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男性人類滅亡説は本当か。

オジさんの科学vol.103 2024年
 

 やがて、人類から男性はいなくなる、という説がある。いつも良からぬことを考え企てている男どもに天罰が下る、といった話ではない。男にだけに感染するウイルスがある、男を消し去ろうとする秘密結社がある、といった話でもない。生物学的な進化の話である。 
 男は不要だから淘汰されるということだろうか。会社でも家庭でも淘汰されそうなオジさんたちは、気が気ではない。
 


 ヒトを含めた哺乳類の性は、細胞の中にある「性染色体」によって決まります。「女性はXX」、「男性はXY」といった組み合わせをもっています。受精した時に、精子が持つ性染色体がXだった場合は女の子に、Y染色体だったら男の子になります。もちろん卵子はすべてX染色体だからです。
 
 2002年、オーストラリアのジェニファー・グレイブス博士が「やがてY染色体は消滅する」と発表しました。
 Y染色体は、23組46本ある染色体の中でも、特に小さな染色体です。X染色体には1,000程度の遺伝子があると言われていますが、Y染色体は数十しか持っていません。かつては、もっと大きくたくさんの遺伝子を持っていたのが、どんどん小さくなり、現在に至ります。そしてY染色体が無くなれば、男の子は生まれなくなります。
 
 どうしてY染色体は、小さくなってしまったのか、そして無くなってしまうのか。それは、有害な遺伝子変異を除去するため、と言われています。
 精子や卵子を作る過程で、染色体の減数分裂が起こります。各組の染色体の2本が、融合して1本になることです。しかし遺伝子に有害な突然変異などがあると、減数分裂ができません。2本の染色体の正常な部分がシャッフルされて、子孫に受け継がれます。これを「組換え」と呼びます。
 
 動かない車が2台あったとします。でも壊れた部分が異なれば、それぞれの車から使える部品を取り出して動く車を1台作るようなものです。
 卵子のX染色体や22組の染色体は、このようにして有害な遺伝子を除去することができます。
 ところがY染色体だけは、部品交換をする相手がいません。したがって、有害な部分は捨て去るしかないのです。そして徐々に小さくなっていきました。
 
 オジさんたちのスキルは、どんどん使えなくなる。昭和の感覚は、令和では不適切になる。使えないオジさんや有害なオジさんは取り除かれる。会社のオジさんは、目立たない様に小さくなっている。
 男がいなくなれば、子供も生まれない。ということは、人類は滅亡するのだろうか。それとも女だけの世界になるのだろうか。
 
 脊椎動物の約80種以上で、メスのみの単性生殖が確認されていると言われます。鳥類、爬虫類、両生類、魚類など様々です。世界最大の爬虫類コモドオオトカゲは、オスがいない飼育環境で卵を産んだそうです。北米の砂漠に生息するハシリトカゲの一種は、なんと全員がメスだそうです。
 しかし、哺乳類には、これができません。
 シミュレーションによるとヒトのY染色体がなくなるのは、5~600万年後のようです。約700万年前に生まれた人類の歴史は、もう半分を過ぎてしまったのでしょうか。
 


 哺乳類の中には、ヒトに先んじてY染色体を失った種もあります。奄美大島に棲む固有種「アマミトゲネズミ」です。
 ところがアマミトゲネズミには、オスもいるのです。北海道大学などの研究チームは、2022年にアマミトゲネズミの研究から『新しい性決定の仕組みを発見』と発表しました。この研究によって、性染色体ではない別の染色体の仕組みがオスを作り出すことを、世界で初めて発見しました。
 
 広島大学などの研究チームは、今年7月『Y染色体の退化・消失で性は失われてしまうのか⁉ 多様な動植物の性染色体研究から性の存続機構をひも解く!』と発表しました。
 Y染色体がどんどん小さくなると生物の種の存続が危うくなります。研究では、多様な生物における性染色体を調べました。その結果、性染色体が入れ替わる可能性を見出しました。Y染色体が短くなったり、無くなったりしても、他の染色体が入れ替わります。そのペアが新しいX染色体とY染色体になることができる、という仮説です。
 
 アマミトゲネズミに類似した仕組みをヒトも持っていることが判っている。どうやら男は生き残れそうだ。性決定の機能が代替されたり、染色体が入れ替わったりするようだ。
 新たな仕組みを獲得したにもかかわらず、アマミトゲネズミは絶滅危惧種になっている。森林伐採などの環境変化によるためだ。
オジさんの多くも、環境変化に対応できない。不適切な言動を行う者、リスキリング出来ない者、DXをデラックスの略だと思っている者。絶滅危惧種である。

 
            や・そね

<参考資料>
黒岩麻里 『男の弱まり 消えゆくY染色体の運命』 ポプラ社
 
黒岩麻里 『「Y」の悲劇 男たちが直面するY染色体消滅の真実』 朝日新聞出版
 
『Y染色体がなくてもオスになるY染色体をもたない哺乳類の性決定メカニズムの一端が明らかに』2016年9月12日北海道大学プレスリリース
https://www.hokudai.ac.jp/news/160912_sci_pr.pdf
 
『哺乳類の新しい性決定の仕組みを発見』2022年11月29日 北海道大学、東京工業大学、沖縄大学、国立成育医療研究センター、国立遺伝学研究所プレスリリース
https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/221129_pr.pdf
 
『Y染色体の退化・消失で性は失われてしまうのか⁉多様な動植物の性染色体研究から性の存続機構をひも解く!』2024年7月11日 広島大学、東北医科薬科大学、京都大学、福井県立大学、東京都立大学プレスリリース
https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/84364
 
『動物の“処女懐胎”、なぜできる? ヒトではなぜ無理なのか 交配せずメスだけで子が生まれる仕組みとは』ナショナルジオグラフィック日本版2020年9月18日
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/082800500/?P=2
 
『Y染色体消滅説に反論』 natureダイジェスト 2012年5月号
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v9/n5/Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93%E6%B6%88%E6%BB%85%E8%AA%AC%E3%81%AB%E5%8F%8D%E8%AB%96/36697
 
『Y染色体の進化学』 natureダイジェスト 2014年7月号
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v11/n7/Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96%E5%AD%A6/54094


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