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S017/信頼する、の続き

前回の私の話の時に、信頼と信頼の交換、ということについて書いた。

ほんとは、なんでその話になったのかの理由エピソードがあったんだけど、書いてるうちにまぶたのシャッターがガラガラってなって、そのことが抜けちゃったのを思い出したから、今日はそこについてちゃんと書く。

支援の現場で時々耳にする言葉の一つに「くせになるから」がある。

これは、クライエントから難しい要求があったときや、支援者から見て「わがまま」と捉えられてしまうような言動があったとき。または、怠けやサボり、ずる休み、みたいに感じられる雰囲気のときに、しばしば用いられる言い回し。

例えば、外出する時間ではないときに、外に出たい!と大騒ぎ。
ここで要求をのんでしまったら、また次の時も同じようにしてもらおうとしてゴネるよ?くせになるからやめよう。

確かに、人間は学習するから、自分の働きかけが望む結果を生んだら、次も同じように行動すると思う。

でも、その「○○させないようにする」っていうのは一体何のためなんだろう。

例えば、外出する時間ではないときに、外に出たい!となってしまうのが、これから食事をするタイミングとか、天気が大荒れのときに外に出ると、全体の活動の流れが阻害されて、施設であれば対応する職員の数も足りなくなってしまうだろう。それは大変だと思う。

でも、訴えている本人とっては、とても妥当な理由があるのかもしれない。
気持ちを落ち着かせるために、今はどうしても外に出て、お気に入りの何かを見て来なければならないのかもしれない。
納得して帰ってきたら、案外、この押し問答している時間よりも早く、活動に戻れるかもしれない、なんて可能性は、無きにしも非ず。(ほんと無責任なんだけど)

わたしは、クライエントが何か訴えているときに、その理由を知りたい。

昔々、自閉症のあるお子さんの相手をしているときに、部屋にいられず庭に飛び出した子を追いかけて、しばらく砂場にいたことがある。砂場に座り込んで、自分の手足に砂をかけ、しまいに頭にも砂を乗せて、手でわしゃわしゃと飛ばしていた。その動作を繰り返して、ちょっと落ち着いて自分から部屋に戻った。靴の中は注げるくらいの砂が溜まっていて、体中真っ白。シャワーを浴びたら、すっきりしたようだった。

そうか、そのとき、どうしても必要な刺激ってあるんだ。
でも、毎回毎回、それが欲しいとは限らない。
伝える言葉が少ない方の場合は、特に、特定の刺激で気持ちの穴埋をしたり、納得したいことがあるんだってことを、その子の行動から学んだ。

その時は、その子一人が外に出る、ということが許される環境ではあったのだけど、そうではないときに、その子を無理やりに閉じ込めておくことが、本当に支援になるのだろうか。

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