見出し画像

人間もどきなスライマーガール 1-3

「起きなよ、もどき!」
もどきは、階下からのシズクの声で目を覚ました。
その体はまさに、ベッドの上に鎮座する一塊のスライムであった。
休眠状態などの意識が無いときは、人の形をとる前の姿に戻ってしまうためだ。
スライムの塊は寝ぼけたようにベッドからずり落ちると、ぐねぐねと表面を波立たせながら、制服姿の少女の形に変形した。
「ふう…はいはい、今行くよー!」
シズクの声に答えると、もどきは部屋を出て、階段を降り、リビングに入った。
リビングでは、高校の制服に着替えたシズクが、テーブルに着いてチーズを乗せたトーストを食べている。
水澤シズクはもどきの親友の少女だ。行くあてのないもどきをここに住まわせてくれている恩人であり、今では姉妹のように仲がいい。
もどきにとって大切な人だ。
「おはよう、もどき」
「おはよ、シズク」
挨拶を交わしながらテーブルにつく。
もどきの朝食は、シズクが用意してくれていた。
ベーコンをたっぷり乗せたトーストが五枚。皿に盛られてテーブルの上にある。
焼けた肉の香ばしさに、もどきは笑いながら手を合わせた。
「いただきます!」
「はい、召し上がれ」
もどきはトーストにかぶりついた。ベーコンの肉汁が口いっぱいに広がって幸せな気分になる。
もどきがトーストを頬張っていると、シズクが心配そうな表情で聞いてきた。
「あのさ、昨日は帰りが遅かったけど何かあったの?」
「ん?別に?ただゴースト女と話し込んでただけだよ」
もどきは何気ない素振りで答える。
昨晩のバイクチェイスや、ゴースト女の推理はシズクに話したくなかった。
妙な推測でシズクを心配させるのは申し訳ないし、何よりあの程度の刺客になら負けることはないともどきは考えていた。
「そう?だったらいいんだけど」
「シズクは心配しすぎだよ。私だってもう子供じゃないんだからね」
もどきは笑いながら回想する。
シズクの家に来た頃、もどきは記憶を全て失い、言葉すらろくに話せない幼子のような状態であった。
シズクの教えもあって今はこうして社会に溶け込めているが、シズクにとってはまだまだ心配なのだろう。
「まあ、友達と遊ぶのはいいけど、変な事件とか巻き込まれないようにね」
「わかってるよ。シズクは何も気にしなくて…」
と言いかけた時、もどきは目を見開くと背筋をピンと伸ばした。背筋が凍るような感覚。
窓の外から、強烈な殺気がもどきの身体を貫いていた。
「ん?もどき、どうかしたの?」
「い、いや大丈夫だよ。パンが喉につまっただけ」
「そう?じゃあ、あたしは学校に行くから。食べ終わったらお皿は片付けてね」
シズクはテーブルから立つと、鞄を持って玄関に向かう。
「いってらっしゃい!変な人に気をつけてね!」
「分かってる。もどきも、変な人が来ても玄関を開けないようにね」
「はいはーい!」
シズクが玄関から出て行った後、もどきはベーコントーストを食べながら窓の外を見た。
朝日が道路を照らし、通学路を歩く学生の姿が見える。
しかし、もどきは平穏な日常の中に潜む、刺客の気配を確実に捉えていた。
「…よし、行こう」
もどきは最後のトーストを飲み込み、シズクの言いつけ通りに皿を片付けると、学生がいなくなった頃合いを見て玄関から出た。

この時間に外に出るのは初めてだ。
人気の無くなった道路を歩きながら、もどきは思った。
普段、外出するときは真夜中であり、こんな朝早くから外に出るのは人間ではない自分にとって、あまりに危険だと思っていた。
今では色合いまで完全に人間に化けることができるが、少し前までは形は人型でも、色は青色一色でしか化けることはできなかったからだ。
今なら、全身が少し水で濡れている学生くらいにしか見られないだろう。そう考えて、もどきは外に出た。
朝の陽ざしを浴びながらの散歩は新鮮だった。暖かい光を感じて、もどきははしゃぐように道を歩く。
少し歩くと公園があった。夕方になると学校終わりの子供たちが遊んでいるのだろうが、今はベンチに座る一人の少女しか人はいない。
その時、もどきはまた目を見開き、背筋をピンと伸ばした。
ナイフで刺されるような、強烈な殺気を公園の中から感じた。
殺気は、ベンチに座る少女から発せられていた。もどきは少女に近づく。
青紫色のTシャツと半ズボンを着て、黒髪を二つに分けた少女が、ドーナツを食べながらその欠片を小鳥たちに投げ与えていた。
「チッチッチ。よーし食え食え。ドーナツの味が分かるとは、鳥にしては中々だ」
「あのさ」
もどきが声をかけると、小鳥たちは散るように飛んで行ってしまった。
「あーあ、せっかく食わせてやっていたのに。まあいいか」
少女はドーナツを食べきると、もどきの方に顔を向けた。
よく見ると、少女とも少年ともつかない不思議な顔をしている。
「それで、何の用だ?」
「それはこっちが聞きたいんだけど。あんなに分かりやすく殺気を飛ばしてくるなんてさ」
「一つ良いことを教えてやる」
少女はドーナツの欠片が付いたズボンを、手で払いながら立ち上がった。
身長はもどきの肩ほどだろうか。かなり小さく見える。
「生物兵器にはある能力がある。敵が放つ殺気を察知して、位置を特定する能力だ」
「それが何なの?」
「ここまで来たって事は、オマエにもその能力があるってこと、つまりお前も生物兵器ってことだ。なあ、水澤博士の実験体」
水澤博士、その言葉を聞いたもどきは動揺した。水澤…シズクと何か関係があるのか?
「あんたは、何者なの?」
「今から斬る相手に名乗るか、まあいい」
少女は、鋭い眼光でもどきを見ながら名乗った。
「俺はコセン・ニンジャだ」
「私はもどき。それで、私を斬るってどういうこと?」
「こういうことだ」
コセン・ニンジャの周囲にバチバチとスパークが走る。もどきは殺気を感じて後ろに下がり、身構えた。
もどきの生物兵器としての感覚が、コセン・ニンジャは危険だと信号を発していた。
スパークが消えた。コセン・ニンジャは、大鎌を背負い、腰のベルトにカタナを差していた。
「ステルス機能だ。街中じゃ、この装備は目立つからな」
そう言うと、コセン・ニンジャは大鎌を構えた。
「それじゃ、ハンティング開始と行こうか」

【あるはざのチェックが終われば、4話に続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?