塚原康介

2019年毎日歌壇賞 第67回角川短歌賞次席

塚原康介

2019年毎日歌壇賞 第67回角川短歌賞次席

最近の記事

雑記 22.11.6

午前中に絲山秋子、『イッツ・オンリー・トーク』を読んだあと散歩にでかける。 歩きながら頭のなかで読後感を整理しようと思っていたのだけど、小春日のあたたかさと秋風のつめたさの塩梅が心地よすぎてすっかりそれどころではなくなってしまった。 秋晴れの空を眺めつつ歩いていると、青一色の視界になにやら小さくて黒いものが動いていて、それは翼をひろげながら旋回している一羽のトンビだった。 つくりものみたいに、羽ばたくことひとつせず空中に浮かんでいるその様子に気を取られて、坂道ですこしつ

    • 【一首評】ゼブラゾーンはさみて人は並べられ神がはじめる黄昏のチェス/光森裕樹(『鈴を産むひばり』)

      世の中のあらゆる現象に対して、それは「神の仕業」であると捉え直した短歌は割と多く見受けられるように思う。 そういった歌が嫌いというわけではないが、一首の世界のなかで「神の手」を幻視してみせる手つきはやや仰々しく、概して大味な歌になりがち、というのが個人的な意見だ。 では掲出歌の場合はどうだろう。 大勢が信号待ちをしていて、青にかわったとたん両側から横断歩道へ、その人々が一気に押し寄せる。 街中ではお馴染みの光景だが、人々を駒に見立て、神がチェスをしていると表現すること

      • 『馬とPing-Pong』 現代詩手帖2月号 選外佳作

        馬とPing-Pong コイントス、 そしてひと息に冬を迎えて わざと見送った列車の、空席と 日にかざした手のひらの皺へ 横顔を、仕舞う (昼の月、宇宙服) 馬を見たことがないひとの、馬 を わたしの冬木立に 走らせてみたかった 、ピンポンをしよう、と 窓硝子の向こうでジェスチャーする あなたの背後を、つむじ風が つむじ風の構造が ひらめいて もとに戻るとき 重ね着が 似合っていること、告げてみる

        • 笹川諒『水の聖歌隊』

          笹川諒さんの『水の聖歌隊』より、好きな歌を10首ほど。 静かだと割とよく言われるけれどどうだろう野ざらしのピアノよ (「こぼれる」より) 他人が思う自分と、自分が思う自分との差異について。野ざらしになったピアノにも鳴らされるべき音があるように、自分にも自分にしかわからない側面がある。 知恵の輪を解いているその指先に生まれては消えてゆく即興詩(「青いコップ」より) 知恵の輪を解くときの、普段とはちがう指のめまぐるしい動き。それが「即興詩」という言葉で捉えられることで、知

        雑記 22.11.6

          笠木拓『はるかカーテンコールまで』

          飛ぶものを目で追いかけた夏だった地表に影を縫われて僕は(「木馬と水鳥」より) 噴上(ふきあげ)は水の額か この手のひらを添えたいけれどどうにも遠い(同) つま先が飛行機雲にふれるまでブランコをただただ軋ませる(「もう痛くない、まだ帰れない」より) まひるまの月は封緘 まぼろしのあなたの指の離れゆく見ゆ(「フェイクファー」より) ずっと遠くに雨の止まない国があり濡れながら空をゆく熱気球(「声よ、飛んでいるか」より) 高いところや遠くにあるものへのまなざしの歌が多い印象

          笠木拓『はるかカーテンコールまで』

          西村曜『コンビニに生まれかわってしまっても』

          新鋭短歌シリーズから、西村曜さんの『コンビニに生まれかわってしまっても』を読みました。 大会が終われば無職だと聞いて水球選手に親しみが湧く (「毎日がサタデイ」より) 独り身のバイト帰りの自転車の俺を花火がどぱぱと笑う (「背景」より) 求人の「三十歳まで」の文字がおのれの寿命のようにも読める (同) 無職の人に親しみが湧いたり、花火にすら笑われている気がしたり、求人の年齢制限に寿命を言い渡される感じがしたり。社会を生き抜くことの困難さや社会との距離感が多く詠われてい

          西村曜『コンビニに生まれかわってしまっても』

          初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』

          初谷むいさんの『花は泡、そこにいたって会いたいよ』を読みました。 人ひとりが生きていることの儚さと、やがては死んでいくこと。そしてそのなかで誰かを愛して何かを食べて眠ること。それら小さな営みの一つ一つがポップな文体で短歌の形になっているものが多い印象だった。 せつなさがこころの総てだったなら インクで汚れたあなたの右手 (「回遊宇宙葬」より) 「インクで汚れたあなたの右手」を見て、せつなさだけでは自分の感情をうまく表せないでいる、というように読んだ。 自らのなかには様

          初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』