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大鰐

何年前のことだっただろう。

自転車で東北を数日間回った、帰りのこと。

自分は北海道に帰るために、列車で青森へ向かっていた。

どんなルートだったのか、どこから乗ったのか、よく覚えていない。
でも、途中で数分停車したその駅のことだけは、その後も強く印象に残り続けてきた。

駅名には「温泉」が付いていた。

温泉街なんだ
いいな
いつか来てみたいな
輪行して
駅前に降り立ってみたいな

そう思った。

停車していたその時間は太陽の光が柔らかくなり、時空が歪んで人々の動きはスローになり、空気がセピア色に変色した。

情緒。

車内の縁やホームの鉄柱さえからも、情緒という匂いが漂ってきそうだった。
情緒という名の空気を吸って、情緒という名の息を吐いた。
むせ返りそうになるぐらいであった。
改札から降りたかったが、その時はそれが許される状況ではなく、残念であった。

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