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人間もどきなスライマーガール 2-3

「あれかな?」
倉庫の脇に停まっているワゴンと、その側に立つコセン・ニンジャを見て、もどきは呟いた。
海岸沿いに廃倉庫が並ぶ一角。コセン・ニンジャたちのワゴン車の隣に、もどきはバイクを停めた。
エンジンを切ってヘルメットを外すと、潮の香りがもどきの鼻を突いた。海を見るのは初めてだった。
水平線の彼方まで続く波打った海面に、日光が反射してキラキラと輝いている。
その景色にもどきは不思議な懐かしさを感じた。昔、どこかで見たことがある気がする。
心の底で眠っている記憶を揺さぶられる。そんな感覚が胸を突く。
「もどき?」
後部座席のシズクの声で、はっと意識を取り戻す。
「大丈夫?ここまで長かったし、運転で疲れたなら少し休む?」
「ううん、大丈夫。全然元気だから」
「センチメンタルになるのはいいが、作戦中にそうなるのはやめてくれよ」
コセン・ニンジャが忠告めいて言った。袖なしの身軽そうな紫色の戦闘服に身を包み、大鎌とカタナを装備して準備万端だ。
「作戦を説明するぞ。たろりん!」
「はいはい。まったく人使いが荒いなあ」
ワゴンのバックドアを開けて、タロリンが出てきた。
ワゴンの中は小さな作戦指令室のように、たくさんのコンピューターやガシェットが置かれている。

「それじゃ、作戦を説明するよ」
タロリンはワゴンの荷台に腰かけ、タブレットの画面をもどきとシズクに見せながら説明を始める。
タブレットにはもどき達が居る廃倉庫の地図が映っており、青く点滅している点をタロリンは指さした。
「いいかい?僕たちの今の場所はここだ。ここから徒歩で移動する」
次に、青点の場所から少し離れた位置の、赤く点滅している点に指を滑らす。
「500m先の、ここが目的地。ステッキ製薬の地下研究施設さ」
「地下研究施設?ここって倉庫の一つですよね?」
シズクの指摘に、タロリンは「分かってないなぁ」と言いたげな笑みを浮かべる。
「そこはあくまで入り口だよ。本命はその地下に隠された施設。そこにステッキ製薬の研究施設があるんだ」
「でも私たちが狙っているのは、ステッキ製薬の会長ですよね?なんで本社じゃなくて、そんな場所に?」
「ステッキ社の会長は生物兵器の開発に熱心だからね。週に五日は、地下施設に篭もって実験を繰り返してるみたいだよ。今日もその施設に居ることは確認済みさ」
もどきの頭に、ステッキ社の極秘資料の写真が浮かび上がる。あんなひどい実験をしているなんて許してはおけない。
「それじゃ、早く行ってその施設をぶっ壊そうよ!」
「待てよ。シズクをその格好で行かせるのか?」
コセン・ニンジャが制服姿のシズクを見て言った。
もどきやコセン・ニンジャのような生物兵器ならともかく、シズクはただの人間だ。流石に施設の中まで一緒というわけにはいかない。
「えっと、じゃあシズクはここで待っててくれる?」
「やだ、私もついていく」
シズクは首から下げたペンダントを握りしめた。その中にシズクの両親の写真が納まっていることを、もどきは知っていた。
「もう、誰も死んでほしくないから」
「身の程知らずって言葉、知ってるか?」
コセン・ニンジャが厳しい口調で言った。それからカタナを抜いて、シズクの鼻先に突き付ける。
「全部終わるまで、おねんねさせるってのもアリなんだぜ」
「ちょっと!シズクに何するの!?」
「静かにして!」
シズクの一喝で、もどきは驚いて口を閉じた。
「私は怖くありません」
「危ういな。120%死ぬぞ」
「だとしても、私の大切な家族が知らないところで死ぬのはもう嫌です」
シズクはコセン・ニンジャを真っすぐ見つめる。
「私も行きます」
生物兵器とただの高校生はしばらくにらみ合っていたが、やがてコセン・ニンジャがため息と共にカタナを下ろした。

「ハァー…タロリン、アレ。頼む」
「こうなるだろうと思って、あとは設定するだけの所まで準備してあるよ」
タロリンはワゴンの中から、アタッシュケースのようなものを持ってきた。
真っ黒な小さめのアタッシュケースだが、どこにも留め金がなく容易に開封できないようになっている。
タロリンはそれをコードでパソコンに繋ぐと、キーボードを叩きながらシズクを見た。
「いくつか質問するよ。だいたいでいいから。あとはコンピュータが修正してくれる」
「は、はい」
「身長と体重は?」
「えっと、身長が…」
タロリンは次々と質問をして、シズクの答えを入力していく。
一通りの入力を終えると、たろりんは最後に聞いた。
「得意な武術とかある?」
「合気道を少し」
「アイキドー?ああ、ジュージツね。…っと、これで完了」
タロリンはアタッシュケースの接続を切って、シズクに渡した。
「それじゃ、それを持って『装着!』って叫んで」
「え?」
「『装着!』だよ。仮面ライダー見たことない?」
「見た事ありますけど、でも…」
シズクは躊躇いがちに周りを見る。不思議そうな表情のもどきと、急かすようにこちらを睨むコセン・ニンジャ。
「ほら、早く」
「わ、分かりました。装着!」
シズクは、アタッシュケースを前に突き出しながら叫んだ。
その瞬間。シズクの体が光で包まれ、もどきは目がくらんで少しの間目を閉じた。
そして次にシズクを見た時、その姿はまるっきり変わっていた。
全身を覆う黒いインナーの上から、鎧のような装甲を身に着けたような装備だった。
装甲はオレンジに塗装されており、それが全身を覆っている姿は、アニメの変身ヒーローみたいだ。
違うのは、少し肌が出過ぎている所だろうか。特にスパッツから出た太ももは丸出しだ。
「よし、成功だ!さすが僕!」
タロリンがガッツポーズした。シズクは顔を赤らめながら質問する。
「こ、これ何ですか?すごく恥ずかしいような…」
「ローゼン社の最新鋭の強化兵装だよ。コセン君が工場から奪い取った試作品を僕がちょいちょいと改造したんだ。いいでしょ?」
「どういう仕組みなんですか?」
タロリンは得意げな顔で語り始める。
「装備者の魔力を活性化させて身体能力を向上させる戦闘スーツで、魔法工学に基づいた堅牢かつ安定性のある設計を…」
「ち、ちょっと待ってください!魔法!?魔法ってなんです!?」
「科学では説明できない技術の総称ってところだな。タロリンは魔法技術の研究者でもあるんだ」
コセン・ニンジャが口を挟んだ。
「でも、魔法なんて存在するはずが…」
「お前、もどきが純粋な科学から生まれたと思っているのか?カタナや大鎌を振り回すガキや、その摩訶不思議な戦闘スーツも?」
「それは…」
「まあ、魔法技術は一部の大企業で極秘に独占されているし、知らないのも無理はないよ」
タロリンはそう言って、シズクへの説明を再開する。
「スーツに搭載されてる機能は、頭の中で念じればスーツが脳波を読み取って自動で発動するから。試しに変身解除って念じてみて」
「は、はい!」
シズクが目を閉じるとその身体が光に包まれ、元の制服姿のシズクに戻った。黒いアタッシュケースはシズクの手に握られている。
「まあ、こんな感じだね。あとは実戦で慣れていけばいいよ」
「はい、わかりました…」
シズクは不安そうにアタッシュケースを見る。
その肩に、もどきは手を乗せた。振り返るシズクに満面の笑みを向ける。
「大丈夫だよ。いざとなったら、私もシズクの事を守るから!ね?」
「もどき…うん。私、頑張るから」
「話が終わったなら、行くぞ」
コセン・ニンジャは指をポキポキとと鳴らす。
「タロリン。バックアップ頼むぞ。特にシズクを気にかけてやってくれ」
「了解。ドジらないでよ」
「そっちもな」
タロリンがワゴンに乗り込むと、三人は倉庫の影を縫って走り出す。
目指すはステッキ製薬の地下施設。もどきの心は、非道な生物実験への怒りに燃えていた。

【続く】

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