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M29と呼ばれた男 第12話

ベットに寝転がって本を読んでいると、外からクラクションが聞こえてきた。
外に出てみると、寮舎の前にキャデラックが止まっていた。
屋根が取っ払われた四人乗りのスポーツカーだ。四角くて、ごつごつとした、前世紀的な車だ。
聞けば、この前の任務で襲撃した倉庫の地下室にあったものらしい。処分に困った本部がスクラップにして資源に変えようとしたところを買い取ったとか。
元々乗っていた装甲車は、点検のついでに本部に置いてきたということだった。
前の大戦以来、こうした娯楽的な車は道路から姿を消した。
そのほとんどが核で吹き飛んだからというのもあるが、世の中が深刻な状況にある中でキャデラックを乗り回そうという変わり者が出現しなかったせいだろう。
この前世紀の遺物が数十年もの間、板金にされて軍用トラックの一部になっていなかったのは奇跡的な事に違いない。
キャデラックの車体はところどころ塗装が剥げたりしているが、エンジンは元気そうに重々しい響きを撒き散らしている。
車体をアイスクリームのようにくりぬいてソファを並べた座席には、404部隊の4人が座っている。

運転席でハンドルを握るのはUMP45。助手席にUMP9、後部座席には寝ているG11と外をぼんやり眺めるHK416。
これから街に行くんだ。とUMP45は上機嫌に言った。そこで俺は、これから2日間の休暇があることを思い出す。
作戦後の事後報告(デブリーフィング)の時に一言言われただけだったから、頭から零れ落ちていた。
「街?」
「そう。ちょっと遠くの方に街があるの。一緒に行かない?」
ふと、UMP45の顔を見た。
休暇を前にした勤め人特有の、うずうずした笑顔がそこにあるだけで、それ以上は何もない。
前回の作戦で、敵中ど真ん中に突入させられてから、こいつの全ての言葉には何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。
「何?私の顔に何かついてる?」
「タダで乗せて行ってくれるなんて優しいじゃないか」
「じゃあ、決まりね」
UMP45は運転席から助手席に移動する。助手席に居たはずのUMP9はいつの間にか後部座席に移っていて、416とG11を合わせた3人で座席を分け合っている。
空いた運転席を見ていると、ニコニコと嬉しそうに笑顔を浮かべるUMP45が、
「よかった。だれが運転するかで揉めていたから、断られたらどうしようって思っちゃった」
と、運転席のシートをポンポンと叩いた。
「民主主義で決めないか?ジャンケンとかで」
「残念、ここはナチスドイツよ。総統は私」
それに、とUMP45は続ける。
「9(ナイン)から聞いたよ。お詫び、してくれるんだって?」
「ごめんね、つい話しちゃった」
UMP9が全く反省の色がない笑顔で手を合わせるのを見て、俺はため息で息を詰まらせそうになる。
今更ながらに、あの作業服の男を殺したことを後悔する。今ごろ朽ち果てた廃倉庫で腐り果てているであろう、あの男を。
俺が奴を殺したせいで敵の足取りがが途絶えた、と本部はおかんむりだったわけで、そのしわ寄せがこいつらに来たことを俺は知っている。報酬減額という形で。
もちろん、事前に情報をきちんと出さなかった本部も悪いが、俺が軽率に奴の大腿部の大動脈にナイフをぐっ刺したのも事実なわけで。
そのことに若干の後ろめたさを持っていたから、俺は肩をすくめてキャデラックの運転席に座った。
「ふて腐れないでよ、あとでアイス奢ってあげるからさ」
「そんなんじゃないさ」
アクセルを踏み込むと、キャデラックの重すぎるエンジン音が俺を元気づけてくれた。

北に約300Km。俺はキャデラックを走らせることになった。
その道程の大まかなところでハイウェイを使えるのは幸運だった。荒れ放題の下道でドライブなんて、戦術人形を満載した装甲車でもお断りだ。
ハイウェイは、整備されていないわりに綺麗だった。ひび割れがところどころにあったが、崩壊しているところはなく、不吉な振動もない事から道路を支えるコンクリート製の橋脚もしっかりとしているようだ。
「結局、あいつが使ったアレは何だったんだ?」
俺は、ぼんやりと運転しながら聞いた。
作業服の男がこちらに向けてきた、テレビのリモコンめいたガシェット。
まるでスイッチを切るように、404部隊を無力化したあの兵器。
「調査中、だってさ」
UMP45は呆れたように首を振った。
「あれから一週間。もう分かってるはずなのにね」
「現場に情報を回さないのは、今に始まったことじゃないわ」
話に入ってきたのは、ちょうど俺の真後ろに座るHK416だ。
顔を見なくても不機嫌だと分かる。
「あんなので制圧された気分が分からないのよ、クソ制服共は」
と言って、HK416は背もたれにドンドンと蹴りをかましてくる。
「おい、運転中だぞ」
「知らないわ。ああ、もう。思い出すだけで腹が立つ」
どうやら、素人同然の男にいとも簡単に制圧されたのが、プロとして気に食わないようだ。
そういえば、帰還した時に一番荒れていたのはHK416だった。重要な証拠品だと言って止めなければ、あのリモコンを射撃の的にしたに違いないし、
俺が殺したと言わなければ、会社を脱走してでもあの作業服の男の眉間に鉛玉を撃ち込んでいただろう。
作業服に包まれて安らかに朽ち果てたまえ、クソ野郎。
「416、うるさい」
横から抗議したのはG11だ。眠そうな顔を不機嫌そうに歪ませているのがバックミラー越しに見える。
不機嫌は伝染するという法則は、戦術人形でも変わらないらしい。
ふん、という416の声と共に、背もたれへの蹴りがやんだ。
それが、行き場のない感情に対する彼女の妥協点のようだった。

「ここで、一曲流そうか!」
そう言うな否や、UMP9は座席から身を乗り出して、シフトレバーのすぐ傍にある埋め込み型のカセットレコーダーを開けると、手に持っていたカセットを突っ込んだ。
ろくに話すことも無く、ハイウェイは地平線が見えるくらい先まで続いている。
キャデラックのエンジン音以外に、何か音が聞けるなら何でもいいという気分だった。
レコーダーから、キュルキュルキュルとテープが自動で巻かれる音がかすかに聞こえてくる。
「どこから持ってきた?」
「本部のオフィスからガメてきちゃった。誰のかは分からないかな」
俺はポケットの中にある財布を反射的に確認した。こいつらと行動するときは常に警戒していよう。
ステレオから吐き出された音楽は、古めかしいロックだった。
「Born in the USA……」
イントロを聞いて、思わず呟く。
ガキの頃に嫌というほど聞いた曲だ。
第三次世界大戦。俺が一日のドンパチを終えて野営地に戻ると、いつもどこかでそれが流れていた。
思わぬサプライズに、少し頬がほころぶ。
404部隊の面々を見ると、特別な反応をしている様子はなく、流れてくる曲を聞き流しているといった風だった。
それもそうだ。俺が塹壕の中で眠り、まずい缶詰を胃に押し込め、初期型の戦術人形と撃ち合っている時には、まだこいつらのコアの回路すらできていなかったのだから。
懐かしさなんて、感じようがないだろう。
キャデラックはハイウェイを走る。四体の人形と一人の人間を乗せて。古き遺産たるロックミュージックを撒き散らしながら。
左右の暴風壁のせいで、トンネルを走っている気分になる。
少し先に暴風壁が途切れている場所がある。あそこから景色でも見れば気分は晴れるだろうか。
山、森、海、なんならプレハブだらけの難民住宅の群れでも構わない。
とにかくこの閉塞感を何とかしたかった。
暴風壁のトンネルを抜けた。俺はハイウェイの下に広がる眺めを見た。
そこには死が広がっていた。

眼下には廃墟の海が広がっている。
ある日突然、巨人の足で踏み潰されたような破壊の跡だった。
巨人は、街を瓦礫の山に変え、人々を黒いシミに変えた後、この地に放射能のクソを垂れて行ったに違いない。
わかるとも。俺はその巨人の正体を知っていた。
「核か」
「そうね、ちょうど15年前」
UMP45の言う通りなら、第三次世界大戦初期といったところか。
ELIDの汚染が世界中を覆いつくした時、世界はついに前世紀から大切にしていた宝物を使おうと決めたようだった。
核ミサイルは抑止力の象徴ではなく、巨人の拳、もしくは大国殺しの槍として生まれ変わった。
環境汚染がなんだ、世界は既にELIDまみれじゃないか。ちょっぴり核を使ったところで何も変わりやしないさ!
核爆発、核爆発、核爆発。そして焼け野原になった世界で、各国の軍隊が殺し合いを始めた。

俺がまだガキで、地面を這いつくばってAKを振り回していた頃だ。
あの頃は毎日祈っていた。
地面を這いながら銃弾に当たらないように祈り、寝る前には核が頭上に降ってこないように祈った。
そして、戦術人形ども。
戦場で、すぐ隣の戦友が蜂の巣にされた時の事を思い出す。
あわてて地面に伏せて、死んだふりをした。
俺が地面に伏せているすぐ傍を、そいつは歩いていた。
足から垂れた配線が、俺の顔を撫でた。
胴でできた細いワイヤー、明らかに機械的なそれ。
俺のすぐ傍で、そいつの足が止まる。
必死に、身体の震えを押さえつける。何発か撃たれることを覚悟する。できない。撃たれるのは怖い。
そいつはしばらく立ち止まって俺に恐怖を与え続けた後、向きを変えて歩き去ろうとした。
殺すしかない。
転がって、そいつの背中めがけて拳銃を抜く。
そいつは振り返り、俺にアサルトライフルを向ける。
そいつの顔は……
「ねえ」
UMP45の顔と、そいつの顔が重なる。
「死にたいの?」
そんなはずはない。だから銃を向けている。
「だったら、きちんと前を見てよ」

現実に戻ると、UMP45が助手席から身を乗り出して、俺の顔を覗き込んでいた。
キャデラックは、危うく対向車線に突っ込む寸前だった。
俺はハンドルを緩やかに切って、キャデラックを元の車線に戻した。
「悪かった」
「寝不足?」
「いや、違う」
俺は、廃墟の海を眺めながら言った。
「昔の事を考えていた」

テープが巻き戻されて、ロックがリピートする。
「死人の街で産まれて」
黒く焼かれた瓦礫の山と、死の灰が舞う街。
「歩き始めた途端に蹴っ飛ばされ」
戦友は撃たれ、俺は地雷を踏んだ。
「最後は殴られた犬のようになる」
機械の身体で俺は殺し続けるのだろう。
「心を閉じて残りの人生を過ごす」
どうだろう、俺に心というものがあるのだろうか。
「Born in the USA」
真っ先に『世界の警察』を恨んでいた各国から狙われ、草一本生えない土地になった国。
「Born in the USA」
残念ながら、俺が産まれたのはそこじゃない。
隣町で爆発する核兵器、人形どもが銃をぶっ放し、死体や戦術人形の残骸がごみのように転がる場所。
もっとクソッたれな、地獄のハッピーセットのような場所だ。

「熱唱だったね。そんなに好きなの?」
UMP45が、からかうように聞いてきた。
「ああ、俺の一番のお気に入りだ」
少なくとも、その言葉に嘘はなかった。

【続く】

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