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人間もどきなスライマーガール 2-4

「どう?うまく侵入できた?」
もどきが付けているヘッドホンからタロリンの声がした。作戦前に貰ったもので、シズクやコセン・ニンジャも付けている。
「大丈夫。見張りを倒してエレベーターに乗るところ」
もどきは、倉庫の中央に山積みになったステッキ社の私兵部隊を見て答える。
赤黒の装甲に身を包んだ特殊部隊といった外見だが、その中身は電子機器と配線が詰まったロボットだ。
「生身の人間に、会社の極秘情報を守らせるわけがねえだろ」
とはコセン・ニンジャの弁だ。
コセン・ニンジャの大鎌やもどきソード、それに戦闘スーツで強化されたシズクの合気道で、ほとんどの機体はバラバラに破壊されている。
この程度の敵なら、苦戦するまでもない。
「よし、開いた。行くぞ」
コセン・ニンジャが操作盤コネクタからコードを引き抜くと、エレベーターの扉が開いた。
三人がエレベーターに入ると、気の利いた執事のように扉が自動で閉じて降下し始める。
「それで、この先はどうするんですか?」
戦闘スーツのグローブの位置を神経質に調節しながら、シズクが聞いた。
「あ?あとは突入して親玉を倒すだけだろ」
コセン・ニンジャが、当然というように答える。
「作戦とかないんですか?」
「あるわけねえだろ。地下研究所の内部情報は完璧に抹消されてたから、中がどうなってるのかも分からねえ。罠があっても踏み潰して進むしかねえぞ」
「とにかく突っ込んで、倒す!簡単でいいね!」
もどきは嬉しそうに言った。作戦なんてまどろっこしい物を考えていると、反応が鈍くなる気がするからだ。

エレベーターが止まった。身構えながら外に出ると、そこは壁にモニターが付いた小さな部屋だった。
エレベーターを出て左側に扉が一つ付いているが、鍵がかかっていて開かない。
「鍵がかかってますね。どうしますか?」
「待ってろ。タロリンにハッキングを――」
コセン・ニンジャがヘッドホンに手を置こうとした時、モニターの電源が勝手に点いた。
「やあ、諸君。ステッキ社の地下研究所へようこそ!」
画面に映し出されたのは赤いスーツを着た男。顔を般若のお面で隠している。もどきはその姿に、異様な気味悪さを感じた。
「あなたは……誰?」
「君に会いたかったよ!実験体666号!君ほどに刺激的で、繊細で、大胆で、魅力的な生物兵器は他にない!君を愛している……早くデータを取らせてくれないか!」
「ひっ……」
もどきはモニターから後ずさった。この男の声は、頭の中でねっとりと蠢くような不快な響きがある。
「ちょっと!もどきに変なこと言わないで!」
シズクがモニターに叫んだ。
「おお、これはこれは。水澤研究員の一人娘じゃないか」
赤いスーツの男は言った。シズクは驚いて目を見開く。
「なんで知ってるの?」
「私は君のご両親の上司だったんだ。本当に、気の毒だったね。彼らはいい研究者だったよ」
赤スーツの男は、ゆっくりとした口調でシズクに語りかけた。
シズクは問いかけるような視線を、モニターに投げかけた。
「……なんで父さんと母さんは死んだの?会社の人に理由を聞いても、事故があったとしか教えてくれなかった」
「知りたいかい?実は、その実験体が関係してるんだ」
「もどきが?」
シズクはモニターに近づいた。その時、もどきの頭に嫌な予感が走った。
自分の失われた記憶の奥に隠された何かが、シズクを思う心と混じって、これまでにない拒否反応を引き起こしていた。
「シズク!だめ!聞いちゃだめ!」
「ほう、これは興味深い。隠しておきたいことがあるのかね?君たちは親友だろう?親友というのは心置きなく秘密を共有し合えるものじゃないのかい?」
「どういうこと!?父さんと母さんがもどきと関係があるの!?」
シズクは、胸の前で金色に光るペンダントを握りしめる。
両親との絆の証であり、唯一の繋がりを。
「知りたいのかい?本当に?」
「お願い、教えて!」
シズクを説得する時間も、そのための言葉も、もどきには無かった。
「だったら、自分の目で確かめるといい」
画面から赤スーツの男の姿が消えた。しかし、その事実がもどきを安心させることはなかった。
代わりに映し出されたのは部屋の一室だった。
薄暗い部屋で、二人の研究員が円筒形の培養ポッドの前で話している。
「父さん……母さん……?」
シズクがぽつりと呟く。
水色の液体に満ちた培養ポッドの中には、浅緑色の不定形な生物が寝息を立てるように収縮と膨張を繰り返している。
もどきの心に懐かしさの影がよぎった。間違いなく過去の自分自身だった。まだ知性の欠片もない赤ん坊の自分だった。
しばらく変化のない映像が続いた後、突然、研究員の片方が怯えたような足取りで培養ポッドから後ずさりし始めた。
映像に音は無かったが、何か異常な事が起きてるのは一目瞭然だった。
培養ポッドの中の生物が、不自然な速さで膨張と収縮を繰り返す。
急に起こされた赤ん坊が、火が付いたように泣き出す時のあれに似ていた。
あやしても、なだめても、怒鳴っても、どうにもならないあれの事だ。
不定形の生物は泣き声をわめき散らす代わりに、培養ポッドのガラス面にべとりと張り付いた。
二人の研究員は唯一の脱出口である扉に走るが、ロックされているのか扉のノブを掴んで揺さぶったり、両手でドアを叩くことしかできない。
培養ポッドの生物がガラス面を覆いつくすと、透明なガラスはでろでろの水あめのように溶解し、中の液体が不定形の生物もろとも外に流れ出した。
不定形の生物は、産まれたばかりの新生児のように床の上でもがいていたが、やがて培養ポッドから流れ出た液体を吸収して膨張し、一つの姿をとった。
まごうことなき、もどきの姿だった。
「嘘……でしょ……?」
シズクが呟く。
モニターの中のもどきは、両手を見つめ、次に身体のあちこちを物珍しそうに眺めると、逃げるために必死で扉と格闘する二人の研究員に目を向けた。
そして舌なめずり。子供が戸棚の奥に隠されたチョコレートを見つけたような表情。
浅緑色の生物兵器は、シズクの両親に歩み寄り……そこで映像は切れた。

悪夢のような犯行告発の後、しばらくは誰も声を出せなかった。
もどきも、シズクも、コセン・ニンジャも、無線の奥のタロリンも。
人生の長さに匹敵するような数十秒――少なくとも一分は経ってないはずだ――の後、もどきは無理をして笑顔を作り、声を絞り出した。
「ねえ、シズク……」
シズクはもどきから後ずさった。両親と同じ、目の前の存在に恐怖する者の動きだった。
「待って……話を聞いてよ……」
「来ないで!」
シズクは叫びながら、合気道を構えた。もどきの心の中で絶望と悲しみが混ざり、強力な酸になって心を蝕んだ。
「シズク……」
もどきの頬に涙が伝った。もはやどうにもならなかった。
シズクの顔は恐怖と困惑に満ちて、今にも泣きだしそうだった。
「――ッ!」
シズクは扉を開けて、逃げるように走り出した。いつの間にロックが解除されたのか、それを気にする余裕はもどきには無かった。
ただ、立ちつくす事しかできなかった。
「私が憎いかね?」
モニターに再び赤スーツの男の姿が映し出された。
般若面の奥の表情は読めないが、間違いなく笑っている。そんな口調だった。
「そのドアの先に私は居る。待っているよ、愛する実験――」
「うるせえ!」
コセン・ニンジャがモニターを殴り壊す。割れたモニターは、地面に落ちて床中にガラスの破片をばらまいた。
「シズクを追うぞ」
「でも……シズクの父さんと母さんを……私が……」
「もどき」
コセン・ニンジャはもどきの両肩を掴み、目を覗き込んだ。
「お前らが絶交しようが、俺はそんなの関係ねえ。でもな、この先にヤバい生物兵器がうようよしていて、シズクが殺されるかもしれねえ。お前はそれでいいのか?シズクが殺されていいのか?」
もどきは、首を横に振った。
「やだ……」
「だったら追うぞ。俺が、湿っぽいメロドラマ愛好家に見えるか?」
「……見えないよ」
もどきは少しだけ笑って言った。ほんの少しだが、元気が湧いてくる気がする。もどきは涙をぬぐった。
「うん、大丈夫。良くなった」
「だったらガキみたいに泣いてないで、さっさと行くぞ」
「行こう!」
もどきとコセン・ニンジャは扉を抜けて、シズクを追うために走り出した。

【続く】

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