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バビロン天使の詩を聴いてくれ

俺だ。コセン・ニンジャだ。時間がないから手短に語る。俺はニコニコでジャガーマンシリーズを漁っているとき、the pillowsのバビロン天使の詩を聴いた。ジャガーマンシリーズについては長くなるからまた今度だ。とにかく、初めて聞いたときに、俺は衝撃を受けた。手にしたオールドファッションを取り落とし、スマッホの液晶をオーラ力が貫通し、イントロから最後まで全部夢中になって聞いた。とにかくやばかった。どのくらいヤバいかをこれから説明するが、まだ聞いていないという人はインターネットを切断してCD屋に走れ。

まず、時期がヤバい。この曲が発表されたのは、2002年。すなわち15年前。俺がまだ小学生の頃で、鼻ミズ垂らしながら、道端の犬の糞を木の枝でいじっていた頃だ。俺が将来の夢をドラクエ3の戦士と心に決めていたころには、既にthe pillowsは10thアルバムを出して、この曲を演奏していた事になる。頭が変になりそうだ。とにかく、この曲は古いが全くそれを感じさせないロックが満ち満ちている。

次に歌詞がヤバい。『見なよ これが僕の翼なんだ まだマトモには飛べなくて 昨日バベルの塔に近づきすぎた』。この『僕』は、才能がまだ完成していない未熟な頃に、神に至れるほどの実力者を見てしまったのだ。あまりの実力差に心へし折られ、路地裏でバーボンをあおりながら貯金を切り崩す生活に追い込まれ、やがて死ぬ。そんな自分の未来すら描いてしまうほどの絶望だったに違いない。『指差した星にさえ 罠を仕掛けてる 一秒も気を抜けない 無法の荒野を行く』おそらく、『僕』はものすごくタフな男だ。自らが目指した憧れに、無情な罠が仕掛けられていることを知っている。つまり、その罠に一度かかってしまったに違いない。そして、その罠は爆発し、爆発は憧れと夢を粉々に破壊し、深い絶望が襲い、やがて路地裏でバーボンをあおり、貯金を切り崩す生活、そして死…そんな事になりかけながらも、『僕』はその両足で立ち、自らが目指す先を見据えている。これをタフガイと言わずになんというのか。他にもヤバい歌詞は沢山あるが、自分の目で見て、そして自分の解釈を見出してほしい。

PVがヤバい。巷では『邦楽で一番ダサいPV』と言われているらしい。俺はそうは思わない。少なくとも、地下駐車場で半裸の革ジャケット男たちがブレイクダンスするPVよりは好きだ。メッセージ性があり、素朴さがあり、何より楽しそうなのだ。この曲を演奏している間、メッセージを叫びながらも楽しそうに笑いながらギターを弾いているのが見えるくらいだ。最初に口を開けている顔は、まさしくこの曲のメッセージを叫んでいることを表し、厚かましい顔の太陽と羽根の生えた男は、まさしくイカロスの神話の体現だ。妙なリズムで走る男は、むしろ運命から「お前は一生空を飛べず、地べたを虫のように這いずるがよい」と定められたことに腹を立てて、叛逆のじだんだを踏んでいるように見える。地面から伸びる手は、諦めと堕落。炎を吐く悪魔は、路地裏でバーボンをあおる生活の象徴だ。蝙蝠と蝶と他は知らん。それらに負けず、じだんだを踏みながら、何度も何度も羽根を生やし、男は飛ぶのだ。まさにヤバいPVだ。

the pillowsは、1989年9月16日の結成以来、今に至るまでずっと『永遠のブレイク寸前』なんて言われたりして、不遇の時期を過ごしてきたロックバンドだ。だが、そんな世間の評価にも負けず、この曲を演奏したりして、高い評価を得て、ガイナックスのアニメ『フリクリ』にめちゃくちゃ楽曲提供したりした。まさに、『終わりだよって あきらめなって NONONO! 僕には聞こえない』なのだ。この曲のモデルの一つであるイカロスは、蝋の羽で飛び、太陽に近づきすぎて羽が溶けて、落ちて死んだ。大空に拒絶された男。その死は無駄だったのか。後世になって、その話を聞いたものがハングライダーで空をとび、その話を聞いたライト兄弟が飛行機を作り、人類は空を制した。その一歩を踏み出したイカロスの意思は確かに受け継がれていたのだ。ならば無駄ではない。人は生まれながらにして運命の奴隷なのかもしれない。だが、そんなのは関係ないのだ。周りが何と言おうが、自分の道を突き進むだけなのだ。『奴隷として生きるか、冒険者として死ぬか』そんな人生の意味を問うようなテーマが、バビロン天使の詩からひしひしと感じられるのだ。

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