ネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子が、 新型コロナウイルスに感染すると重症化するリスクを 増大させているかもしれない
オジさんの科学vol.061 2021年1月号
昨年、ドイツのマックス・プランク進化人類研究所と沖縄科学技術大学院大学を兼務するスバンテ・ペーボ教授らの研究チームは、「重度の新型コロナ感染症の遺伝的なリスクは、ネアンデルタール人から受け継がれた」と英科学誌「ネイチャー」で発表しました。人工呼吸器を必要とするリスクが最大で3倍になるそうです。
新型コロナウイルスに感染すると、重症化して命を落とす人がいる一方で、症状が軽い人や無症状で済む人もいます。
年齢や持病の有無など、重篤な反応の起こし易さに影響を与える要因はいくつかあると言われます。新型コロナの患者3,000人を調べた研究によって、遺伝的要因も影響することが判ってきました。新型コロナウイルス感染症で入院した重篤な患者と、入院しなかった患者を調べたところ、23対ある染色体のうち3番染色体にある遺伝子の違いが重篤化に影響を与えていました。
ペーボ教授らの研究チームは、この遺伝子を南欧のクロアチアで発見された5万年前のネアンデルタール人も持っていたことを突き止めました。
研究チームは、この遺伝子がネアンデルタール人と現生人類(私たちホモ・サピエンスの事、以降「ヒト」と書きます)の共通祖先から引き継がれたものなのか、それともネアンデルタール人からもらったものなのかを検討しました。共通祖先は55万年前にいたと考えられています。
遺伝子は一定の割合で時間とともに変異します。今回の遺伝子は、ネアンデルタール人のものとヒトのものが長いDNA領域にわたって非常に似ていました。このことから、55万年間の変異は蓄積されていないと考えられました。
南欧のネアンデルタール人と同じ遺伝子を持つグループの誰かと、私たちヒトのご先祖様がカップルになり、生まれた子供にネアンデルタール人の遺伝子が受け継がれたと判断したようです。
この遺伝子の保有者の率は、かなりのバラつきがあるようです。南アジアでは50%の人が持っています。ヨーロッパ人では16%、アメリカは9%、東アジアにはほとんどいません。バングラディシュでは、63%の人にこの遺伝子が存在するそうです。
かつて、南アジアで流行った疫病に対して、この遺伝子を持った人は高い確率で打ち勝つことができたのかもしれません。だからたくさんの人が持っている。一方で、東アジアでは過去にも今回のウイルスに似た病原体に遭遇し、この遺伝子を持った人たちは生き残れずに、遺伝子が消えてしまったのかもしれません。
ネアンデルタール人由来の遺伝子が、どのように重症化リスクと関連しているかについては、まだ解っていません。また、新型コロナに特有なものなのか、他のコロナウイルスあるいはまったく別のウイルスにどう影響を与えるのかも解っていないそうです。
オジさんが子供の頃は、ネアンデルタール人は旧人と呼ばれていました。新人と呼ばれるクロマニヨン人を経て、現代人になったと教わりました。ネアンデルタール人は、枝分かれした別の人類。クロマニヨン人は私たちと全く同じヒトです。
絶滅したネアンデルタール人はヒトより劣った原始人、というイメージで語られていました。しかし近年の研究でヒトに負けず劣らず知的であったことが分かってきています。脳の大きさは、ヒトよりも大きかったようです。もちろん言葉を話し、様々な道具を作り、アクセサリーも身に着けていました。ヒトより20万年も早くアフリカ大陸を脱出しています。筋肉質でがっしりとした体型だったようです。
何故、絶滅したかについては、様々な説があります。2018年3月号「おイヌさまさまなのだ。」 で紹介したようにイヌとヒトが食料を独占したからという説もあります。
ヒトとネアンデルタール人が、混血していたことを発見したのは、今回の研究論文の筆頭著者でもあるペーボ教授です。2010年の事です。
ネアンデルタール人とヒトのカップルから生まれた子供の遺伝子の半分は、ネアンデルタール人のものです。
さらにその子供とヒトの間に産まれた子供、つまり孫の場合1/4がネアンデルタール人遺伝子です。3代後だと1/8、4代だと1/16となります。
一方、ネアンデルタール人とヒトから生まれた子供の子孫の数を考えます。1カップルから子供が2人出来ると仮定します。孫は2人になります。3代目は4人、4代目は8人、5代目は16人になります。10代目は、512人、20代目は約52万人、30代目でネアンデルタール人の遺伝子を持っている子孫は、5億人を超えます。
次の世代が生まれるまでに30年かかると仮定すると、たった900年で30代目が生まれます。このまま計算を続けていくと、あっという間に現在の世界の人口を超えてしまします。実際には、子孫同士のカップルもたくさんいたはずです。元々のネアンデルタール人とヒトのカップルが何組あったのか判りません。しかし、数万年の間にアフリカ以外のヒトは、ほぼネアンデルタール人の子孫になったと考えられます。
アフリカ以外のヒトは、遺伝子のおよそ1~4%がネアンデルタール人に由来していると言われます。オジさんの全遺伝子の中の3%とか、カミさんの遺伝子の2%とかがネアンデルタール人から受け継いでいるという事です。もちろんあなたの遺伝子の何%かもネアンデルタール人のものなのですよ。
ご先祖様とネアンデルタール人がカップルになったのは、中東と考えられています。その後、ヒトはヨーロッパ、アジア、オセアニア、アメリカへと広まりました。そのためアフリカ人には、ほとんどネアンデルタール人の遺伝子が受け継がれていません。
ネアンデルタール人型の病原性ウイルス防御に関する遺伝子を持っている人がいます。今回の遺伝子も、かつては南アジアの人々を疫病から守ったのかもしれません。現代のヨーロッパ人の10人に7人が、ネアンデルタール人由来のそばかす遺伝子を持っています。
私たちは、ネアンデルタール人と混血することで、遺伝子の多様性を獲得できたのです。
や・そね
<参考資料>
プレスリリース
・「新型コロナの重症化はネアンデルタール人から受け継いだ」
2020年9月30日 沖縄科学技術大学院大学
雑誌(online)
・「The major genetic risk factor severe COVID-19 is inherited from Neanderthals」
2020年9月30日 Nature Vol587
書籍
・『ネアンデルタール人は私たちと交配した』 スヴァンテ・ペーボ 文藝春秋(プレスリリースでは、「スバンテ」表記でした)
・『飼いならす』 アリス・ロバーツ 明石書店
・『アナザー人類興亡史』 金子隆一 技術評論社
・別冊日経サイエンス『化石とゲノムで探る 人類の起源と拡散』 日経サイエンス社
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