ぎて行った。面白そうだと飛び入り参加したのだ。
 まもなくBさんが降りてきた。S字のスピードに耐えかねたBさんは、おもわずブレーキを掛けた。そのことで、自転車はスリップし、転倒した。直後に走って来た市営バスの後輪が、Bさんの頭をかすめて行った。
 
 食料や水分を十分に摂取していても、ヒトは、余計な事を言ったために、生存を危うくする時がある。水は命の素、口は禍の元。
や・そね

<失われる水分量を算定するには>
水の代謝回転(㎖/日)
=(1076×身体活動レベル)+(14.34×体重(kg))+(374.9×性)
+(5.823×1日の平均湿度(%))+(1070×アスリート)+(104.6×人間開発指数)
+(0.4726×標高(m))-(0.3529×年齢(歳)の2乗)+(24.78×年齢)
+(1.865×平均気温(℃)の2乗)-(19.66×平均気温)-713

身体活動レベル:座位中心な場合は1.5、平均的な場合は1.75、高い場合は2.0
性:女性は0、男性は1
アスリート:非アスリートは0、アスリートは1
人間開発指数:先進国は0、中間的な国は1、発展途上国は2

この式を基に、オジさんがこの時期1日に失われる水分量と液体としてとるべき水分量を計算してみたい。
座って仕事をしている時間が長いが、ウオーキングなどをしているので、身体活動レベルは「平均的な場合 1.75」、体重は「65.5kg」、「男 1」、横浜市の12月の平均湿度「57%」、「非アスリート 0」、人間開発指数(HDI)「先進国 0」、標高「52m」※、年齢「64歳」、横浜市の12月の平均気温「9.5℃」を代入する。

すると1日に約3ℓ(2,962.5㎖)の水分が失われる、と算出された。
このうちの15%は、エネルギー代謝と呼吸で確保できるので、残が約2.5ℓ。さらにその半分が食事から得られるとと考えると、1.3ℓ弱の水分補給が必要という事になる。

同様に8月(平均湿度76%、平均気温27.5℃)で計算すると
1日に約4ℓ(3,988.3㎖)失われ、液体として約1.7ℓを補給しなければならないという事になった。

夏はもっと水分を摂っており、この時期はこれより少ないような気がする。算出された値は、あくまでも目安である。

※国土地理院のウェブ地図「地理院地図」( https://maps.gsi.go.jp/ )で、現在地の標高が瞬時にわかります。

<参考資料>
プレスリリース
「ヒトの体の水の代謝回転量を予測する式を世界で初めて発明」 2022年11月18日
国立研究開発法人医薬基盤・健康・影響研究所、早稲田大学、京都先端科学大学、筑波大学

WEB
ナショナルジオグラフィック電子版 動物図鑑

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?