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ドキドキが少ない話

オジさんの科学vol.099 2024年3月号

 緊張した時、怖い時、怒った時、不安な時にはドキドキします。運動すると、ちょっと速足で歩いただけでも心拍数は増大します。自律神経と酸素消費量によって簡単に左右されます。
 先日のゴルフで、崖下の林に打ち込んでしまいました。急いで駆け下りてボールを探し、ドキドキのままで打ったら、立ち木に当たり、より奥に入ってしまいました。また打とうと思ったら、後から林に打ち込んでやって来た隣のホールのおじさんが訳の分からない文句を言い始めました。「エッなに?」小心者の心拍数は、さらに上がりました。もちろん二度目も脱出に失敗しました。
 動物も、危険を察知した時や敵から逃げる時、獲物を追う時には、心拍数が増加すると思います。でも今回は、逆に心拍数が少なくなる時のお話です。
 

 東京大学の研究チームが、「潜水中のウミガメの心拍数は2回/分まで低下する」という発表を行った。研究チームは、アカウミガメの甲羅に、特殊な電極を張り付けた心拍数計と行動記録計を取り付けた。夏の三陸沖の海を自由に泳ぐアカウミガメの心拍数と潜水行動を計測した。  

 海には、様々な肺呼吸生物が生息する。クジラやアザラシ、ペンギン、ウミガメなどは、息を止めた状態で深く長く潜水することができる。クジラの仲間には3時間を超える潜水を行うものがおり、アザラシの仲間は2時間、ペンギンも20分程度息を止めていられるようだ。これまで海生の哺乳類や鳥類については、潜水中の心拍数が調べられてきた。ところが、爬虫類であるウミガメは、甲羅が邪魔でセンサーが使えず、ほとんど研究されていなかった。 

 今回の研究で、アカウミガメは数分から63分の間で潜水し、最大153mの深さに達していた。海面で呼吸するときの心拍数は、1分間に約21回であったが、潜水すると約13回に減少した。深く潜るほど低下し、140mより深く潜ったときには、1分間に2回になった。

  海生の哺乳類や鳥類では、深く潜るほど心拍数が下がることが知られていた。シロナガスクジラの場合、海面では25~37回だった心拍数が、最低2回まで下がった。今回、爬虫類でも同様なことが判った。潜水するときの心拍数の低下は、肺呼吸動物に共通の生理的な仕組みだと考えられる、と研究チームは語っている。 

 では、ヒトではどうなのだろうか。同様に、潜水時には心拍数が低下し、深くなるほど少なくなるようだ。潜水反射と呼ばれ、心拍数を減らすことにより酸素の消費を減らし、心臓や脳など生きていくために必須な臓器中心に血液を送るそうだ。

  ヒトの場合、様々な感情や状態によっても心拍数は変化する。早稲田大学の研究チームは、「眼前の友人の存在は心拍数の減少を引き起こす」と発表した。他者の存在は、ヒトの気持ちを変化させると同時に、心拍数などの生理的反応も変化させる。特に他者とコミュニケーションを取るとき、快適だと感じる空間がある。この空間は、「パーソナルスペース」と呼ばれる。今回の研究は、親しい友人が近しい距離内でどのような位置にいるときに、副交感神経活動が活性化し、心拍数が減るかを明らかにした。

 研究には、親しい間柄の友人16組が参加した。2人が様々な位置に立ったときの心拍数を心電図で確認した。立ち位置の条件は8つ設定された。「正面から友人の顔を見ている」「友人の右横顔を見ている」「友人の左横顔を見ている」「友人の背中を見ている」「友人に右横顔を見られている」「友人に左横顔を見られている」「友人に背中を見られている」「背中合わせに立つ」だ。

  その結果、正面から友人の顔を見ているときは、心拍数が減ることが判った。この場合、両者が向かい合っているのだから、双方ともに心拍数が減っていることなる。 また、正面ほどではないが、友人の右横顔を見ているときと友人に右横顔を見られているときも心拍数が低下した。この場合も、見ている側も見られている側も双方低下していることになる。この結果は、利き手と関係しているかもしれないと研究チームは言っているが、検証には至っていないようだ。 その他の場合には、心拍数は変化しなかった。 親しい人とおしゃべりする時や食事をする時には、向かい合って座るのが良いようだ。友人の右顔が見える位置に座るのも良いが、この場合友人には、ずっと正面を向いていてもらわないといけない。

 世の中ドキドキするようなニュースや出来事が多すぎます。たまには、深い海をゆったりと泳ぐウミガメに思いをはせたり、親しい人の横顔をそっと眺めてみたりするのは如何でしょうか。

 <参考資料>
「潜水中のウミガメの心拍数は2回/分まで低下する ―アカウミガメが海を深く潜るときの驚くべき心拍数―」2024年3月6日 東京大学プレスリリース 

「眼前の友人の存在は心拍数の減少を引き起こす」 2024年3月6日 早稲田大学プレスリリース 

ナショナルジオグラフィックニュース2013年6月17日「海生哺乳類が長く潜水できる理由」https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8078/ 

ナショナルジオグラフィックニュース2014年3月28日「哺乳類最強の潜水能力?アカボウクジラ」https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9077/?utm_source=pocket_saves 

ニューズウィーク日本版2020年9月29日「3時間42分にわたって潜水するクジラが確認される」https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/09/342-1.php?utm_source=pocket_saves 

日経グッディ2016年3月7日「大きく分厚い“スポーツ心臓” それって病気?激しい運動を続けると、心臓が大きく、安静時心拍数が少なくなることも」

 本川達夫 「動物の時間から人間の寿命を考える」 日本人間ドック学会誌vol.13 1999年

 彭 恒 「息こらえ潜水における循環応答に関する研究」 早稲田大学審査学位論文 2023年 

オジさんの科学vol.055「夏ですが、冬眠の話です。」2020年7月https://note.com/kosuzu_kouchan/n/n9b82560f9bfb  


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