たのしい記 #4


 改札で苦労した覚えがない。
 左利きなのに
 スープ掬うの苦労した覚えがない。
 普通に機会がないから覚えてない

 冬目掛けて奥に進むにつれ空気は冷たく香る。鼻の中が哀愁で満ちる。ここから暫くはずっとこうだ。空しく楽しく苦く心地よい。これとか偶に見かけたショウリョウバッタとか、シャープな魂らが私を削ってくれる。その度剛くなるのだ。

 七時。数字上では曇りにされてしまいそうな朝の空気は私の気張り切った眼を、ぽっかと温めてくれた。ハリの無い緑も綺麗ね。

 電車などに乗る時イヤホンをつけたくない。昔はじめてつけてみた時のあの特別感を喪いたくないからだ。日常にしてはいけないからだ。
 音楽は身近であってほしくない、と言えば語弊があるが、馴れ合い過ぎても良くないと思う。私にとって音楽は師であり夢であり人生の半分である。なんだその程度かと思うかもしれないが、その割合をいつかカンストさせてやるんだという気概だ。今は未だ時間が無いだけだと言い自ら言い訳じみらせに行く。
 音楽は私に無知を覚えさせる。私は私がなんにも知らないことを知る。ここで別に産婆術とサンバは掛けてない。
ソクラテスは多分いいおっちゃんだ。

 とにかく私は知らない。レモンスカッシュみたいに黄色い空も知らない。失恋等レンアイも知らない。しにたいも知らない。こんなに狭い世界で満足しているのに大海なぞ知ってしまったら私は、どうなってしまうのだろう。逆に大海を知る御方にこの狭く愉快な井の中を紹介したら、どうしてしまうのだろう。時代遅れだと廃すのか、歴史資料だと保護するのか。このような生ものを。


 弱さを見せるのは怖い。でも、憧れのあのひとが同じ弱さを持っていると思うと堪らない感情となる。もしかすると、自分の弱さも誰かにとっては堪らないのかと思うけど、憧れられるようなことはしていなかった。弱い。怖い。


 私と人との間の壁に、もたれ掛かって物思う。

 じきに微睡む。目覚めれば大地が広がる。

 振り向かず踏みしめ続ける


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