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ハ道

「僕がこんなことを言うのは別にキミを嫌いだからじゃなくて、期待してるからこそなんだよ。それはわかるね? うん、よかった。じゃあ、なんでさっき注意されたのか、それもわかってる? うん、うん、うん。違うね。仕事が遅かったからじゃない。もちろんそれ自体も悪いけど、遅くなることを報告しなかったこと、上司を待たせているという意識が希薄だったこと、その心持ちが問題なわけ。まあこのくらいなら大丈夫だろう、遅れても何とかなるだろう、前もって言わなくてもいいだろう。甘い。あ、ま、り、に、も、甘い。キミ、社会人何年目? 五年ってことは、いま二十七歳か。大学の専攻は? 文学。どうりでね。本ばっかり読んで、現実を見ずにぼーっと生きてきたタイプでしょ。だいたいね、学生の頃からしっかりしてる人っていうのは、仕事でも要領がいいから。僕なんか、地元じゃ神童と呼ばれたもんだよ。勉強もスポーツもクラスで一、二番でね。高校は前橋高校。知ってる? マエタカ、タカタカの。知らないの? 糸井重里の出身校。まあ、僕はあまり評価してないけどね、彼のことは。いや、そんなことはいいんだよ。いま問題にしてるのはキミの勤務態度であって、ジブリ映画はどうでもいいの。しかし二十七にもなってそんな仕事ぶりじゃ、先が思いやられるね。あー、女性に対して年齢のことを言うと怒られちゃうか。とはいえ二十七といったら、昔なら子どもが二、三人いて、一家を切り盛りしててもおかしくない年でしょ。キミ、まだ未婚だよね。彼氏は? いない。やっぱりね。恋愛に臆病な人っていうのは、仕事にも臆病だから。いやいや、同じ、同じ。どちらもエイヤでやってみないと、何も始まらないじゃない。もっと積極的に、肉食系女子にならないと。そうだ、肉を切るにはナイフがいるよね? 女性にとってのナイフって何かわかる? 若さだよ。今のうちに切って切って切りまくらないと、どんどん錆びついてあっという間に売れ残りになっちゃうよ。いや、うちの姪っ子もね、昔は可愛かったんだけど、大学出たあと海外のエヌピーオーだかなんだか、妙なところに就職してね。二十代まるまるアフリカで過ごして、戻ってきたときには三十二。いまだに独身で、親戚みんな心配してるんだよ。そういえばキミ、うちの姪に似てるな。顔は合格ラインだね。僕はロングヘアの女性が好みだけど、キミに関してはショートのほうが似合うから、そのままでいいよ。服装もいいね。いつもスカートなのがいい。ただ、背が高すぎるな。何センチ? え、百六十五センチもあるの? それなら、ヒールは履かないほうがモテるよ。これ、僕からのアドバイス。話を戻そうか。そもそも昨日の時点で提出するはずの書類を「そこまで。五分経過したので、実技試験は終了です。お疲れ様でした」

「はい! ありがとうございました」

「それでは、質疑応答に移ります」

「よろしくお願いします」

「平山さんは今回が初受験ということですが、ここまでの感触はいかがですか?」

「筆記のほうは手ごたえがあったので、問題ないと思います。実技も緊張しましたが、力を出し切ったつもりです」

「日頃の訓練は、どのような環境で続けてこられましたか?」

「主に職場です。私はまだ役職が低いためなかなか実践の機会がないのですが、後輩のミスを見つけたらすかさず指摘し、できるだけ執拗に責めるよう心がけていました」

「なるほど。実技の参考になさったのはご自身の上司ですか?」

「そうです。課題がフリースタイル・ハラスメントでしたので、新人時代にお世話になった部長を参考にしました」

「なるほどね。どうりで違和感があるわけだ」

「違和感というのは……?」

「あ、説明、必要ですかね。えー、平山さんは現在二十九歳とのことですが、今回やっていただいた役柄だと、年齢設定はもっと上ですよね」

「はい。五十代で、課長職以上の男性のイメージです」

「そこですよ。わかりませんか?」

「……は、すみません」

「すみません、ではなく。わかるか、わからないかを聞いてるんだけど」

「……わかりません」

「あのねぇ。自分より二回りも年長の、役職も人生経験も大きく違う人を模倣しても、深みが生まれないんだよ。ハラスメントというのは、個人の属性や立場に紐づいた競技なの。上司のモノマネなら身内の飲み会でやればいい。自分の年齢で何ができるか? 相手と同じスタートラインからいかにマウントをとるか? そういう創意工夫こそがハラスメントの極意でしょ。安易に既存の上司像に乗っかるなんて、志が低いんじゃないの?」

「お言葉ですが」

「は?」

「私が今回の設定を選んだのは、面接官のあなたの年代を考慮したためです。二十代ならではの繊細な口撃を重ねても、世代が違うと伝わらない可能性が高い。だからこそ、自分の実年齢よりも見る側が感情移入できるかどうかを優先した。それすらわからないご老体に、私のハラスメンタリティを採点されるとは心外です!」

「…………平山さん。合格です」

穏やかな声と共に、拍手の音が響いた。

「この面接で見ていたのは口撃力だけではありません。圧迫面接に即座に反撃する防衛力、そして何より、ハラスメントにかける熱意です。おめでとう」

翌週、自宅に合格証が届いた。

【ハラスメント検定準二級 平山恒彦 殿】

流麗な筆で書かれた賞状を手に、師匠の顔を思い浮かべる。派遣社員を恫喝する音声がXに流出し、無念のうちに左遷された高杉部長。彼の意志を引き継いで、僕は会社への道を急ぐ。
さあ、今日はどんなハラスメントをしよう? 
ハ道の道程はまだ始まったばかりだ。

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