踊る大細菌叢
オジさんの科学vol.080 2022年8月号
「進化は実験室で起きてるんだーーー」と青島刑事に叫んで欲しい。
先日発表された『大腸菌を昆虫共生細菌に進化させることに成功 ―普通の細菌が単一突然変異でカメムシの生存を支える必須共生細菌になる―』という研究で、初めて「実験進化学」という分野を知りました。
物理の実験や化学の実験には、再現性があります。同じ条件下で行えば、だれがやっても同じ結果になります。ボールを落としたり、食塩を水に溶かす実験は何度でもできます。
でも進化とは、何万年や何十万年もかけて、少しずつ少しずつ生物が変化していくものです。だから、実験なんてできないと思っていました。
今回の研究では、生物を進化させる実験をしていたのです。
発表したのは、産業技術総合研究所と東京大学、科学技術振興機構の研究チームです。では、実験の内容をお伝えしましょう。
「チャバネアオカメムシ」は、緑色で体長が11mm程のカメムシ。ミカンをはじめ様々な果実や農作物の汁を吸う害虫。その上、触ると臭いにおいを出すので嫌われている。
このカメムシの幼虫の成長には、体内の消化管にいる「共生細菌」が必要不可欠。これは、人間で言うと腸内細菌ようなもの。カメムシは共生細菌なしでは生きられないように進化してきた。一方で共生細菌は、カメムシから安全確実にエサを得ることができる。この様な関係を「相利共生」と呼ぶ。
カメムシの母親は、産んだ卵の表面に共生細菌を塗りつける。これを受け取ってカメムシの幼虫は、正常に育つ。
卵の表面を殺菌すると、ほとんどが成虫になれない。
これまで研究チームは、カメムシから共生細菌を取り除く実験や別の細菌を植え付ける実験をしてきた。試しに殺菌卵から誕生した「無菌カメムシ」の幼虫に大腸菌を与えたところ、9割以上が死に絶えた中、ごく少数が褐色で小さい成虫になった。
大腸菌は、ヒトを含む哺乳類の腸内細菌なので本来カメムシとは何の関係もない。にもかかわらず、不完全ながらカメムシの生存を支える最低限の能力を持つことが判った。
そこで今回研究チームは、継続的に代々のカメムシに大腸菌を与え続けるとどうなるか、実験した。
ここで秘密兵器が登場する。テッテレー♪「コウソクシンカダイチョウキイイ~ン(高速進化大腸菌)」。遺伝子操作によって、突然変異率を100倍程度に上昇させた大腸菌だ。
高速進化大腸菌を無菌カメムシに与える。数は少ないが生き残った中から最も良い色のカメムシを選び、その消化管から取り出した大腸菌を次世代のカメムシに与える。これを繰り返すグループを「体色選択進化」系列と呼び、12系列つくった。
これとは別に、生き残って最も早く羽化したカメムシから取り出した大腸菌を次世代のカメムシに与え続ける「成長速度選択」系列というグループを、7系列つくった。
研究チームは、2年間でカメムシ10世代以上を飼育し続けた。
体色選択進化系列のうちの1系列で変化が起きた。7代目(約1年2か月後)以降で、羽化して成虫になる率が顕著に上昇した。体のサイズが大きくなり、色も正常な緑色に近づいて行った。
成長速度選択系列の1系列でも、2代目(約2か月後)から同様の変化が見られた。
これら系列のカメムシから取り出した大腸菌は、小型化し、動きが鈍くなり、カメムシの体内感染密度が上がっていた。元の大腸菌とDNAの配列を比較すると、変異した遺伝子がみつかった。
逆にその遺伝子のみを変異させた大腸菌を作成し、カメムシに与えた。すると羽化率が上昇し、体サイズの増大、体色の緑化が再現された。
この遺伝子の突然変異によって大腸菌がカメムシの共生細菌に進化したことが、証明された。
研究チームは、今後、より大規模な「昆虫―大腸菌共生進化実験」を継続していくという。さらには、マウスを使った進化実験も考えているそうだ。
抗生物質耐性菌の出現のように、微生物の進化は、私たちに比べてとても速いことが知られています。数十年あるいは数年という間にも進化します。今回の実験は、それをさらに加速させて、進化を促しました。
ヒトは、すぐには進化できません。でも細菌ならそれが可能です。
私たちの腸内には、1000種100兆個もの細菌が生息していると言われます。また、皮膚の上にも、口の中にもたくさん棲んでいます。「常在菌」と呼ばれる共生細菌です。近年、これら常在菌が私たちの健康や疾病、あるいは精神活動にまで影響を与えている、と考えられるようになりました。
実験進化学によって、彼らに進化してもらいましょう。余分なカロリーを食べてくれる菌とか、お肌を若返らせる菌とかになって働いてもらいましょう。私たちはエサと棲み処を提供します。その代わり私たちにはできない役目を担ってもらいましょう。役割分担して助け合おうぜ、相利共生細菌!
青島刑事も言っています。
「あんたにはあんたの仕事がある。俺には俺の仕事がある」と。
や・そね
<参考資料>
プレスリリース
『大腸菌を昆虫共生細菌に進化させることに成功 ―普通の細菌が単一突然変異でカメムシの生存を支える必須共生細菌になる―』 2022年8月5日
産業技術研究所、東京大学、科学技術振興機構
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