人間もどきなスライマーガール 2-6

剣と触手が衝突した。
もどきは更に触手に斬りかかるが、別方向から襲い来る触手に気づき、後ろへ跳ぶ。
もどきが居た場所を触手が薙ぎ払う。鋼鉄製ワイヤーのように太く、ムチのようにしなる触手だ。
もどきといえど、直撃すればただでは済まない。もどきの体内にあるコアが破壊されれば、死に至るからだ。
もどきはシズクの前に着地し、ドーマを見据える。
体長3メートルはあるサルめいた身体、背中から生やした太い2本の触手、笑うように歪んだ口と白く濁った眼。
これもあの男の手による改造生物なのか、もどきは二階から高みの見物を決め込む赤スーツの男を睨む。
「おお、怖い怖い!ドーマ君、早くやってしまってよ」
「キイイイイイイイイイ!」
赤スーツの男の楽しげな声と共に、ドーマは野生動物めいた素早い動きでもどきたちを中心に回り始める。
更に一定の距離を保ちつつ、ムチめいた触手攻撃がもどき達に襲いかかる。
それをもどきソードで弾きながら、もどきはシズクに振り返る。
息をあえがせながら、シズクは立っていた。しかし、スーツはあちこちが破れ、手ひどくやられたのか立っているのがやっとのようだった。
(全部、わたしのせいだ)もどきは自戒する。
(あの時、あそこから出ようとしなければ。シズクの父さんと母さんは生きていて、シズクも一人ぼっちにならなくて、こんなに傷つくことも無かった……)
その時、振り返っていたもどきの正面から、ドーマの触手が飛んできた。
「え?」
もどきはとっさにもどきソードを振るうが間に合わない。触手が目の前に迫る。
直撃すると覚悟した時、もどきの身体が後ろに引き倒された。鼻先を触手が掠め、背後に飛んでいく。
「……シズク?」
仰向けになったもどきが見たのは、鬼気迫った表情のシズクだった。
「なんで……?わたしが居なければ、シズクは……シズクの父さんと母さんは……」
「もどき。私、分かったことがある」
シズクは伸びきった触手を掴むと、戦闘スーツのパワーで強化されたチョップを叩き込んだ。
触手が切り飛ばされ、切断面から血がほとばしる。「キシャアアアアアア!!!」ドーマは激痛に身を悶えさせる。
「確かに、もどきは私の父さんと母さんを殺したのかもしれない。でも、もしかしたら、もどきは誰かに操られていたのかもしれないし、あれは偽物の映像なのかもしれない」
「なんで、そこまで言えるの?」
「だって」
シズクは合気道を構えながら言った。
「もどきは人を殺すような子じゃないって、私は知ってるから」

「ドーマ君!しっかりしたまえ!また刑務所に戻りたいのか?あの屈辱に満ちた日々に逆戻りしたいのか!?」
赤スーツの男の声でドーマは激痛から立ち直り、もどきとシズクに向かって飛び掛かる。
「行くよ!もどき!」
「うん!」
ドーマはもどきに向けて、先端を鋭利にさせた触手を伸ばす。
「そんなの効くか!!!」
もどきは触手を弾き、懐に潜り込むと、高速回転しながら両腕のもどきソードでドーマの腹を切り刻んだ。
「キシャアアアアアアア!!!」
人間風車と化したもどきの連撃で、ドーマは空中に打ち上げられる。
「あと一人で、25人だっけ?」
シズクは触手を掴んでジャンプし、ドーマに狙いを定める。
「25人目はあなたよ!!!」
シズクは触手の先端をドーマの首に深々と突き刺し、地面に叩きつけた。もはや悲鳴すら出せないドーマに、もどきが空中から襲い掛かる。
「これで、さよなら!!!」
ドーマの心臓をもどきソードが貫いた。
ドーマの身体からぐったりと力が抜け、呪われた命の終わりを告げた。

もどきとシズクが、言いようのない感情と共にドーマの死体を見つめていると、スピーカーから赤スーツの男の声が響いた。
「いやー、やっぱり人間ベースの実験体はだめだね。失敗作だ」
「お前……!」
もどきは拳を握りながら、階上から見下ろす赤スーツの男に怒りの視線を飛ばす。
赤スーツの男はあざ笑う調子で続ける。
「無駄だよ。君たちももう用済みだ。ここは爆破して新しい場所に研究所を作り直すから」
「爆破!?」
『証拠隠滅装置作動。あと5分でこの施設は消滅します。すみやかに非難してください。証拠隠滅……』
シズクが言うのと同時に、アナウンスが響いた。再びスピーカーから声。
「あ、そうだシズク君。あの世でご両親に会ったら、余計なことに首を突っ込むのはやめた方がいいって伝えてくれる?」
「まさか……父さんたちもあなたが!?」
「ハハハ!今更知っても遅いけどね。それじゃ、バイバイ」
赤スーツの男と暗殺者は、窓の奥へと去っていった。

もどきとシズクは部屋の端にある扉に走るが、ロックされていて開かない。
「もう!なんで開かないの!?」
「シズクどいて!もどきキャノンで吹き飛ばすから!」
もどきが腕に体組織を溜め、撃ち出そうとした瞬間、突然に扉が開いてコセン・ニンジャの姿が現れた。
「え?」
もどきキャノンが発射され、コセン・ニンジャの顔のすぐ横を通り過ぎると、すさまじい破壊音と共に壁に大穴を開けた。
「うわっ!危ねえ!何しやがるんだ!殺す気か!?」
「ごめん、急に出てくるなんて!でも、無事だったの!?」
「当たり前だろ。脱出手段を用意していたんだ。ついてこい!」
非常用とおぼしき金網上の通路を、コセン・ニンジャが先導し、もどきとシズクは走り出す。
「ううっ……」
その途中、シズクが呻いて立ち止まってしまう。
「シズク?大丈夫?」
「ごめん、体が……痛くて……」
「大丈夫。もうすぐ出口だから。ほら、行くよ」
もどきはシズクを抱きかかえると、コセン・ニンジャの後を追って走り出す。
しきりにシズクが謝っていたが、もどきは答えなかった。
通路を抜けると、そこは船の発着場だった。
一隻の小型ボートだけが係留されており、洞窟めいた水路に舳先が向いている。
「これで脱出するぞ!乗れ!」
コセン・ニンジャは乗り込み、船のエンジンをかける。
もどきがシズクを抱えて乗り込むと、エンジンの回転数が上がる。
「ロープを切れ!」
「分かった!」
もどきがもどきソードで留め綱を切ると、小型ボートは岸から離れ、水路の中を全速力で進み始める。
ボートのすぐ後ろで天井が崩落し、落ちてきた瓦礫が水しぶきを上げる。
「もっとスピードは出ないの!?」
「これが限界だ!」
コセン・ニンジャはもどきに怒鳴り返しながら、左右に船体を振って、天井から降ってくる瓦礫を躱しながら水路の中を突っ走る。
しばらく走り続けていると、前方に外の光が見えてきた。
「出口だ!やった!」
もどきが叫ぶと、背後から爆発音。
続いて爆風が、水を巻きあげながらボートに迫ってくる。
「掴まれ!!!」
ボートが水路の出口から飛び出し、急旋回した瞬間、爆風がボートの後ろを過ぎ去っていった。
熱風がもどきの髪をなでるように通り過ぎる。
「あ、危なかった……」
もどきは力が抜けて、ボートの座席に座り込んだ。
「みんな無事で、良かった……」
もどきの隣で、シズクが呟くように言った。
もどきは首を傾けて、海を見た。いつの間にか太陽は水平線の彼方に沈みかけ、赤い夕日を投げかけている。
コトコトとゆっくりと水上を走るボートの振動に身をゆだね、もどきは休息を求めて目を閉じた。

【エピローグに続く】

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