人間もどきなスライマーガール 2-5

もどきは走っている。今までこの時ほど速く走ろうとしたことはなかった。
通路の壁はみるみるうちに後ろへ流れていき、風圧で体組織の粒が身体からこぼれるほどだ。
これまで五つの実験室めいた部屋を通過しているが、それでもシズクの姿は一向に見えてこない。
もどきはすぐ後ろのコセン・ニンジャに振り向く。
「あとどのくらいで一番奥なの!?」
「わからん!だが、もうそんなに無いはずだ!」
次の扉が迫ってくる。扉を開けて中に駆けこむ。

その部屋を一言でいうなら、生物兵器生産室といったところだろうか。
広めの一本道の通路が部屋の反対側まで伸びており、左右の壁にはガラスが張られている。
ガラスの向こうには、とてつもなく広い空間が広がっており、円筒状の培養ポッドが何百台も並んでいる。その中では皮をひん剥いたゴリラのような生物兵器が眠っている。
培養ポッドはあのビデオに映っていた、かつてもどきが入っていたものだ。
そのポッドを見ていると、もどきは奇妙な懐かしさがこみあげてくるのを感じた。
しかし、そんなものに構っている暇はない。もどきは部屋の中を駆け抜け、反対側の扉を開けようとする。ノブを掴んで引っ張るが、開かない。
「鍵がかかってる!」
「わかった。タロリン!ここのカギを――」
その時、ガラスの向こうの培養ポッドの一つが割れた。他の培養ポッドも連鎖的に割れて、中から生物兵器が姿を現した。左右合わせてざっと見ただけで30体以上はいるだろう。
皮をひん剥かれたゴリラのような生物兵器達は、しばらく自分の手や身体を眺めていた(さっきのビデオのもどきにそっくりだ)が、ガラスの向こうにいるもどき達を発見すると興奮したように咆哮を上げ、ガラスに拳を叩きつけ始めた。
「俺とお前、どっちに興奮してると思う?」
コセン・ニンジャが大鎌を構えながら聞いた。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。こいつらを倒して、シズクを助ける」
もどきは自身の両腕を剣に変形させる。もどきソードだ。
『あと1分待って!』
タロリンの声がヘッドホンから響く。それが戦闘開始の合図になったかのように、通路と培養ポッドの森を隔てているガラスが割れ、ゴリラ達が通路になだれ込んできた。
「イヤーッ!!!」
コセン・ニンジャが大鎌を振るい、先頭のゴリラの首を刎ね飛ばした。だが、ゴリラたちは勢いを止めることなくコセン・ニンジャたちに飛びかかる。
「はああああああ!!!」
もどきは空中で回転しながらもどきソードを振るい、2体のゴリラを切り刻んで着地。目の前にいる3体目のゴリラにもどきソードを突き刺した。苦痛に耐えかねたゴリラが咆哮を上げる。
「よし、そのまま捕まえてろ!」
コセン・ニンジャがもどきソードで刺されたゴリラを大鎌の刃でひっかけると、ハンマー投げのように振り回し、迫りくるゴリラの波に向けて投げ飛ばした。
砲弾と化したゴリラは、他のゴリラ達を巻き込みながら部屋の反対側の壁に叩きつけられる。
気絶したのか、ゴリラ達は動かなくなる。
「とりあえず落ち着いたかな……?」
「いや、まだだ」
もどきの呟きを、コセン・ニンジャが否定する。
ガラスの向こう側でまたしても培養ポッドが割れて、新たな生物兵器が産み落とされた。ゴリラの姿をした生物兵器達は、生まれ出る前からもどき達を攻撃するように命令されているかのように、手足を眺めたりせずにすぐに割れたガラスから部屋に入ってきた。
キリがなかった。あの赤スーツの男は、ガラスの向こうに存在する全ての培養ポッドの生物兵器を差し向ける気なのか。
もどきはシズクの安否に焦りを覚えながら、剣状に変形させた両手を構えた。
『開いたよ!』
その時、タロリンの声と共に背後の扉が電子音を発した。鍵が解除されたのだ。
しかし、すぐ目の前にはゴリラの波が迫る。
「行け!もどき!」
叫んだのはコセン・ニンジャだ。大鎌とカタナの二刀流を構え、竜巻のように振り回してゴリラの波を押しとどめる。
「でも――!」
「お前がシズクを助けないで誰が助けるんだ!?先に行って、あいつの顔をひっぱたいて目を覚ましてやれ!」
カタナが振るわれるたびにゴリラの四肢が切り飛び、精妙に振るわれる大鎌が一体ずつ確実にゴリラの首を刎ねていく。コセン・ニンジャは殺戮の嵐と化していた。
コセン・ニンジャの奮闘を前に、もどきはためらって立ちすくむことしかできない。
数日前には互いに殺し合ったはずなのに、もどきは今、戦友じみた感情をコセン・ニンジャに感じていた。
「ゴー!もどき!ゴー!」
コセン・ニンジャの叫びに背中を押されるように、もどきは扉を開けて部屋を飛び出した。

もどきが廊下を走り抜けて、最後の扉を開けると広い空間に出た。
二階まで吹き抜けになっている何もない倉庫のような場所で、二階にあたる場所に大きなガラス窓が見えた。
もどきが立っている場所を見下ろすには最高の場所だろう。ガラス窓の向こうには、先ほどモニター越しに見た赤スーツの男と、黒いスーツを着た男が並んで立っていた。
「ようこそ実験体666号!ここは実戦試験場だ。君みたいな優秀な実験体の実戦データを採集するための場所だよ」
マイクで増幅された赤スーツの男の声が響く。
「どうでもいい!シズクはどこなの!?」
「はっはっは!ちょうどいい。決着もついた所だし、会わせてあげよう」
赤スーツの男の声と共に、もどきの目の前の床に切れ目が入り、それが徐々に開いて大穴になった。
車両用のエレベーターのように、下から床がせりあがってくる。
そこに乗っていたのは、大型トラック並みの体格をした4足歩行のサルじみた生物兵器と、カエルに捕食される虫のように生物兵器の長い舌に巻かれたシズクだ。
「シズク!」
叫びながら、もどきは両腕をもどきソードに変形させる。
生物兵器は口から涎を垂らしながら、さらに細い触手を口から生やし、シズクの身体に向けて伸ばす。
意識が無いのか、シズクはぴくりとも動かない。
「あああああああああああ!!!」
もどきは叫びながら跳躍し、シズクを捕らえている長い舌にもどきソードを振るい、舌を切断してシズクを自由の身にすると、シズクの身体を抱えて生物兵器の背後に着地した。
生物兵器は舌の断面から血を噴き出しながら、獣の咆哮を上げる。
「シズク!しっかりして!」
「もどき……なんで……」
もどきが声をかけると、シズクはうっすらと目を開いた。
あの生物兵器との戦いによるものか、体中は擦り傷や痣だらけで、戦闘スーツもボロボロになっている。
「あー!惜しい!スコアにならなかったねえ!ドーマ君!」
ドーマと呼ばれた生物兵器は、もどき達に振り返ると咆哮を轟かせた。
今度は、あのゴリラのような生物兵器が上げた咆哮によく似ていた。巨大な生物兵器の股間は勃起し、両眼は眼球が飛び出しそうなまでに見開かれ、よだれが口から溢れて床に水たまりを作る。
「なんなの……こいつ?」
もどきが呟くと、赤スーツの男の声が響き渡る。
「彼は希代のエースだ!今まで純血を踏みにじった少女は24人!歴史上で見てもそれなりのスコア!そして記念すべき25人目は、君か、シズクちゃんというわけだ!」
赤スーツの男の楽しげな声と共に、ドーマの血走った目がもどきを捉えた。
「シズクは、こんな奴に指一本触れさせないから!」
もどきはドーマに向かって走り出した。

【続く】

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