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甕板の有用性と引き返せない楔の話

本日のBGM Ronny Jordan - Season For Change

年末も元気にお皿を作っておりまして、そのうちの一つで こんなやつ↓を作ってんですけど、

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これはリゾット用としてオーダーされたお皿で、このお皿は高台がかなり広いんですよね↓

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まあ洋食器の形なので高台が広いわけなんですけど、この高台広いのって結構苦手でして、日本の陶器ではあまり作らない形なんですよね。ていうのも和食器というのは元を辿れば膳、あの正座して食べるやつ、据え膳食わぬは男の〜の膳、その膳に乗っかってるのを手で持って食べるのが主だったから、和食器の高台はそんなに広くないんですね。そもそも器自体がそこまで大きくないし。

でも洋食器の形はナイフやフォークでもって上から押さえつけるような運動をするから、お皿がカタカタしないように高台を広く作る必要があるんですけど、ろくろで高台を広く作るってのが今まですごく大変でして、

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しかし最近発見してしまったのは このカメ板を使えば大きいお皿めっちゃ作りやすいやんけ! ってことでして、今までこのカメ板にも苦手意識あったんですけど、使ってみたら普通に使えて、何故今までこれを使ってこなかったのだと悔やまれるほど使い勝手が良いのです。というか多分私の性格と相性がいいのです カメ板。漢字で書くと甕板、甕は水とか酒とか入れる口の広いツボみたいなやつ、多分その甕とかの大きいのを作るのに使うから甕板って言うんだと思います。


このカメ板は一枚につきお皿一枚しかできなくて、普通ろくろに粘土をセットした場合、粘土がなくなるまで何枚も連続で作れるんですけど、それができないから作業効率悪そうだ、と今まで思っていたのですが むしろ甕板で作った方が良くてですね、

ていうのも高台が広い場合、切り離して 棚板に移し替えるときに大概歪んでしまって、それが削る時にものすごいストレスになるんです。それは歪んでて削りにくいって言うのもありますけど、歪んでいるお皿はこのまま作っても良くない品物になる可能性が高い、という割に歪んでるから削るのが時間かかる、

そうやって時間をかけたところで 出来上がりも微妙で、この作業が無駄に終わったらどうしてくれようか、というストレスなのです。これは良くあるんですよ。作ってる途中でテンションが下がるやつ。あまりに酷いと土に戻しますけど。

でも甕板の場合こうやって作ったのを↓

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こんな風に↓カメ板ごと移せるから歪みなしで乾かすことができるのです!

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ひっくり返すもの楽だし↓

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私は焼き物を一つ一つじっくり作るタイプでして、甕板で作るには毎回粘土をセットしなきゃいけないけど、でもお皿一枚分の粘土をある程度計っておけば実はそんなに面倒じゃないと言うのがわかりまして、ていうかこういうお皿って一枚で粘土めっちゃ使うから↓むしろ菊練りするにはちょうどいい量になりました。毎回一枚だけを作るのに集中できるから、一つ一つセットして作るのは気持ちの面で合っていたみたい、と言うことなのです。


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茶碗だったら10個くらい作れそうな粘土の量なのです。私の場合 粘土も自分で作るから、こういう面で大きいやつはコストが高くなるんですよね。

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甕板で作るのに慣れてきたので、今後のお皿作りはカメ板なしでは考えられません。もう甕板なしでは生きられない。引き返せない楔というやつですな。引き返せない楔は 情報化社会の到来を予言していたアルビン トフラーが、歴史的な技術革新が起こると、人類はそれ以前の生活に戻ることはできない、と言うことを表現した言葉です。つまり私の中でカメ板革命が起こったのであります。今までは こいつら場所とって邪魔やわ〜何十枚あんねん、と思っていたけど、今ではもう宝の山に見えますわ。

それほどに作ってる時のお皿の歪みが最小限に抑えられると言うことがとても嬉しいのです。歪んでいる皿の削りほどイライラするものはありませんからな。でも焼き上がったらその歪みが良かったりすることもあるから難しいところなんですけども。

というかこういうお皿は結構作ってきてて、今になってようやく甕板を使うようになったと言うのはアホといえばアホで、普通だったらすぐに思いつきそうなもんだけど、弟子修行を経ていない怖さと言うやつを実感しております。私はそう言うの結構ありますけど。まあでも甕板なしでも今までやれてこれていた私の器用さをこそ褒め称えるべきなのではないのかしら。なんて。


高鶴裕太 コウヅルユウタ
陶芸家
1991年生まれ
2013年横浜国立大学経済学部卒業
上野焼窯元 庚申窯3代目

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