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#実話怪談 伝承奇譚

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不定期更新している伝承奇譚をまとめてみました。 怖いというよりも、奇妙な話が多い実話怪談です
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記事一覧

#実話怪談 伝承奇譚「祝い風・悼み風」

 前回のシナトサマの話に続いて、山と風にまつわる奇譚をもう一つ。    ぼくにその話を詳しく語ってくれたのは、大石麻美子さんという五十代半ばの女性だ。ただし、大石さん自身が経験したことではなく、彼女がまだ中学生だったときに、祖母のフサさんから聞いた話とのことだ。  しかも、フサさんが十代の頃に経験したことだというから、戦前にまで遡るずっとずっと昔の話になる。つまりは何十年も前に起きた出来事の又聞きだ。  そういった事情があるため、判然としない部分もあるのだが、大石さんが聞い

#実話怪談 伝承奇譚「シナトサマ」

 今年でちょうど三十歳になる島崎拓真さんは、子供の頃に体験したことを語ってくれた。 「子供の頃って、小学生くらいのことですか?」  ぼくの問いに、島崎さんは「はい」頷く。 「小学四年生か五年生でした」  当時の島崎さんは小学校が夏休みや冬休みに入ると、よく彼の祖父の家に泊まりがけで遊びにいったそうだ。その祖父は五年前に亡くなったが、生前は○○県と△△県の県境、山間にある小さな集落に住んでいた。 「祖母は心臓に持病を抱えていたそうで、ぼくが生まれる前に亡くなっています。だから

#実話怪談 伝承奇譚「おん」

     1  もうすぐ六十歳になるという佐久間忠志さんは、山に登ることがちょくちょくあるそうだ。  佐久間さんが急に体力の衰えを感じはじめたのは、五十代の半ばになった頃からだった。自宅の階段をあがるだけでも、軽く息切れを起こすようになったのだ。そのうえ、ビールの飲み過ぎが祟ったらしく、腹もぽっこりと出てきてしまった。  さすがに運動不足を痛感した佐久間さんは、若い頃に楽しんでいた登山を再開した。一旦再開してみると思いのほか楽しく、月に一度は山に登るようになった。  遠

#実話怪談 伝承奇譚「橋」

 現在の久保憲司さんは三十代前半だが、当時はちょうど十歳だったという。  子供の頃の彼は山の麓にある小規模な村に住んでいた。村の詳細は久保さんの希望により伏せておくが、東北地方でも田舎とよばれる地域にある村とだけ記しておく。  村には歩行者用の木造橋が南北にふたつ並んでかかっていたそうだ。北側の橋は上ノ橋とよばれ、南側の橋は下ノ橋とよばれた。どちらの橋も塗装すら施されていない簡素な代物で、ゆるやかな弧を描いていた。  橋は稲田の横にある小道にかかっており、下を覗いても川な

#実話怪談 伝承奇譚「河の子供」

 ぼくと内村俊夫さんのつき合いはかれこれ十年になる。  内村さんが約四十年間勤めあげた会社を定年退職したのは去年の春だった。時間に余裕ができた内村さんは、いくつかの趣味を持つようになり、その中のひとつに旅行があった。主にひとり旅を楽しんでいるという。 「たまには妻といくこともあるんやけど、やっぱりひとりのほうが気楽でええかな」  そんなことを言ってはいるが、奥さんと仲はとても良好だ。  ぼくは奥さんとも面識があるのだが、お人好しすぎる内村さんとは違って、しっかり者という印象

#実話怪談 伝承奇譚「まえがき」

 しきたり、ならわし、信仰、習俗、歴史――。  その土地に古くから根ざしてきた風土や文化。それらにまつわる奇妙な話が累々と存在する。  日本はまさに奇譚の宝庫である。 まえがき的なやつ 本作『伝承奇譚』は伝承にからだんだ奇譚集です(そのまま)。15年ほど前からちびちび蒐集してきた奇譚を、いくつか書こうと思っています。怖い話というよりも、奇妙な話が多いので、怪談ではなく奇譚です。  基本的には一話完結の短編or掌編です。一話目から順番に読んでもらっても構いませんし、気になっ