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M29と呼ばれた男 第5話

新しい職場と、買ったばかりの靴はよく似ている。
つまりは、しばらくの間だけ違和感があるということだ。
それは404部隊においても例外ではない。
部屋の中央に案内された俺は、404部隊の面々に取り囲まれ、全員から自己紹介を受けた。といっても名前を言うだけの簡素な自己紹介だ。
しかめっ面の416、眠そうな顔で目をこするG11、軍人らしくない満面の笑顔のUMP9、裏が透けて見えるような意味ありげな笑みを浮かべるUMP45。
見ればわかる通り、全員が戦術人形だ。
その中で俺は唯一の人間であり、言わば孤立無援のアウトサイダーだ。
「それじゃ、新入り君。自己紹介よろしく」
UMP45が言った。俺はコードネームを名乗った。
「俺はM29。実戦経験は21年。以上、よろしく頼む」
「はいはーい!」
ブラウンのツインテール揺らしながら、元気に手を上げたのはUMP9だ。
「なんだ?」
「第三次世界大戦も経験したんだよね?どうだった?」
「第三次世界大戦…?」
第三次世界大戦。俺は地獄を思い出した。
高性能な電子機器がEMPで無効化され、はるか太古の水準まで引き下げられた戦場。
そこでは、白兵戦が主な戦いだった。小銃を振り回し、機銃の雨を抜けて塹壕から塹壕へと走る。
弾がなくなればナイフで刺し、食料の配給が滞ったら敵から奪うために無理にでも進軍する。
そんな日常を、戦災孤児になって傭兵に拾われた七歳の頃からずっと続けてきたのだ。
終戦間際には、核ミサイルがここに落ちてきませんようにと、毎晩寝る前に地べたに頭をこすりつけて祈ったものだ。
明日の朝、朝日が拝めるならなんだってします。俺の知らないうちに、この体が核の炎で燃え尽きるのだけは勘弁してください。
どうか神様、慈悲をお与えください。
どうか神様、神様、神様…
「ねえ、聞いてる!?」
UMP9の声が、俺を現実に引き戻した。
「ああ、すまない。何の話だったか?」
「第三次世界大戦!ほら、聞かせてよ!」
「悪いが、それはできない」
「なんで?私が生まれる前の戦いが知りたいの。少しでいいから!ね?」
「だめだ」
「いい加減にしなさい、9」
UMP9を止めたのは、意外にも416だった。
「誰にだって、話したくないことはあるわ」
「う、うん。じゃあ、話したくなるまで待つから。これからは家族なんだし!」
UMP9が俺の手を握りながら言った。
「家族?」
「気にしないで。同僚って意味よ」
UMP45が説明してくれた。中々に連帯感の強い部隊のようだ。
「あのさ…」
それまで会話に加わらなかったG11が、眠たげに声を上げた。
「終わりそうなら、ベッドで寝てもいい?」
気の抜けるようなその言葉で、歓迎会はお開きになった。

「さっきは助かった」
歓迎会が終わってすぐ、俺は416に礼を言った。
「別に、またそのマグナムを振り回されたくなかっただけよ」
416は愛銃のメンテナンスの手を止めない。
主に、サプレッサーの部品を点検しているようだった。
「もしかして、少し歪んだか?俺が持ったせいで」
「そうじゃないわ。ただ、どんな些細な故障も見逃したくないだけよ。そうじゃないと、奴らに追いつけない」
「AR部隊のことか?」
416に睨まれて、俺はそれを口に出したことを後悔した。
だが、416は激昂することもヒステリックになることも無く、ただ静かに言った。
「それについて聞きたいなら、あなたも第三次世界大戦での事を全部喋ってもらうから」
「俺の嫌な思い出を全部喋れと?」
「そう。対等な条件でしょ」
「なるほど。それなら、やめておく」
「それがいいわ」
人形にも人形なりの悩みがあるんだなと思いながら、俺は416から離れ、テレビの前の弾薬箱に座ってコントローラーを握るUMP姉妹に近づいた。
二人がプレイしているのは対戦型の格闘ゲームで、白い道着の男と赤い道着の男が殴り合っている。
ぼんやりと後ろから眺めていると、UMP9がコントローラーを差し出した。
「やってみる?」
「いや、俺はやったことがない」
「やってみなよ、教えてあげるから。M29なら45姉に勝てるかも!」
UMP9からコントローラーを受け取ると、UMP45の隣に座った。
「言っておくけど、初心者でも容赦しないからね」
「分かった。全力でかかってこい」
UMP45の言葉に頷きながら、俺は緑色のタンクトップの軍人のキャラクターを選択した。
しばらくの間、UMP9に操作方法を教わりながらコントローラーを操作しているうちに、なぜ自分はこの体になったのか、なぜ自分はこの部隊に配属されたのか、そしてこれからどんな任務に投入されるのか。
そういった様々な疑問について考えるのをやめて、ひたすらにテレビの中の軍人に必殺技を出させようと悪戦苦闘していた。
寝息を立てるG11と、愛銃から手を離さない416、ゲームの勝敗に一喜一憂するUMP姉妹。
それが、404部隊の日常なのだと俺は受け入れ始めていた。
新しく買った靴が足になじむように、その日常に自分がうまく入り込めればいいと俺は思った。
その日常が、今まで歩んできた人生に比べて、退屈なまでに穏やかだったとしても。
平和に慣れる努力はしておいた方がいいと、俺は感じた。

【第6話に続く】

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