暗黒物質はじめて物語 その1 どうやって発見されたのか
オジさんの科学vol.081 2022年9月号
「暗黒物質」。邪悪な響きだ。英語では「ダークマター(dark matter)」と言う。暗黒街、暗黒時代、暗黒面、暗黒大陸・・・すべてが恐ろしい。この世を支配する物質か、宇宙を飲み込む闇か。それともダースベーダーの最終兵器か。
この暗黒物質が、宇宙に満ち溢れているという。その量は、われわれが通常に「物質」と呼んでいるものの5倍もあるそうだ。宇宙開闢の古よりあると言われる暗黒物質。最古の暗黒物質が、日本の研究グループによって検出された。
今年8月、名古屋大学と東京大学の共同研究グループは「120億年前の銀河周辺のダークマターの存在を初検出!」と発表した。
通常の物質とは、ほとんどもしくは全く反応せず、すり抜けてしまう暗黒物質。光などの電磁波とも反応せず全く見えない。正体不明の存在です。唯一周囲に重力だけを及ぼします。さて、そんな暗黒物質は、どうやって見つかったのでしょう。
最初に暗黒物質に関連するような発表がなされたのは1930年前後です。 オランダ人天文学者のヤン・オールトは、太陽系から約300光年の範囲にある恒星の速度を調べました。(ちなみに太陽系の外側にあって彗星の故郷と言われる「オールトの雲」は、彼にちなんで名づけられました)すると恒星の速度が、見えている星々の重力だけでは説明できないことに気が付きました。そこで「見えない重力源がどこかにあるのではないか」と考えました。その重力源をオールトが、ダークマターと呼んだという説もあります。しかし、当時の観測機器は、まだまだ精度が足りず、オールト自身は他の星に隠れたり暗すぎたりする普通の星によるものだと思っていたようです。
「目に見えない何かが宇宙空間を覆っている」と言い。それをダークマターと表現したのは、米国カルフォルニア工科大学のスイス人天文学者のフリッツ・ツビッキーです。1933年のドイツ語の論文には、「dunkle Materie」と記載されています。(ドイツ語なので読み方は、わかりません(>_<))
ツビッキーは、たくさんの銀河が集まった「かみのけ座銀河団」の質量を2つの方法で求めようと試みました。 まず、銀河の運動から銀河団の質量を求めました。個々の銀河は、それぞれの方向に運動しています。一方でお互いに重力で引きあっています。個々の銀河の速度が重力釣り合っていないと、銀河団はバラバラになってしまいます。個々の銀河の運動速度から、それに釣り合う重力の元となる質量を導き出しました。次に、恒星の明るさから質量を求めました。恒星の質量と明るさには一定の関係があります。そこから各銀河の明るさを使って質量を算出し、銀河団全体の質量を算出しました。2つの結果を比べると、運動から求めた質量は、明るさから求めた質量の160倍の値になりました。そこからツビッキーは、見えない質量があると考えました。
ツビッキーは、直観力に優れた人だったようです。「中性子星」の存在も予言しています。でも、きっと友達は、少なかったんだと思います。異端に近い才気とか、我慢のならない天才と呼ばれていたようです。同僚の事を、「球形のろくでなし」と呼んでいたそうです。どこから見てもろくでなし、と言う意味だそうです。彼の性格の為かどうかはわかりませんが、その後暗黒物質は長い間忘れ去られました。
1970年、米国カーネギー協会の研究者だったヴェラ・ルービンたちが、アンドロメダ銀河の回転速度の測定結果を発表しました。銀河の中心部に近い10光年から8万光年までの67ヶ所の速度を、ドップラー効果を使って計測しました。中心近くでは若干のばらつきがあるものの、銀河は内側から外側まで、ほぼ同じような速度で回っていることが判りました。
ここで太陽系の惑星の公転速度の話をします。内側から水星、金星、地球、火星・・・と外側に向かって惑星が公転する速度は遅くなります。万有引力法則から、太陽からの距離が4倍になると速さは1/2になることが導き出されます。これより速いと太陽の重力よりも遠心力が勝り、惑星は太陽系から飛び出してしまいます。
おなじ事が銀河を周る星々でも言えます。銀河の中心から離れるほど遅くなるはずなのです。ほぼ同じ速さならば、外側の星は速すぎて銀河がバラバラになってしまうはずです。速度を一定にするためには、銀河の中心から外側に向かって重力が大きくなる必要があります。この重力の増加を担う見えない物質として、暗黒物質が考えられました。
他の銀河を調べてみると、やはり多くの銀河で速度が一定だとの結果が得られました。
これを説明しようと、様々な説が飛び出したそうです。しかし、どれも説得力を欠いていたそうです。10年ほどで、「見えない何かがあるとしか説明しようがない」と多くの学者が考えるようになったそうです。1980年、この奇妙な物質の正体を探ろうと、暗黒物質をテーマとした最初の会議がハーバード大学で開催されました。ルービンは、その席上「暗黒物質の正体は、10年もすればわかるだろう」と語ったそうです。
暗黒物質が、闇の中から浮かび上がってきました。
暗黒物質が存在する証拠は、他にもあります。暗黒物質は「重力レンズ」という効果を生み出します。
共同研究チームは、この重力レンズ効果によって約120億年前の暗黒物質を、発見しました。次回、「暗黒物質はじめて物語 その2」では、この発見や宇宙創成時の暗黒物質の役割などについてお伝えしたいと思います。
参考資料
プレスリリース
「120億年前の銀河周辺のダークマターの存在を初検出!」 2022年8月1日名古屋大学、東京大学
書籍
『まだ科学で解けない13の謎』 マイケル・ブルックス 草思社
『見えない宇宙の正体』 鈴木洋一郎 講談社
『宇宙の謎 暗黒物質と巨大ブラックホール』 二間瀬敏史 さくら舎
雑誌
『日経サイエンス』2019年5月号 「特集 宇宙の暗黒問題」