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川柳で若い世代にエールを送りたい 23/5/7

1.川柳の一言コメント

「渚には恋の欠けらも落ちている」

 人は恋をします。でも、何がきっかけで恋が始まるかは、その時でないと分かりません。漠然と好意を持っていた人と偶然街で出会って、その人の意外な魅力に触れたときとか、自分がミスを犯したときに優しい言葉を掛けてくれたときとか。

 日本には、そこに居るだけで穏やかで素直な気持ちになれる渚がたくさんあります。そんな渚を好きな人と二人で歩いたら、とても幸せな気持ちになれるでしょう。宝石のような時間が流れます。

 渚では恋が生まれます。でも、渚で消える恋もあります。渚に落ちているのは小石や貝殻だけではありません。誰かか落とした涙や、思い出のペンダントなど、恋の欠けらも時々落ちています。

2.私の経験で思う事

 こんな私でも人並みに恋をしました。20代の夏には、職場の同僚で気の置けない数人の男女と海に行きました。一泊二日の海水浴でしたが、20代の夏はその日その時がいつでも特別な時間でした。

 その時一緒に海に行った男女の中に、気になる女性が居ました。彼女は二歳下の後輩で、その年の新入生でした。まだ、先輩に教わりながら仕事をしていましたから、職場では同僚の女性達に埋もれて目立たない存在でした。

 彼女は私とは別の部署に居ましたから、彼女と話す機会は殆どありませんでした。でも、離れた場所から彼女を見て、「ちょっと可愛いな。素直で良い子だろうな」と、私は自分で勝手に決めつけていました。

 海水浴場に着いてから少しだけ泳ぎましたが、大勢の人で混雑していましたので、自分たちのパラソルの付近で日光浴したり、飲食したり、当たり障りのない話をしたりしてゆったり過ごしました。

 日が傾いて歩いて宿に向かう途中、彼女が急に気分が悪いと言ってうずくまり、その場で嘔吐してしまいました。その時はメンバーが分かれて歩いていて、そこに居たのは、彼女と彼女の同期の女性一人と私だけでした。

 私は驚いて「大丈夫?」と声掛けながらハンカチを渡しました。彼女は苦しそうにしながらも私にお礼を言いました。この時、キューピッドが矢を放ち私の胸に刺さったようです。

 なぜ彼女が嘔吐した場面で私の心が動いたのか、ちょっと考えると私が変人に感じられるかもしれませんが、人前で嘔吐することなんて普通はありません。だから、彼女はよほど切迫した状態だったと思われます。

 私は、彼女が弱い存在に、守らなくてはいけない存在に感じたのです。ずいぶん前の話なので、あの時、私が彼女の背中をさすって看病的な事をしたかどうかは忘れましたが、あの瞬間、ぐっと彼女との距離が縮まったのでした。

 その後、彼女と一度だけデートしましたが、これから親しくなろうというときに、私は転勤で三交代勤務になりました。それまでと全く違うコンピューターセンターの仕事で、私は初めての仕事を覚えるのに必死でした。彼女の事を考える余裕が持てず、次第に疎遠になってしまいました。

 あの頃私は、「仕事のできない半人前男が、女の子にうつつを抜かしている場合ではない」と思っていました。今思えば、ずいぶんもったいないことをしました。もう少し彼女の事を大切に考える事ができたら、私の人生は変わっていた筈です。 

3.瀬川さんの絵

 漫画家の瀬川 環さんが、この川柳からイメージした絵を描いてくれまし。

渚には恋の欠けらも落ちている

 なんと瀬川さんは、恋に破れた人魚姫が海の泡になってゆく場面を連想したそうです。でも、この人魚姫は泡ではなくて、恋の欠けらになっているのです。しかも、笑顔でキラキラしてます。

 アンデルセンの「人魚姫」の話を思い出してみましょう。王子様に恋焦がれた人魚姫が、海底の魔女に頼んで尻尾を人間の足に変えられる薬を貰います。その代償として人魚姫は、舌を切られ美しい声を魔女に取られてしまいます。

 人魚姫が、お城の前で人間になる薬を飲んで倒れていると、王子様が見つけてお城に連れてゆきます。しばらく二人は幸せに暮らしました。しかし、人魚姫は喋れません。そのうちに王子様は、隣の国のお姫様と結婚する事になりました。

 王子様がお姫様と結婚すると、人魚姫は海の泡になって消えてしまいます。泡にならないようにするためには、王子様の心臓にナイフを突き刺さなくてはなりません。でも、人魚姫にはそれができず、泡になってしまうのでした。

 人魚姫の最期は、王子様を深く愛するが故の、悲しくせつないものです。でも、瀬川さんが描く人魚姫は笑顔です。愛する人の幸せを祈ると同時に、自分の愛を貫いた満足感で笑顔になっているのでしょう。

 やがて、人魚姫の欠けらは渚に流れ着きます。そして、そのキラキラした欠けらを拾った人は、その時から新たな恋が始まるのです。

 

 


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