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M29と呼ばれた男 第2話

生まれ変わった気分は最悪だ。
手術が終わってすぐに、俺はI.O.P社が所有する16labの研究施設に移送された。
戦術人形の身体になったからって、大して変わりはなかった。
体格もほとんど元の身体と同じ。俺の身体をモデルにした特注品らしく、人形どもと同じような少女の身体になるとビクビクしていた俺にとっては、
まさに僥倖だった。
ガラス張りの囲いの中で一人にさせられ、体中にコードを繋がれる。コードはガラスの向こうにある計測機器に伸びている。
その計測機器の数字を読み取って、紙に記録しているのが16Labの研究員であり、俺の担当技師の女だ。
名前は分からないが、白衣の下に見える膨らみがナイスバディーの証明だ。ギーグの割には顔もいい。
ここから出られたら、ぜひともお近づきになりたいね。
そんな事を考えた時、不意に体中に違和感を感じた。戦術人形の体に存在するはずがない触覚だ。
空気の流れを感じ取り、両足で地面を踏みしめる感覚。あるはずがないもの感じてしまう症状。
他人の服を無理やり着せられるような、耐えがたい異物感。
話には聞いたことがあるが、これが幻肢痛ってやつか。
「おい、少し休ませてくれ。体中が変だ」
「問題ないわ。今、あなたの神経に身体が適合しようとしてるの。少ししたら収まるわ」
「戦術人形の身体が?そんなことできるわけ…」
文句を垂れようとしたら、体の違和感がなくなった。悔しいが彼女の言う通りだ。
俺は、地雷で体を吹っ飛ばす前と変わらぬ感覚で、両足で地面に立っている。
少し前まで当たり前の事だったのに、なぜか感動を覚えてしまう。
技師は得意そうに、ガラス越しに声をかけてきた。
「気分はどう?」
「ああ、最高だ。俺の友人に足を失くした奴がいてね、そいつも同じようにしてくれるか?」
「それは、これからのテストの結果次第よ。部屋から出て」
俺はコードを外し、ガラス張りの囲いを出た。技師が部屋の扉の前で手招きをする。
「ついてきて」
俺と技師は部屋を移動した。
次の部屋は、トレーニングルームのようだった。
ランニングマシンや重量挙げのバーベルなどが置かれている。
お決まりのように俺はコードを繋がれ、身体能力のテストが始まった。
ランニングマシンを全力で走り、120㎏のバーベルを持ち上げ、垂直飛びの要領で跳ねた。
結果はどれもオリンピック級だ。特に100m走なんかは8秒半のタイムを叩き出した。
「世界記録だな。オリンピックでメダルも狙えそうだ」
「論外よ。それにオリンピックって何十年前の話?」
「ただの冗談だよ。これでテストは終わりか?」
「まだ。最後に一番大切なテストが残っているわ」
俺たちは部屋を移動した。やってきた場所は屋内射撃場だった。
少女の姿をした戦術人形たちが、約30m先の木の板で作られた人型の的に向かって射撃をしている。
弾痕は散らばることなく、両腕、両足、心臓、そして頭部に見事にまとまっている。
ベテランの特殊部隊でもこの成績は出せないだろう。恐ろしい人形どもだ。
「みんな、これから試作品のテストをするから、いったん出て行って」
技師が言うと、戦術人形たちはピタリと射撃をやめ、雑談をしながら出口に向かう。
民間業務用の戦術人形を軍用に転用しているとは聞いていたが、雑談までするとは中々高度なAIだ。
途中で俺とすれ違うと、異物を見るような目を向けてくるのは腹が立ったが。
「おい」
俺はひときわ目付きの悪い戦術人形を呼び止めた。UMP45を持ったやつだ。
「何?」
「俺が気にくわないか」
「別に、ただアンタみたいなのは見たことないから」
「という事は、歓迎パーティくらいは開いてくれそうか?」
「ふふ、試作品にパーティは開けないよ。まだ生まれてないようなものでしょ?それにアンタがどこに配属されるのかも知らない」
「それもそうだな。配属先が分かったら誕生日プレゼントを頼むよ」
「弾薬箱を1箱、手配しようか?」
「そりゃいいな」
「ちょっと、話し込んでないでこっちに来て」
技師が遠くから呼んでいる。
「だそうだ。中々楽しかった。お前は人形にしてはいい奴だ」
「へえ、アンタは違うの?」
「似たようなものだが、全然違うんだよ」
俺はその人形と別れると、技師の元に向かう。
技師は弾薬やグレネードが置かれたテーブルの上に、金属製のアタッシュケースを置いた。
「開けてみて」
ケースを開けると、一丁の回転弾倉式拳銃が入っていた。
マグナム弾を撃ち出す、大型の拳銃だ。油の敷かれた木製ストックに、黒く磨かれた銃身。
博物館入りするくらい旧式の拳銃だ。
「M29」
技師が言った。
「それがあなたのコードネーム。その銃はあなたの分身よ」
「分身?たかが拳銃一つに大げさな」
「茶化さないで聞いて。その銃はあなたの身体に搭載された烙印機能を認識するように作られているわ」
「烙印機能?」
「銃を持ってみて」
俺はマグナム拳銃を握る。すると俺の手のひらから出た青白い光が、撫でるように拳銃のグリップを照らす。
途端に、この拳銃の端から端までがまるで自分の体の一部のように感じられ、
初めて持った銃なのに、長年使いこんだように手にしっくりと収まった。
「次は、的を撃ってみて」
俺は拳銃を持って、定位置に立った。さっきの戦術人形たちの時と同じように、約30m先に人型の的が現れる。
拳銃を構えると、それだけでどのように撃てば的に当たるかが感覚として頭に入ってくる。
引き金を引く。強めの反動を肘を曲げて吸収する。弾丸は的の頭部を正確に貫いていた。
これが生身の人間なら、脳漿をまき散らしながら倒れているだろう。
「大当たりだ。中々のもんだろ?」
「ええ。それじゃ次も出すわね」
続いて3枚の的が現れる。よく狙って三連射。的の頭部に穴が開いて、倒れる。
リモコンでテレビをつけるより簡単だ。
「すごいな。こんな便利なものがあるなんて。人形どもの腕がいいわけだ」
「それを開発するのに、どれだけの開発期間と資金を投入したか教えてあげましょうか?」
「興味ないな」
「…まあ、いいわ。最後のテストよ」
技師が言うと、突然に部屋が真っ暗になった。
「おい、どうした?停電か?」
「いいえ、私が消したの。光学センサーを起動して」
「どうやって?」
「暗闇に目を凝らすようにしてみて」
30年近い人生で何度も夜の任務を経験したが、暗闇に目を凝らしたところで何かが変わったことなんてない。
それよりも暗視ゴーグルをつけた方が100倍マシだ。
「ほら、早くして」
仕方なく、言われたとおりに暗闇に目を凝らす。
すると首のあたりからかすかな起動音が鳴って、途端に目の前が昼間のように明るくなる。
でくのぼうみたいに突っ立ってる的も丸見えだ。
「内蔵型暗視ゴーグルか?」
「ちょっと違うけど似たようなものね。ハンドガンタイプの戦術人形に搭載されているもので、有効視程は100m」
「なんでハンドガンタイプだけなんだ?」
「搭載機能のキャパシティの関係でいろいろあるのよ。あとフラッシュバンに気を付けて」
「閃光手榴弾か。なんでだ?」
「眼球まで戦術人形になりたい?」
「いや、老眼鏡が必要になるまで遠慮するよ。もう撃っていいか?」
「どうぞ」
弾丸は、的の頭部を正確に吹っ飛ばした。

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