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川柳で若い世代にエールを送りたい 23/7/5

1.川柳の一言コメント

「人間に戻り悩みの多い鬼」

 私の手元にある広辞苑(少し古い版)で「鬼」を引いてみました。
①天つ神に対して、地上などの悪神。邪神。
②伝説上の山男、巨人や異種族の者。
③死者の霊魂。亡霊。
④恐ろしい形をして人にたたりをする怪物。もののけ。
⑤想像上の怪物。仏教の影響で、餓鬼、地獄の青鬼・赤鬼があり、美男・
美女に化け、音楽・双六・詩歌などにすぐれたものとして人間世界に現れる。
⑥鬼のような人
 等が出てきます。(まだありますが、ここまでにしておきます)

 鬼は昔話や伝説に様々な形で数多く出てきます。また実社会では、冷徹な人、腕力の強い人、一つの事に徹底的に取り組む人等が鬼に例えられます。鬼のイメージは人それぞれです。この記事はご自分の鬼をイメージして読んで下さい。

2.私の経験で思う事

 私が介護の仕事をしていた頃、休日に有償ボランティアで高齢者の旅行のサポートをしていた時期がありました。そのときは介護福祉士と介護支援専門員の資格を持ち、デイサービスの職員として5年間の経験がありました。

 私は仕事とは別にNPO法人に登録して、その法人から派遣される形で旅サポーターをしました。あるとき、東京在住の70代男性(Aさん)が一泊二日で東北に旅行するお手伝いをする事になりました。

 Aさんは左半身麻痺で自力では立位保持できませんでした。移動は介助を受けて車椅子での移動です。会話はゆっくりなら可能ですが、麻痺の影響で少し言葉が分かりにくく、短期記憶、判断力にも問題がありました。

 Aさんの病状は詳しく知らされませんでした。糖尿病と心臓病等の薬を一日に10種類以上服薬されていましたが、一泊二日の短い旅行なので、きちんと服薬すれば問題ないとNPOの担当者が考え、個人情報の一部を秘密にしたのでしょう。

 Aさんは、奥さんと娘さんの3人住まいで、週に数回、通所施設に通われていました。普段は奥さんがAさんを介護されていましたが、今回の旅行にご家族の付き添いはなく、初対面の私とAさんの2人だけでした。

 私がAさんをお迎えに駅に行ったとき、奥さんから「食事の際、おかずを少し細かく切って下さい。水分にはトロミを付けて下さい」と私に指示があり、Aさんはそれを黙って聞いていました。

 Aさんの事を、最初は物静かな人かなと思いましたが、旅行が始まると私に話し掛けてきました。挨拶から始まって、ご自分が会社勤めをしていた頃の話や、近いうちに友人と会社を設立するという話を始めました。

 Aさんがアイデアを出して、友人がそのアイデアを商品化するそうです。具体的なアイデアが二つあるとの事で、私が訪ねるとAさんは一瞬戸惑いながらも、「誰にも言うなよ」と私に釘を刺して教えてくれました。

<アイデア1>
太腿にスマートフォンを固定して、片手でも簡単に操作できるベルト
<アイデア2>
言語障害のある人でも音声を解読して普通に会話ができる、自動翻訳機のような機械

 どちらもAさんが負われている障害の不便さを軽減する品物です。ヒット商品になるかどうかは別として、ベルトの方はマジックテープで簡単に作れそうです。

 「誰にも言うなよ」とAさんに言われたのに、ここに書いてしまいました。読んだ方は、どうか秘密にしておいて下さい。

 試作品を作ってくれるのは、現在通っている通所施設の先生の知り合いだそうです。但し、Aさんはこの旅行が終われば大阪の施設に入所が決まっていると、奥さんから聞いていましたので話半分に聞いていました。

 Aさんは会社勤めをされていた頃、多数の部下を束ねて仕事を進めていたそうです。仕事人間で休日には取引先とゴルフをされたそうです。肩書はお聞きしませんでしたが、旅行中、私に対して次第に部下に話すような口調になってきました。

 食事の際、奥さんに指示されたように、おかずを少し細かく切って、水分にトロミを付けようとしましたが、Aさんは「普通に食べられるから、そんなことしなくていい」と拒否されました。

 確かに、時間を掛ければ少しむせる程度で食事が出来ました。但し、麻痺があるので食べこぼしが非常に多く、必ずエプロンをして頂き、後始末は私がしました。まあ、久しぶりの旅行なのだから、好きにしてもらおうと考えました。

 服薬時は薬を袋から取り出して口に入れる介助が必要でした。排泄時は車椅子から便座への移乗、下着の上げ下げ、排便時の肛門の清拭の介助が必要でした。それぞれの動作にAさんのこだわりがあって、初回の介助で手順を確認しながら行うときに、命令調の指示を受けました。

 私は、「この人は会社で威張っていた人だろうな」と感じました。仕事ができて「仕事の鬼」と呼ばれていたかもしれないとも、昼夜休まず仕事を続けて、過労で倒れて障害を負ったのかもしれないとも感じました。

 サポート依頼を受けたとき、お風呂は入らなくてもいいと聞いていましたが、大浴場に手すりがあったので、ホテルの男性に手伝ってもらい二人介助で入浴して頂きました。

 私としてはベストのサポートをしたつもりでしたが、Aさんは何に付けても上から目線で命令調で私に指示しました。旅サポーターは部下ではないし、有償ボランティアで少しは対価を頂きますが「雇われている」という感覚ではありません。対等な立場のボランティアです。

 Aさんは私を「おまえ」呼ばわりしたり、「来年、〇〇に旅行したいから調べておいてくれ」と指示したりしました。初日は我慢していましたが、Aさんのあまりに傲慢な態度に二日目は怒りがこみ上げてきました。

 私は、「このままこのオヤジをここに置き去りにして、一人で新幹線で帰ってやろうか」と、思いましたが、介護の仕事を何年も勤めると我慢強くなって「旅行が終わるまで我慢しよう」と、耐え抜きました。しかし、仕事以上にストレスが溜まりました。

 Aさんは、今通ってる通所施設の女性職員数人と仲が良くて、一緒に壱岐対馬に旅行しようと約束していると話されました。Aさんが旅行の手配をして女性を連れていくそうですが、車椅子を押してもらう必要があり、私のような旅サポーターの代わりを女性にお願いするそうです。

 私が「通所施設の女性は仕事をしていますけど、仕事を休んで旅行に来てくれるんですか?」と尋ねると、Aさんは少し不機嫌になり「何でもやろうとしないと出来ないんだ。その気になれば出来ない事は何も無いんだ」と、Aさんには不可能は無いようでした。

 意欲的で前向きな気持ちは大切なことで、私は「それはその通りです」と答えておきました。しかしこれは、Aさんの妄想で終わるでしょう。東京の自宅から大阪の施設に移った元利用者の男性と、東京の通所施設で働く職員の女性が一緒に旅行する事はまずありません。

 介護施設の職員は、利用者が気持ちよく過ごせるように優しく接しています。実現不可能と思える話でも、利用者が気分を害しないように気配りして会話をしています。

 非常に強いストレスが掛かる一泊二日の旅行でしたが、事故無く終える事が出来ました。ご自宅の最寄り駅で奥さんとお会いしたとき、Aさんは最初にお会いした時のように物静かで、借りてきた猫状態に戻っていました。

 きっと、現役時代はご自宅でも威勢が良かったのでしょうが、今は奥さんに介護したもらわなくては生きていけなくなって、大人しくしているのだと思いました。 

 旅行に家族の付き添いが無かった理由は私には知らされませんでしたが、私が思うに、Aさんは家族にとやかく言われるのが嫌で、一人で気ままに旅行したかった。一方ご家族は、気難しいAさんの介護をしながら旅行するのが嫌だった。そう推測しました。

 鬼のように強くて、バリバリ仕事をして、出来ない事など何も無かったAさんですが、今は奥さんの介護がないと生きていけない不自由な身になってしまった。いろいろと人に言えない悩みがあるのだろうと推測しました。

 私は、「短い旅行中、以前の強かった自分を思い出していたのかな」と振り返っていました。

3.瀬川さんの絵

 漫画家の瀬川 環さんが、この川柳からイメージした絵を描いてくれました。

人間に戻り悩みの多い鬼

 この絵は、赤い角の鬼が向こう向きにうずくまって悩んでいる場面ですが、私が初めてこの絵を見たとき、背中にある二つの大きな目が鬼の目に見えて、背中からお尻に掛けて大きな鬼の顔を描いているのかなと感違いしました。

 しかし、どうもおかしいのでよく見直すと、目の横に悩んでいる鬼の顔の一部が見えて、うずくまって悩んでいる場面と分かりました。背中の二つの目は、人の視線のイメージだと思います。

 鬼は、身体全体に悩みの種を浮かび上がらせて苦しんでいるのです。お金、お酒、人間関係・・・。次々悩みが出てきます。浮かんだ悩みの種で、人の顔が黒くなっているのは否定の表現でしょう。

 強いはずの鬼も、人間になりたくてもなり切れずに、さりとて、もう鬼に戻る事も出来ずに苦しんでいるのだと思います。ちょっと可哀そうで、「どうしたのですか? 私で良ければ話をお聞きしますよ」と、声掛けしたいところです。

 でも、鬼にもプライドがあって、私のような頼りなさそうな人間に自分の弱みを見せたくないでしょうね。自分が強かったときの記憶があるだけに、弱い今の自分が許せなくて、受け入れられなくて、一人で悩み続けるかもしれません。

 大勢の部下を指導していた自分、強く頼りがいのあるリーダーだった自分、立派な肩書を持って人から敬われていた自分・・・。それは過去の事で、今は状況が変わってしまった。自分の立ち位置も変わってしまった。

 以前に比べて今の自分は何も出来ず「何という体たらくだろう」と、思ってしまう。世の男性で思い当たる節がある人は多いのではないでしょうか。

 まず、現状の自分を受け入れるところから始めないと、悩み解決の糸口を見つけるのは難しいと思います。私は鬼のように強かった時期はありません。しかし、高齢になって身体の衰えを感じています。

 鬼が人間に戻るほどの大きな変化は私にはありませんが、以前できた事ができなくなったと感じる事はあります。生きていくのに悩みの種は尽きません。まあ、今日一日が無事過ごせたら良しとしましょう。

 


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