人間もどきなスライマーガール 1-4

コセン・ニンジャは大鎌でベンチを地面から持ち上げると、もどきに向かって飛ばしてきた。
「うわっ!」
もどきがとっさに体組織を液状化させると、ベンチはもどきの体を素通りして後方で転がった。
「情報通り、液状化の能力持ちか…」
コセン・ニンジャが言った。事前にもどきの事を調べ上げているような、確認じみた口調だ。
「いきなり何するのさ!危ないよ!」
「言っただろ、俺はお前の敵だ。もう戦いは始まってるんだぜ」
「戦う理由なんてないでしょ!」
「あるさ。俺は金で雇われた。お前を処分するためにな!」
コセン・ニンジャが大鎌を投げた。地面を削りながら回転する大鎌がもどきに迫る。
「だったら、もう手加減しないからね!」
もどきは左腕の体組織を触手のように変形させると、迫りくる大鎌を掴み、コセン・ニンジャに投げ返す。
もどきが大鎌に対応している隙に距離を詰めていたコセン・ニンジャは、大鎌を掴んで背中に背負うと、腰のカタナを振り抜いた。
渾身の居合斬りである。空中に赤い軌跡を描く斬撃を、もどきは後ろに下がりながら触手の腕で受ける。
その瞬間、黒い煙を上げながらもどきの触手が地面に落ちた。宿主を失った触手は、しばらく地面の上で跳ね回ると、ただの水たまりに変わった。
「あれ?なんで元に戻らないの!?」
もどきは斬られた触手を振りながら、困惑の声を上げた。
もどきは液体生物である。たとえ四肢を失っても、即座に再生することができる。
だが、もどきがいくら意識を集中しても、なぜか触手の断面より先を再生することができない。
「なんで!?どうして!?」
「俺のカタナはプラズマを帯びている。これでお前の組織を焼き切った」
見れば、コセン・ニンジャの持つカタナが赤い光に包まれている。
5000度を超えるプラズマを纏う刀身が、もどきの体組織を焼き切り、その熱で細胞を壊死させたのだ。
「そんな危ないものを振り回さないでよ!」
もどきは右手の親指と人差し指を伸ばして拳銃を作ると、コセン・ニンジャに狙いを定め、自らの体組織を撃ち込む。
極限まで硬質化させた体組織の弾丸を撃ち出す、もどきの得意技だ。車のフレームを貫通する威力を持っている。
だが、コセン・ニンジャはカタナを振るって、弾丸を斬り落とした。
あっさりと得意技を破られたもどきは唖然とした。
「げっ…人間じゃない!」
「言わなかったか?俺もお前と同じ、生物兵器だ。出生元は違うがな」
コセン・ニンジャは、恐るべきプラズマのカタナを構えながら、もどきに歩み寄る。
「覚悟はできたか?」


もどきは後ろを見た。道路までそう遠くない。もしかしたら、走って逃げれば逃げ切れるかもしれない。
だが、逃げてどうする?逃げたらこの刺客は必ず追いかけてくるだろう。もどきの住処であるシズクの家まで。
そしたら、シズクに危険が及ぶ。シズクが殺されてしまう。それだけは絶対に嫌だ。これ以上、私の暮らしを邪魔させてなるものか。
「だったら、ここで倒すしかない!」
もどきは自らの触手を引きちぎって、新しい左腕を再生した。
コセン・ニンジャはもどきの雰囲気がはっきりと変わったのを感じ取った。
鋭い刃のような、戦士の覇気がもどきを覆っていた。
「面白い!どこまでやれるか見せてもらうぞ!」
コセン・ニンジャがもどきに斬りかかる。もどきは自身の体組織からプロペラじみた両刃剣を作り出すと、それを振るってカタナを弾いた。
両刃剣は欠けはしたが、焼き切られることはなかった。コセン・ニンジャは驚愕した。
「なっ!?プラズマで斬れないだと!」
「もどきブレードを舐めないでよ。私の限界まで硬くしてるんだからさ!」
もどきは欠けた両刃剣を再生させながら、コセン・ニンジャに斬りかかる。所詮は素人の太刀筋と、カタナで受けようとしたとき、コセン・ニンジャの第六感が電流のように背筋を這い上った。
コセン・ニンジャはカタナを地面に捨てて両腕の手甲をクロスさせ、もどきの両刃剣を受けた。そして銃声のような炸裂音。
コセン・ニンジャは吹っ飛び、地面を転がった。
すぐに起き上がって手甲を見ると、細かい粒状の痕がついていた。もどきの剣に付いていた体組織が、振るわれると共にショットガンのように発射されたのだ。
カタナで受けていれば、まともに顔に食らって死んでいたであろう。
もどきはコセン・ニンジャに向かって歩いてくる。狩る者と狩られる者。つい先ほどと立場が逆転していた。
「くそっ、戦闘経験の少ない個体だと油断していた…」
コセン・ニンジャは心の中で自戒しながら、大鎌を構えてもどきを見据えた。右手に持った青色のもどきブレード。
あの剣とまともに斬りあうのはまずい。今は幸運にも無傷で済んでいるが、今度は手足を持っていかれかねない。
そして何より、あの目だ。確実に敵を殺すという強い意志がある。純粋な殺気を孕んだ視線が、コセン・ニンジャの心臓を貫いていた。
「少し、無理するしかねえな」
もどきとコセン・ニンジャはにらみ合う。一瞬の静寂が公園を包んだ。
「もどき!」
その時、もどきの後ろから声が飛んだ。もどきが振り返ると、そこには登校したはずの水澤シズクの姿が公園の入り口にあった。
「シズク!来ちゃダメ!」
もどきの叫びと共に、二人の生物兵器は動いた。
もどきはシズクを守るために後方へ走り出し、コセン・ニンジャはもどきを追うように前方へ走り出す。
もどきがシズクの前に着いた瞬間、コセン・ニンジャはカタナを拾い上げ、もどきの喉元へ突き付けていた。
もどきはシズクの前で両手を広げ、シズクをかばう体勢になった。
「お願い、シズクは見逃して。シズクは関係ないから」
「シズク?水澤博士の娘の?」
コセン・ニンジャは死を覚悟した表情のもどきと、事態を把握できずに困惑の表情を浮かべるシズクを交互に見た。
それから、ため息と共にカタナを納刀した。
「ハァー…なんか納得いかねえ。そのうちまた来る」
そう言うと、コセン・ニンジャの身体は透明になり、もどき達の前から消えた。


「あー、死ぬかと思った」
もどきは脱力してその場に崩れ落ちた。シズクがとっさに肩を支える。
「もどき、大丈夫!?」
「うん、大丈夫。シズクは何でここにいるの?」
「朝からもどきが変だったから、気になって帰ってきたの。そしたらもどきが家にいなくて、探していたらここに着いて…それより、今の人は誰?何があったの?」
もどきはどう言うべきか悩んだ。この件にシズクを関わらせるのはあまりに危険すぎる。ごまかすしかない。
「いや、私の友達だよ。チャンバラで遊んでいただけで…」
「もどき」
シズクはもどきの肩を掴み、厳しい目でもどきを見た。目が合わさって、もどきは途端にばつが悪くなる。
シズクは懇願するように言った。
「全部話して、お願いだから。私の事を信じられない?」
「そ、そんなわけないよ!」
「じゃあ話して」
シズクの断固な態度に観念したもどきは、これまで起きたすべての事をシズクに話し始めた。

【第5話に続く】

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