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M29と呼ばれた男 第8話

自律人形の義体になってから、初めての行軍だ。
針葉樹の森の中を、およそ30㎞。星と月がきれいな夜空の下、月明かりを避けて走り続ける。
暗視機能持ちの俺が先頭で、続いてUMP45、UMP9、G11、ケツ持ちはHK416だ。
義体は生身の時と違って決して疲れを吐くことも無く、いくら走り続けても息切れ一つ起こさない。
『兵士は走るのが仕事』というのは軍人の常識だが、これなら近いうちに自律人形に仕事を奪われてもおかしくない。ストライキ用のプラカードを準備しておこう。
時折、広い車道を渡るときや、見晴らしのいい場所に出た時に立ち止まり、暗視機能を使って辺りを警戒する。
研究所の射撃訓練を思い出しながら暗闇に目を凝らす。すると真っ暗闇の森の中が昼間のように明るくなり、あらゆるものが丸見えになる。
幸運なことに、倉庫にたどり着くまで敵の姿を見ることは無かった。
俺たちは倉庫のそばの木陰に身を隠して、様子を窺う。
「ボス、目的地に到着しやしたぜ」
「茶化さないで。敵は?」
「確認する」
UMP45の言う通りに、倉庫の周囲をくまなく見渡す。外に敵影はない。
こいつらにも手伝わせたいところ(G11なんか今にも眠りだしそうだ)だが、暗視機能を搭載しているのは俺だけだ。
ハンドガン以外の自律人形は、暗視機能分のメモリを、遠距離に対応した火器統制機能に使っているからだと研究所で博士に聞かされた。
その通りなら、敵が出てこない限りこいつらの出番は無いという事で、俺だけが働くってのは気に食わない。
出来れば、自律人形の一人か二人はぐらい出てきて欲しいと思いながら、倉庫をくまなく観察する。
写真で見るよりもボロボロに見える。二階建てのトタン倉庫は、外壁が赤さびて今にも剥がれ落ちそうだ。
窓ガラスは白く汚れきって、向こうに何があるか見ることもできない。放置されてから10年以上は経っているだろう。
残念ながら敵の姿は見当たらない。そうUMP45に報告しようとした時、一瞬だけ窓から光が漏れた。
「今の見たか?」
UMP45が頷く。
「ええ。あれが何かわかる?」
「警備の懐中電灯か、中の警備システムの明かりか。中に入らないと分からないな」
少なくとも銃撃戦は覚悟した方がよさそうだ、と俺は思った。
UMP45はしばらく考えると、部隊全員に振り返った。
「これから倉庫の中に突入するよ。交戦規定はいつも通りで」
俺以外の全員が頷く。
「いつも通りってなんだ?」
「見られたら撃て。シンプルでしょ」
「民間人がいたら?」
「できる限り撃たない。分かった?」
「了解。ひどい交戦規定だ」
「忘れてると思うけど」
UMP45は淡々と言った。
「私たちは存在せず、ここには誰もいない事になってる。目撃者がいたら消すのが普通でしょ?」
「わかった。迷子が紛れ込んでないことを祈ろう」
まったく、厄介な部隊に入ってしまったものだ。

倉庫の出入り口は一つだけだった。
裏口は鍵がかかっており、窓は全て閉まっている。
表の出入り口を見張っていると、数分に一回、自律人形が外に出ているのが分かった。おそらく巡回ルートに入っているのだろう。
自律人形は黒いポンチョとフードで身体を覆っており、機械的な動きで周囲を見回している。
「装備は?」とUMP45。
「ものすごく旧式のサブマシンガンだな。MP40に見える」
「どんな顔?こっちのと変わんない?」とUMP9。
こっちの、というのはIOP社製の自律人形の事だろうか。黒い制服姿だったことは覚えている。
「いや、はっきりと見えない」
「性能は?当然、私の方が上よね?」と416。
「すぐ終わって帰れそう?眠たい…」とG11。
矢継ぎ早の質問に頭を抱えたくなる。
「お前ら、俺の事を何でもスキャンマシンか何かと勘違いしてねえか?」
「え?違うの?」UMP9がとぼけた声で言う。
「違うに決まってるだろ。俺のはただの暗視機能で…」
「あんたは私たちのサーマルゴーグル代わりでしょ。知ってるわよそのくらい」416がそっけなく言う。いくら何でも、備品扱いされるのは腹が立つ。
「お前ら、いい加減にな…」
「はいはい、無駄口はそこまで。M29もカッカしない。みんなあなたの事を頼りにしてるって事だから」
UMP45がうまく収めた。いつもの胡散臭い笑顔だ。
自律人形が倉庫の中に戻った後、俺たちは入り口に固まって突入の準備をする。
「M29が先に侵入して。敵の位置を把握したら私たちに伝えて」というUMP45の命令通りに、俺が先頭で扉に張り付く。
扉はただの鉄板で、中の様子を見るには開けるしか方法がない。
鬼が出るか蛇が出るか。俺は暗視機能をONにすると、扉を開けて中に踏み込んだ。
その瞬間、ぱっと目の前が明るくなった。暗視機能にはきつい光量が目に飛び込んでくる。
目の前でストロボを焚かれたように、視界が真っ白になる。真上から降り注ぐ光で、倉庫内の電灯が点いたのだと分かった。
続いて銃声。足元のアスファルトが爆ぜる。背後からサプレッサーを通した銃声。突然、後ろの襟を掴まれて引っ張られて地面に倒される。引きずられる。
視界が元に戻ると、俺を見下ろす416とG11の顔があった。
どうやら二人がかりで外に引っ張り出してくれたようだ。
「怪我は?」416が聞く。
「いや、大丈夫だ。助かった」
「礼は45に言ってね。真っ先にカバーしてくれたんだよ」G11が言った。
UMP45とUMP9は、扉の傍の壁に張り付いて中をうかがっている。
倉庫の中は明るいままだが、銃声は止んでいた。
今は静かだが、中に踏み込めば吹き抜けの二階から銃弾の雨が降ってくるに違いない。
「一階には敵影無し。敵は二階で構えてる」
UMP9が無線越しで伝える。
上を取られた状態、しかも一つしかない狭い出入り口しか侵入路が無いなら、奴らが圧倒的に有利なのはガキでもわかる。
「どうするボス。退却するか?」
「ちょっと待って。今考えてるから」
UMP45は倉庫を見上げて、二階の窓の位置を確認すると、次にそこまで伸びる木の枝を見て、最後に俺を見た。
「ねえ、M29。お願いがあるんだけど」
UMP45は意図的な上目使いで俺を見る。可愛さよりも怖さが先走るのは何故だろう。
こいつの猫なで声を聞くと、背筋が凍るような嫌な予感がする。
「内容による」
「あそこから中に突入して。私たちは下から突入する」
指さしたのは、倉庫の側の樹から伸びる一本の枝だ。
俺の腕くらいの太さで、乗っかって折れるかどうかは完全に運次第だろう。
「あそこから窓に?俺が?他の軽そうな奴じゃダメか?G11とかお前とか」
G11が非難するような視線を向けてきたが気にしない。
「私じゃ無理。ほら、さっきのでこうなっちゃったから」
UMP45が左腕をだらんと下げる。そこにぽっかりと3つの銃痕が開いている。
苦々しい罪悪感がこみ上げた。
「ああ、そうか。なら仕方ないな」
「それにさっきも言ったけど」
UMP45は言った。
「これでも、あなたの事を頼りにしてるから」
その顔は笑っていなかった。
「ハッ、初出撃でか?安い信頼だな」
そう言うと、4人の自律人形を見回して肩をすくめて見せた。

【続く】

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