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コロナ禍で気付いた銭湯の変わらない良さ。小杉湯の「こころをくばる」場づくりについて

最近、小杉湯の浴室の鏡の横に貼られている「こころくばり」というポップ。3月13日、マスクの着用が個人の任意となったタイミングで、これまで貼っていた私語厳禁に関するポップを切り替えました。

コロナ禍で掲示した「私語厳禁」の案内
3月13日に浴室に掲示した「こころくばり」のお願い
3月13日に店内に掲示した「こころくばり」ポスター

コロナ禍に突入してから、早3年。賑わう待合室、子どもたちの歓声、湯に浸かりながらのおしゃべり。当たり前だった風景が消え、これからの小杉湯はどうなるのかと、不安になった日もありました。それでも、今日まで営業を続けることができたのは、支えてくださったみなさまのおかげです。本当にありがとうございます。

感染防止対策が強いられるコロナ禍は、一見、湯につかりながらのお客さん同士のおしゃべりを「奪った」とみてとれるかもしれません。しかし、小杉湯としてはそれが、『銭湯の変わらない良さ』に改めて気づく時間だったなと思ってるんです。

今日は、小杉湯として決めた「フリーマスク」以後のメッセージの背景、そして新たに掲示した「こころくばり」ポップが作成された経緯を、noteに書き記してみました。もしよかったら、最後まで読んでください。

インタビュアー|熊谷紗希


平松佑介(真ん中)と関根江里子(左)、デザイナーの神岡真拓(右)
に話を伺いました。

なにも話さない時間も、いいものです。

小杉湯では、2021年2月に、「なにも話さない時間も、いいものです」というタイトルでステートメントを掲示しました。

佑介)「僕自身、銭湯で生まれ育って、もう40年以上小杉湯でお風呂に入ってるんだけど、コロナ禍の風景は物凄く印象的だったんだ。

マスクをしていない浴室でお話しすることができないから、自然と静かな空間になる。湯の音やバイブラの音、桶の音などが響くようになる。

その風景が、ずっと感じていた『銭湯の変わらない良さ』そのものだったんだ。」

佑介)「小杉湯を三代目として継いでから6年。銭湯の良さはなんだろうってずっと考えていて。その中でも、銭湯ぐらしの加藤が言っている、銭湯は『サイレントコミュニケーション』という定義がすごく好きなんだよね。

銭湯は一人でも来れて、一人でも居れる場所。コミュニケーションが直接の目的ではなく、気持ちよくお風呂に入ることが目的な場所。でも銭湯に来ると、知っている顔の人がいたり、目を合わせる人が生まれたり、会釈をしたり、挨拶をしたり、湯船や席を譲り合ったりすることが、自然と生まれている場所。

直接的な会話は少ないけれど、サイレントコミュニケーションによって、人と人との繋がり、場と人との繋がりが感じられる場所。だから銭湯は心地いいんだよなって思ってた。誰かと話すだけじゃなくて、自分との対話をする場所だし、誰かとの会話を楽しむ場所だけじゃなくて、環境の音を楽しむ場所と言えるのかなって。

コロナ禍を通じて出会った静かな浴室は、銭湯の数多の魅力が強調された風景だったから、すごくハッとした。僕が見続けてきた40年以上という時間の中でも、本当に印象的な風景だった。」

佑介)「『静けさもいいものです』って心から思ったんだ。だから、お客さんにも、『喋らないでください』って伝えるんじゃなくて、『静かな小杉湯も、とってもいいんですよ』って言いたかった。その思いを込めて作ったのが、このステートメントだね。」

ー「もう、元には戻れないかもしれない。」から始まる、世の不安な声を代弁しているかのような一文。しかし最後には「今の小杉湯は、静けさも自慢です。湯の息づかいを、どうぞおたのしみください。」と前を向く。コロナ禍の小杉湯は、銭湯の魅力により浸れる環境だと、胸を張って言えるから。

戻りつつある風景に対する、小杉湯なりの答えを示そう

コロナの脅威も落ち着き、2023年を迎えるころには小杉湯にもお客さんが戻ってきた。旅行者や友人グループが増え、お風呂の中での会話が聞こえるようになり、少しずつ「私語厳禁」の風潮は影を潜めていった。

えりこ)「2023年になってからは人流が回復しつつあって、グループで小杉湯に来てくれる人が増えたんだよね。世の中では、旅行に行く人も増えたし、野外イベントの開催も復活してきた時期だったから、『なんとなく、そろそろ喋ってもいいんじゃないか』という雰囲気が漂ってた。だから、浴室で話している人を見つけた時、スタッフは『私語厳禁でお願いします』って声をかけていたんだけど、『少しなら話していいのか?緊急事態宣言下同様に、全く話しちゃいけないのか?』がとても難しくて。注意される方も、注意する方もお互いにストレスになりつつあったんだよね。そろそろ『なにも話さない時間も、いいものです』で出したメッセージの方針や言葉尻を変えないといけないなと思い始めたんだ。」

まひろ) 「『私語厳禁』は効果はあるけど、同時にちょっとした圧もあるので、気持ちのいい言葉ではないなと思っていた。3月13日からマスクの着用が個人の判断に任されることになるってニュースで発表されて、佑介さんとは『小杉湯が思う、"銭湯の変わらない良さ"を伝える言葉に変えられないかね』と話してたんだ。」

佑介)「銭湯ってお湯をシェアして、番台でお会計をして、あとはセルフサービスなオペレーションだと思っていて。人と人とのコミュニケーション設計の手前に、場所と人とのコミュニケーション設計がとても大事だと思っている。場所と人との関係性を感じられることが銭湯の良さなんだよね。

いつも小杉湯の場所を俯瞰して捉えながら、環境のUI/UXをどうすれば高められるかってことを考えていて。小杉湯が毎日の目標としている「きれいで、清潔で、きもちのいい、お風呂を沸かす」ことが、環境のUI/UXとしては最も大切だし、その上でどこにどんなポップを貼るか、どこにゴミ箱を設置するか、どこに鏡を置くか、なんかも常に場所を観察しながらか考えている。

毎日、小杉湯の場所から生まれる風景を観察しながら、毎日ちょっとずつ改善してる。そうやって場所に込められていく愛情が、お客さんに届くと思ってやっているんだよね。

今回、コロナの情勢が変わりつつあるタイミングで、場所にどんなメッセージを込めるかは相当悩んだなあ。」

まひろ)「僕は当初、コロナ禍で出したメッセージのアンサーという位置づけでメッセージを発信しようと思ってた。だから、『しゃべっても大丈夫になったよ』という文脈に重きを置いて作成していたんだけど、7~8割くらい出来上がったタイミングで、佑介さんが『違うんじゃないか』って。」

えりこ)「ちゃぶ台返しだ(笑)」

佑介)「ちゃぶ台返しはごめんね。(笑)ただ、僕はずっと、この静けさも銭湯の魅力だって、伝えたいなと思ってたんだ。

銭湯って、ケの日のハレなんだよね。ケは日常、ハレは非日常だから「日常の中の非日常」っていう意味。日常の中の小さな幸せを感じられる時間こそが銭湯なんじゃないかなって。

一人で来るお客さんにとっても、友達と来ているお客さんにとっても、ちょっとした非日常体験で、ちょっとした幸せを感じられる環境は、周りを気にせずガヤガヤしている浴室よりも、それぞれが自分の気持ちいい体験を大切にしながら、周りをちょっと気遣って、自然と湯の音が聞こえてくるような浴室なんじゃないかなって思ったんだ。

だから、コロナ禍だからどうとか、コロナが明けるからどうとかではなく、どんな時も、小杉湯に来るみなさんが心地良く過ごせる場所が何かを考えた時に、この静けを維持することも一つの答えになるんじゃないかって。」


小杉湯が描きたい風景、気持ちのいい言葉、効力のあるメッセージ
―ああでもない、こうでもないとたくさんの議論を重ねて生まれたのが「こころくばり」であり、「なにも話さない時間が、やっぱり必要です」という文章だった。

佑介)「3月13日のマスク着用自由化に際して、厚生労働省が出した方針に「尊重と配慮」という言葉があるんだけど、それがすごく銭湯らしくて好きだったんだよね。」

マスクの着用は、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本となりました。本人の意思に反してマスクの着脱を強いることがないよう、ご配慮をお願いします。

えりこ)「決してルールがあるわけではなく、正解があるわけではない。だけど、みんながみんなの過ごし方を尊重して、配慮できる環境が作れたらすごくいいですよね。」

「ルールではなく思いを伝える」勇気と不安

小杉湯が考えるあり方を言葉にしてお客さんに届ける。それはとても難しいことだった。直接一人一人に話して、足りない部分を補足できるわけでもない。B2サイズのポスターに込めた思いだけでは、ちゃんと伝わるかどうかは分からないからだ。

まひろ) 「こころくばりを出すことへの不安はあった。浴室内での行動をお客さんにゆだねるということなので、お客さん次第で浴室の状況は大きく変わる。

だからこそ、ルールのような『指示』ではなく、思いを共有した。小杉湯からお客さんに対する一方通行なメッセージではなく、ポップを介して小杉湯とお客さんのお互いが『なんでなのか』考えて行動する、そんな双方向なメッセージにしたかったんだけど、そんな滑らかに伝わるのか不安だったし、変える勇気も必要だった。ちゃんと届くか、貼り出されている今でもドキドキしてる。」

2023年3月13日、まひろくんが作成した「こころくばり」のポップが浴室に貼り出された。

優しい色味とメッセージのポップは、小杉湯にずっと貼られていたんじゃないかと思うほどに、場に馴染んだ。
「こころくばりってどんな意味?」と聞くお子さんに、お母さんが説明している姿を見て、心がほっこりした。たった1枚新しいポップを貼り出すことで、また新しい風景が生まれた。風景に正解はないけれど、この風景は小杉湯が見たかった風景だ。考え抜いてよかったと、少しだけ自信がもてた。

えりこ) 「まひろくんが言ってくれたように『ルールにしない』は小杉湯のいいところ。銭湯は、日本人が得意とする『他の人への思いやり』が日常的に出る空間だと思うんだよね。浴室を出るときに周囲をきれいにしたり、他の人の邪魔にならないようにそっと湯に入ったりとか。だから小杉湯では『場所取り禁止』『髪染め禁止』などの強くて端的な問いかけではない方法を考えていきたい。日本人らしさを象徴するような言葉を盛り込んで発信したからこそ、こころくばりも受け入れられていくのかなって思う。」

佑介さん)「『こころくばり』を貼り出すことで、これからどんな風景が見られるのかは分からない。銭湯という環境は運営者と利用者の両方でつくるものだから。日々変化する中で、どんな環境が生まれると、みんなにとってきもちのいいお風呂が作れるのかを考え続け、短期的ではなくて長期的な視点で、常に俯瞰した視点も大切にしていきながら、小杉湯という場所のUI/UXの設計を試行錯誤し続けるしかないと思っているんだ。」


 「なにも話さない時間も、いいものです」には、「コロナ禍が何かを奪ったのではなく、銭湯の銭湯らしさを引き立たせてくれたんだ」と、やさしさに隠れた強いメッセージが込められていました。新しい小杉湯のあり方を考え抜いて生まれた「こころくばり」にもその視点は引き継がれています。「こころくばり」は、コロナ禍で再確認できた、「銭湯の新しい魅力」を守っていく決意とも言えるのかもしれません。

 お客さんに気持ちよいお風呂を楽しんでもらいたい、そのためにどうあるべきか、どうしていくべきかを考え抜いた思いを乗せた「こころくばり」のポップ。これからの小杉湯の風景のひとつとして、一緒に育てていけるとうれしいなと思っています。

ライター:熊谷紗希
編集:平松佑介、神岡真拓、関根江里子
写真:篠原豪太


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