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「ダーウィンの難題」と「仮想大陸 ニュー・パンゲア」

オジさんの科学 vol.066 2021年6月号

 横浜で逃げていたアミメニシキヘビが、飼われていたアパートの屋根裏で捕まりました。千葉県内に現れ、怪鳥騒動を巻き起こしたのは、茨城県のペットショップから脱走したミナミジサイチョウ。そして、ミズオオトカゲが福岡県直方市で捕獲。いずれも、原産地は海外です。
 外来種と呼ばれる海外の生き物。ブラックバス、アメリカザリガニ、ヒアリなどを思いつきます。いずれも、獰猛で繁殖力が強く、エサを食い尽くして日本の在来種を駆逐する悪者のイメージです。外来種はダース・ベーダ率いる帝国軍で、在来種は同盟軍のようです。
 しかし、本当に外来種は悪者なのでしょうか。外来種は、慣れない外国に連れてこられた「赤い靴を履いた女の子」なのではないでしょうか。

赤い靴の女の子

 在来種と外来種の概念規定は、難しく、国によっても異なるようです。また、明らかに海外から持ち込まれたことが分かっていても、違和感なく溶け込んでいる生き物もあります。コスモスは、メキシコからヨーロッパを経由して明治時代に日本へ持ち込まれたそうです。モンシロチョウは、地中海沿岸が原産。江戸時代に中国からキャベツなどの葉物野菜とともに入ってきた、と言われているそうです。

 外来種は、どのようにして、どんなところに入り込んでいくのでしょうか。『種の起源』でも考察されている「ダーウィンの難題」と呼ばれる問題があるそうです。
 在来種は、その土地に適応した種だと考えられます。だから生き残っているのです。したがって、「外来種がよその土地で成功するには、そこで特によく適応した在来種と似通った特性を有している場合(①)」だと予想されます。
 ところが、ダーウィンは、アメリカの植物の一覧を見ているうちに、あることに気が付きます。「在来種と似ていない外来種ほど競争に有利になる(②)」のではないかと。
 ①と②は矛盾しています。ダーウィンは、この矛盾の解決を後世の研究者に委ねると言い残したそうです。

 今年6月、琉球大学の研究チームは、「生物多様性ビッグデータ」を使いこの矛盾を解決したと発表しました。日本各地に根付いた外来の種子植物(1094種)と在来種子植物(4664種)の分布、外来種のそれぞれの原産地、外来種と在来種の遺伝的距離を分析しました。
 すると外来種が根付くパターンは、大きく分けてふたつあったそうです。
ひとつは、気候や土壌が似通っている原産地から来た在来種に近縁な外来種(a)。もう一つは、競合する在来種がいない在来種と遠縁の外来種(b)です。
 aはダーウィンの①、bは②に対応することが分かります。人口密度や土地の改変具合など人為的な影響も関係していることがわかりました。

 動物に例えるとこういうことだと思います。ある環境で、エサや棲む場所がたくさん余っている場合、そこに元からいる動物と似通った動物は馴染みやすい。一方で、元からいる動物が全く見向きもしないエサや場所があった場合、それを好む動物(つまり全く似ていない)は、競争せずに入り込めるのです。

外来植物原産地

 琉球大学の研究からもわかるように、日本には世界中の植物が入り込んでいます。
 私たち人類は、うっかりにせよ、わざとにせよ、様々な動物や植物、昆虫、菌類など多くの生き物を地球上のあちこちに連れまわしています。新型コロナウイルスも同様です。人類が接着剤となり、以前は離れ離れだった生き物の世界を一つにしてしまったと言われます。この状態を指して「仮想大陸 ニュー・パンゲア」と呼ばれることがあります。

 「パンゲア」とは、2億5000万~2億年年前頃に存在したすべての大陸が一つになった超大陸です。地続きであれば、どこへでも移動することが出来たはずです。
 そして、海洋開発技術研究所の研究によると、2億5000万年後には、再び超大陸が形成されるそうです。人類は、生き物の方を活発に動かすことで、超大陸の状態をつくってしまったのです。

超大陸パンゲア

 生き物が移動すると、生物多様性は増すと考えられています。新しい環境に出会い、他の生き物との競争や共生が起こり、進化が促進されます。
約300万年前に北アメリカと南アメリカが繋がりました。北と南の動植物は、混じり合い、進化しました。動物は、北からの成功者が多かったそうです。南に渡った後で、シカは14の種に、ネズミは375種に分かれたそうです。一方で植物は南原産の方が強かったようです。

 進化は、結構早く進むようです。
 リンゴを食べるリンゴミバエは、北アメリカにリンゴの木が導入され、わずか150年程でサンザシミバエから進化したと考えられています。ちなみにリンゴは中央アジア、天山山脈の麓が原産と言われています。
菜の花やキャベツ、小松菜、ブロッコリー、かぶ、大根、カリフラワー、白菜、ラディッシュ、ロマネスコ、芽キャベツ、青梗菜、ケールは、アブラナ科の植物です。これらは、全てアフガニスタンとパキスタンの国境付近の山地が原産の「ブラッシカ・ラパ」と、地球海東部原産の「ヤセイカンラン」という2種の野草から生まれた変種だそうです。

 現在、人類が生物の大量絶滅を引き起こしている、という説があります。事実、私たちの祖先は、大型の陸生動物の大半を狩りで絶滅させました。氷で覆われていない地面の3/4を変えてしまい、そこにいた動植物が棲みにくい場にしてしまいました。鳥類の13%、哺乳類の26%、サボテン類の33%、造礁サンゴの33%、両生類の42%の種が何らかの形で脅威にさらされていると言われます。

 その一方で、世界のほとんどのすべての国と島で、植物の種は増加しているそうです。人類がやってくる前に比べて20~100%多い植物種が野生状態で生育している、とのデータもあるようです。過去の100倍のスピードで新種の植物が生まれているとの推計もあるそうです。
 いったん植物の多様性が確保されれば、植物をエサにする動物の多様性、そして草食動物を食べる動物の多様性が追い付いてくると考えられます。新型コロナウイルス流行と変異からは、菌類や微生物の多様性の増加でも同じことが起こっているはずだと類推されます。

 地球は、過去に5度の大量絶滅を経験してきました。そして大量絶滅の後に、生物は飛躍的な進化を遂げてきました。今、私たちは、6度目の大量絶滅と6度目の大進化を、同時に引き起こしているのかもしれません。

や・そね

<参考資料>
プレスリリース
「生物多様性ビッグデータで日本の外来生物分布を地図化:『ダーウィンの難題』を解明し外来植物の侵入メカニズムを解明」 
2021年6月4日 琉球大学

書籍
『外来種のウソ・ホントを科学する』 ケン・トムソン 築地書館
『なぜわれわれは外来生物を受け入れる必要があるのか』
クリス・D・トマス 原書房 
『飼いならす』 アリス・ロバーツ 明石書房

雑誌
日経サイエンス2016年11月号 「2億5000万年後の超大陸」

WEB
ナショナルジオグラフィックニュース 2021年6月18日「白菜やキャベツのルーツはどこ? アブラナ属の謎をDNAで解明」

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