M29と呼ばれた男 第3.5話
雪の中、愚痴を言いながら歩く。
膝まで積もった雪のせいで、歩きにくいことこの上ない。
ひたすらに歩き続けているせいか、もしくは地雷探知機の音を聞き逃したのか、そこに地雷があることに気づかなかった。
耳をつんざく爆発音。
鉄のかけらが、一瞬のうちに体をバラバラに引き裂く。
冷たい死が身体を包み込む。
そんな夢を見た。
目を覚ますと、トラックはもう止まっていた。
頭を傾けると倉庫じみた建物が見えた。どうやらあれが寮舎らしい。
「起きた?」
戦術人形が俺の顔を覗き込む。後頭部の柔らかい感触に合点がいった。
「どう?機械とは全然違うでしょ」
「ああ、確かに。その通りだ。無理やり起こしてもよかったんだぞ」
「さっきの襲撃で、林道を全速力で飛ばしたせいで、時間が余っちゃったんだ」
「ロスタイムか。ならいいが…」
俺はドアを開けて外に出る。冷たい空気が頭をシャキッとさせてくれる。
トラックを眺めてみるとよく手入れがされており、長年使われている割には塗装もしっかりしている。
何気なくボンネットに手を置くと、そこにカウントマークを見つけた。
「156…何の数字だ?」
「私が救助した人の数」
後ろから、戦術人形が言った。
「救助?輸送した人数じゃなくて?」
「輸送人数なら千人を超えてるね。たまに、前線で弾薬が物資が尽きた人形を回収する任務があるんだ」
「それで、回収したのが156体か」
「いや、稼働状態で回収できたのが156。動かなくなったのを入れるともっとだね」
「そうか。156…中々いいスコアじゃないか」
「そうかな…私がもっと早ければもっと救えたかもしれない。そしたら記憶を失くさずにすんだ子ももっと居たかもしれない」
戦術人形に死の概念はない。
彼女たちは、製造会社のメインサーバーに保存された記憶データさえあれば、何度でも新しい身体と共に蘇る。
しかし、メインサーバーに保存できなかったデータは失われてしまう。だからこそ、自分の命よりも記憶を大切にするのだという。
俺は、アンニュイな表情になった戦術人形の肩を軽く叩く。
「いや、それは結果論だ。よく言うだろ『殺すより救う方が何倍も難しい』って」
「そういうものかな」
「そういうものさ」
時間になった。戦術人形はトラックの運転席に戻ってエンジンをかけた。
空と同じ、灰色の排気ガスが景気よく空気を汚す。
「なあお前、名前は?」
俺が聞くと、戦術人形は窓から顔を出してくすりと笑った。
「今更聞くの?」
「まだ間に合うだろ」
「ええ。私はM923。みんなからは、923って呼ばれてる」
「俺はM29だ。何かあったら名指しで呼ぶよ、923」
「分かった。楽しみにしてるね」
M923がトラックで林道の向こうに去ったあとも、しばらくの間その方向をじっと見ていた。なんとなくそうしたくなったのだ。
やがて気がすむまでそうした後、俺は荷物をもって404部隊の寮舎に歩き出した。
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